2. 新しい出会い
目が覚めるともう陽が高く昇っていた。
ベッドから降りると何かを踏んだ。昨日買ってきた酒の瓶だ。中身はすっかり無くなっていた。
多少寝坊したところでやることは変わらない。
働かないと食えないし、食わないと働けない。だから飯を食って、クエストをこなす。昨日と一緒だ。きっと明日も同じだろう。
ちなみにメニューも昨日と一緒だ。薄い褐色のスープに浸された麺をすする。安い以外に取り柄のない食事をしていると、
「バルザックさん、ですよね?」
声をかけてきたのは少女だった。ブロンドの整った長髪から、生活環境の良さが伺える。年齢は二十歳にもなっていないように見える。少なくともギルドに来るような立場の人間には見えない。ましてや自分に声をかける理由なんて思いつかなかった。
「え、ああ。……何か?」
「私を弟子にしてください!」
「……ぁえ」
あまりに予想外な言葉に、反応が遅れてしまった。
「私、バルザックさんにずっと憧れてたんです!」
少女はなおも続ける。
ずっと。この1単語で、なぜ俺なのか少し分かった。この子は昔の、もっと活躍していた頃の俺を見ていたんだ。そのときに、何かの間違いで憧れなんて抱いてしまったのだろう。
「……悪いけど、人に教えるなんて柄じゃないんだ。師匠なら、他をあたった方がいい」
「いえ、バルザックさんじゃなきゃ駄目なんです!」
少女は断言した。こういう自己主張や反骨精神のある人なら、なおさら俺の弟子なんて向いてない。
しかし、こんな言い方をする人であれば、そのうち俺は押しきられる。
「君の気持ちは分かった。では、試験をしよう。君が俺の弟子になるに足るか」
俺と少女はギルド裏の空き地に場所を移した。
まずは戦闘技術の試験だ。生き残るためにも、冒険者として成果を出すためにも必須の能力だ。
「武器やスキル、その他アイテムも制限なし。どちらかが敗けを認めたら試合終了。それでいいか?」
はい! と元気のよい返事が返ってきた。
俺は普段から使っている短剣を右手に持った。対して彼女は、サーベルを両手で構えた。
基本的に、武器はあまり大きいものは好まれない。持ち運びが不便というのもあるが、それ以上に、戦いにおいて不便なのだ。
冒険者は武器だけで戦うことはまず無い。スキルや魔法、最近では各種アイテム等を駆使して戦わなければならない。そのために、少なくとも片方の手は空けておくのが一般的だ。近頃は、なんなら武器を持たない者もいる。
彼女の構えは、そういった傾向からは逆行している。
「では、行きます!」
少女が斬りかかる。
袈裟懸けに振り下ろされるサーベルを横に避ける。勢い余ってつんのめった少女の後ろに回って、首根っこを掴んだ。
「ここから手はある?」
「……ないです」
少女は渋々負けを認めた。
「じゃあ、次行ってみようか」
次は、植物に関する知識問題を出した。冒険者が受ける依頼には、植物等の採取も多い。戦闘は苦手でも、こうした知識を活かして成果を出している冒険者が少なくない。
3種類の植物を用意した。そのうちの1種類が毒草で、それを言い当てるものだ。
葉の形と、特有の刺激臭で特定することが出来る。残りの2種類も匂いはあるが、どちらも食用の香草を用意した。
しばらく考えた後、少女が選んだのは香草だった。
3つ目は、サバイバル技術の試験だ。
ジンキョ森に行って、そこでなにかしら食べ物を見つけて、食べられる形にする、というものだ。
『食べられる形にする』ことを条件にしたのは、例えば手に入ったのが毒のある動植物だったとしても、毒抜きなどの処理を正しく行えるなら合格とするためだ。
野草等もあったが、少女はそれに気付かず、日暮れまでウサギを追い回していたが捕まえることは出来なかった。
走り回っていたせいで、少女は肩で息をしている。
「ハハハハハ!」
思わず笑いが込み上げてきた。
「不合格、ですか……?」
少女は泣き出しそうな顔をしている。
「いや、本当はさ。適当なところで『これだけやれれば俺の教えは必要ない』って突っぱねるつもりだったんだ。でもこれじゃあ、お世辞でもそんなこと言えないな」
「え、それじゃあ……」
「俺に何が教えられるのかは分からんがな」
「やった! ……あれ? これ、私すごくバカにされてません?」
「いやぁそんな。……ところで、名前を聞いてなかったな」
弟子にするつもりがなかったから、名前も聞いていなかったのだった。
「そうでしたっけ? 私、クロエって言います。クロエ・ガイヤール」
「ガイ……、まさか、あのガイヤールさんか!?」
「あの、がどれかわかりませんけど、はい」
ガイヤール家と言えば、この辺りでは有力な貴族の家だ。そして、この名前を聞いて全てを思い出した。
五年くらい前、とある依頼でガイヤール家の屋敷を訪ねたことがある。そこで、その家の娘さんを見かけたのだった。その子は冒険者に憧れていて、あろうことか俺に『弟子にしてください』と言った。弟子をとる気も無かったし、その子はまだ小さかったので、あのときは適当に誤魔化して断った。
言った言葉が確か、『五年後、もっと君が大きくなっても同じ気持ちだったら、弟子にしてあげるよ』。
こうして見ると、五年経っても気持ちは変わらなかったらしい。
「あんなことを言った俺も悪いが、信じる方も信じる方だろ」
クロエはきょとんとしている。
「ま、まあ、よろしく頼むよ、クロエ」
「はい!よろしくお願いしますね、師匠!」
師匠、師匠……。響きを頭の中で反芻する。そんなに悪い気はしなかった。