1. これまでの日常
ギルドは今日も賑わっている。
飯を食いに来ただけの奴も、仕事を探しに来たやつも、みんながここに集まる。
そんな中、俺はと言えば建物の手前半分を占める食堂の隅っこの席に一人座って、安い飯を食っている。
テーブルも椅子もただ木の板を張り合わせただけのものだが、こんなところに集まるごろつき(俺を含めて)には上等な代物だ。
「ごちそうさん」
お代を置いて席を立つと、俺はそのままギルド受付に行った。食ったらその分働かないと、金が減っていくばかりだ。
「何か依頼来てるかな?」
受付嬢に声をかけると、今はこのくらいですね、とクエストの受付用紙を数枚取り出した。
報酬の高い順に見ていくと、丁度よさそうな依頼があった。ファイアリザードの討伐依頼だ。
「じゃあ、これを」
用紙と、受付のために取り出した俺の会員証を確認すると、受付嬢はばつの悪そうな顔をした。
「あの、バルザックさんのランクはDですよね。こちらの依頼、Cランクなんですが……」
「あ、ああ。そうだったな。……やっぱり、こっちにしよう」
依頼のランクと冒険者のランクは実際は無関係で、自分がDランクだからと言ってCランク以上の依頼を受けられないわけではない。しかし、指摘されたところをわざわざ我を通す気にはならなかった。
代わりに受けた依頼は、クイックマッシュルームの採取依頼だ。依頼主は近所の町医者、ランクはD。
「はい、それでは受付完了しました。お気をつけて行ってきてください」
受付嬢の営業スマイルに見送られてクエストに向かう。今から向かえば今日中に済ましてしまえることだろう。
クイックマッシュルームはジンキョ森で採れる。そこは街を出てすぐのところにある森で、あまり強いモンスターも生息していないから、俺のような冒険者や、少しでも戦闘の経験のある者なら、行って帰ってくるだけなら大した危険は無い。
そのため、ここでの依頼は新米向けのEやFランクのものが多い。実際、森に行く道中で、若手の冒険者グループ2組とすれ違った。
だからこのクエストも本当はランクEでもおかしくないのだが、依頼のキノコは見つけるのに少しコツがいるため、Dランクになっているわけだ。
クイックマッシュルームは湿気のある日陰の倒木に生えることが知られている。しかし、湿気の度合いにも丁度いい塩梅があって、その具合を知るのに経験が必要なのだ。
どういうところに生えるのかわかっていても、その場所を見つけられないこともあるのだが、今日は運が良かった。
綺麗な傘のついたキノコを五本ほど採って、さっさと街に戻った。
今回のクエストは品物を直接依頼主に納品すれば完了だ。
クエストを終わらせて、少しだけ買い物をすると、俺はすぐに帰った。街を抜け、住宅地を過ぎた頃に見えてくる平原。その隅にある小屋が俺の家だ。
家に帰ると、今日の報酬で買った酒の栓を抜いた。
一人で飲んでいると嫌なことばかり考えてしまうのに、それでも飲まなきゃやってられない。
あの受付嬢が依頼のランクを指摘したのは、別に嫌味でも何でもない。単に冒険者が不相応なクエストを受けて危険を冒さないようにするための事務的な手続きだ。だからあそこで誰かが悪かったとかを言うなら、それは自分のランクを忘れていた自分自身に他ならない。受付嬢も気まずそうな顔をしていた。指摘するのにも勇気が要ったことだろう。
そういうのが嫌なら、冒険者なんてさっさとやめてしまえばいい。
やめてしまったって、別にあてが無いわけじゃない。この辺りの平原の一部は俺の土地だ。ここを畑にでもしてしまえば、自分ひとり食っていくのには困らないだろう。
そんなことを考えるのも何度目か。何度もやめようと考えたということは、やめられなかったことが同じ数だけあったということだ。
そう。俺はやめられない。捨てられないんだ。
過去の、栄光とも呼べない実績に縋るしかない。未練がましく続けていったとしても、その先には緩やかな衰退が待っているだけなのに。