3. はじめてのクエスト
「ししょー! おはよーございます!」
突然の来客で目が覚めた。そんな予定は無かったが、俺のことを師匠と呼ぶ奴なんて一人しかいない。
しかし、弟子にしたとは言え、目覚ましまで頼んだ覚えはない。
「師匠!行きましょう!早く!」
「……どこに?」
寝起きの頭ではこの程度の語彙力しかなかった。
しかも外はまだ薄暗い。こんな時間から出歩くのはごめん被る。
「冒険に決まってるじゃないですか!冒険者なんですから!」
「つってもなあ……、どこに行くんだ?」
冒険とは、目指す場所があってやるものだ。行き先が無ければ、それはただの放浪だ。それに、今時冒険している冒険者なんてそういない。
「どこにって、……どこでしょう?」
「冒険に行きたいなら、それが決まってからだな」
正直、眠くてしょうがない。普段なら、寝坊しなかったとしても、こんな時間に目が覚めることなんてまずない。
「じゃあ、クエスト!クエスト行きましょう!」
「こんな時間じゃ、ギルドも開いてないよ」
「えー、そんなぁ」
「……まあ、もう少ししたらギルドも開くから、それまで待っていなさい」
「じゃあ、ギルド開いたらすぐ行きましょう!」
本当にこいつは表情がコロコロ変わる。
「ギルドが開くまで、ご飯にしましょう。作ってきたんですよ」
クロエは小さめの弁当箱を取り出した。中に入っていたのはサンドイッチだ。
「案外いけるなこれ」
冒険者よりもお嫁さんの方が向いていると思ったが、それを口には出さなかった。
時間が経ってから、約束通り俺たちはギルドに向かった。
依頼書を確認する。クロエもいることだし、ランクは低くても、近場で早く終わる依頼が良い。
目に留まったのは、ウェアラットの退治依頼だ。町外れの農家の蔵に住み着いたらしい。ランクはE。
「よーし、早く行きましょう!こっちですよね!」
「いや、こっちだ」
依頼者の農家はクロエが行こうとしていた方向で合っているが、その前に寄る場所がある。近所の竹林だ。適当な細さの竹を1節切って穴を開けた。
「なんですかこれ?」
「これでネズミを退治するんだ。準備完了だな」
依頼のあった蔵に着いた。蔵は木造で、ウェアラットなら壁を食い破ることも簡単だろう。その周囲には茂みがある。
「どこにいるんですか?」
茂みが揺れる音の中に、風によるものではない音が混ざっている。
「そこの茂みに2体くらい、あとは多分蔵の中だな」
「じゃあさっさとぶっ倒しちゃいましょう!」
「いや、倒す必要はない」
ここで使うのが、さっきの竹だ。穴を吹くと、猫の低い唸り声のような音が鳴った。
それを聞いて、茂みの揺れが遠ざかって行った。
「あ!あれ、ウェアラットじゃないんですか?」
「ああ、そうだよ」
「そうだよって……、倒さなくていいんですか?」
「しばらくは来ないから大丈夫だ」
俺は竹を見せた。
「この笛の音、サーベルキャットって魔物の鳴き声に似てるんだ。サーベルキャットはウェアラットの天敵で、縄張り意識が強くて住処をあまり変えないんだ。だから一度この鳴き声を聞けば、ウェアラットはそこには2度と来ない」
「なるほど……、でも、そんなことするより倒しちゃった方が手っ取り早くないですか?」
確かに、まともな冒険者ならウェアラット相手で倒す倒されるの勝負になることはない。
「まあ……、冒険者なんてやっといて言えたことじゃないかもしれんが、あいつらも生きてるんだよ。殺さなくて済むなら、そっちの方がいい」
「そういうものですか?」
そういうもんさ、と俺は答えた。
「生きてる……」
「ウェアラットは家族で群れを作るんだ。人間の邪魔になったから一族郎党皆殺しなんて、あんまりやりたいことじゃないな」
「なんか、すみません。ぶっ倒そうとか……」
「まあ、倒した方が手っ取り早くて解決法としても分かりやすいのは事実だからな。こんな面倒くさいことやるやつなんて俺くらいのもんさ」