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d.『初めての依頼(後編)』

夢は一向に覚める気配がない…


俺はいつまでこれを見せられるのだろうか…






━━━━━━━━━━━━━━






作戦実行は皆が寝静まった深夜ということで決まり、各々武器や防具を揃えるために露店をぶらついたりして時間を潰した。


とは言っても、勇者である俺には聖剣があるし穹とリーシャは杖を持っている。

防具も城で支給された中々強そうなものを貰っているので問題ない。


俺を含め三人とも万が一武器を落としたとしても魔法の行使は可能なので、今回はミッフィーの武具を揃えるのが目的だ。



見たところ、衣服はボロボロで武器どころか防具一つすら着用していない。

そもそも戦闘経験すらなさそうだった。


そう考えるとリーシャはよくもまぁこんなに無防備な女性を刺そうとしたもんだな…



ため息混じりにリーシャの方をチラリと見てみると、鋭い眼光が返ってくる。

あまりの鋭さに、もし効果音を付けるのなら間違いなくギロリと付けるだろうな。


…いや実際、ギロリと聞こえたような…女性はこわいなぁ。




そんなことは置いといて、お金は国王からガッポリといただいているので問題ない。


なので、いざ買い物!レッツ、ショッピング!!



と、張り切っていたのだが、「身軽なミッフィーには短剣でも持たせて、防具は軽いレザー素材の物にしよう」とリーシャがどんどん決めていってしまい、俺の出番はあまり無い感じでサクサク進んだ。



一通りの武具を揃えた後、衣服もボロボロだったので、せっかくだからとリーシャは穹を連れてミッフィーの服を見繕いに女性モノの服のお店に消えていった。



中には下着とかも売っているのだろうし、ついて行く訳にもいかず、俺は予備の剣を物色しに武器屋に向かった。

穹と違って魔法はあまり得意ではないし…念の為…






女性陣は買い物に時間がかかるだろう…!

とたかを括り、ブラブラと付近を歩き回ること十五分。


人混みと見慣れない種族の人達に興奮しながら辿り着いた店はあまり綺麗でもなく、派手でもないがどこか雰囲気がある感じを漂わせていて、そんな雰囲気に誘われ思わず店内に足を踏み入れてしまう。


看板にはこの世界の文字で「武器の店」とだけ書いてある。


文字は城で使用人たちに教わっていて読めた。

ちなみに、穹も一緒に勉強したので読み書き出来る。



お店には扉の類は特になく、入店すると入口付近からカウンターの方までズラーっと武器や防具がたくさん並べられてあり、男の子としては当然この景色にワクワクしてしまう。

日本の玩具屋のようなレプリカやプラモデルではなく、本物の武器なのだ。


店員さんはいないのだろうか?と見渡してると、ゴソゴソとカウンターの方から物音が聞こえたので、そちらに視線を移す。


すると、カウンターの下からひょっこりと顔が出現したのだが…



…ひょっこりと表現するには少しばかり厳つい顔で微妙な気持ちになってしまう。



「いらっしゃぁ…なんだボウズ、冷やかしか?」



目が合った途端、店主と思われるおっちゃんにガッツリ睨まれる。


種族はたしかドワーフと言ったかな?

背が低いが、怪力の持ち主で人族でいう老け顔が特徴の種族だ。

街中で見かけたドワーフたちと違って店主は〜…いや、ぶっちゃけ他のドワーフと見分けがつかない…


ヨーロッパの人達が日本人や中国人を見分けられないのと同じなのかな?いや、それ以上か?

残念ながらドワーフを見分けるのは素人がクワガタの雌を見分ける並みに難しそうだ。



そんなことはどうでもいい、ドワーフを見分けに来たわけでもないので当初の目的を果たそうではないか。


と、まずは冷やかしではないと否定するところからだな。



「いえ、冷やかしではなく武器を見に来ました」



「武器ぃ??ボウズみたいなヒョロっちぃガキが一体どんな武器…を……っ?!」



先程まで俺の事を冷やかしをしにきたクソガキか何かだと思っていたらしい店主は、俺の頭のてっぺんから足先までジロジロと観察していたが、俺の腰の辺りで視線が固定され、口をパクパクとさせたままになった。


手を振っても無反応で、変だとは思ったのだが、視線の先にあるモノで色々と察した俺は少しいたずら心がくすぐられ、俺は抜剣して店主のいるカウンターにドンと聖剣を置いてやった。



「これと同じぐらいの性能の剣が欲しいんだけど、ないかな…??」



俺は満面の笑みで店主のドワーフを煽って…いや、聞いてみた。

冷やかしをしにきたクソガキだと思われて少しムッとしたため、仕返しの意を込めて若干嫌味な感じで。


我ながら酷い質問だ。

伝説の聖剣と同等の剣がこのような街中の武器屋にあったら魔王なんて現れても大量の聖剣でボコボコに出来るだろう。



さっきの仕返しとはいえ少し意地悪しすぎたかな…と思ったところでフリーズしていた店主のドワーフは再起動した。

先程とは打って変わってヘコヘコと頭をたれる姿は実に痛ましい。


思わず手で大丈夫ですからと合図を送ってしまうほどに…

いや、ホントにすまん。



気が済むまで謝った店主は、先程までの威勢はどこへやら、いつの間にか律儀に武器を選んでくれていた。


片手用から両手用の剣から斧や槍といった武器まで置いてあってワクワクが止まらない。


王城で近衛達と訓練していた時には訓練用の木剣か切れないように刃の部分を丸く加工してあるボロボロの剣だったため、本物の武器に囲まれた今のこの状況はかなりやばい。


人を殺す事に対しては忌避感はもちろんある。

魔物ですら血を噴き出すし抵抗が無いわけではない。

だが、武器だけはやはりロマンと言うべきか、好奇心が…!




「いやぁ、しかし…勇者さんぐれぇになると、この店如きの剣なんかじゃあ…」



「いやいや、そんな事ないですよっ!?」



色んな武器を見て回った末に店主の口から放たれた言葉が自虐的過ぎて顔が引きつってしまう。

自分の店の商品なのに「如き」って…



「さっきの聖剣と同じくらいってのは冗談ですし、そこそこの剣があれば是非とも見せてもらいたいです」



「そこそこ…うーん、聖剣に比べてしまいますと全部なまくらにしか思えないようなモノですがなぁ…これとかどうでしょうかね?」



少し唸った後、手渡されたのは一本のショートソードだった。

デザインは凝っていないようで、他の商品と比べるとやや見劣りするが、僅かながら魔力を感じた。


王城でかなり訓練して魔力を感じ取れるようになったので間違いないだろう。

この剣には何らかの細工がなされているのだろう。



手に取ってまじまじと見てみると、よく手入れされているのか切れ味は相当なもののようで、剣自体の重さも見た目よりも全然軽くて驚いた。



「これ…良いですね…」



軽く二、三回素振りしてざっくりとした感想を言う。


聖剣が片手用より少し大きめってぐらいのサイズなのに、同じサイズの剣と比べるとやや重めに感じるので、この軽さは非常に好ましく思えた。



「ははっ、軽いでしょう?」



「はい、聖剣の半分の重さもないですよこれ!」



あまりにも楽しそうにしているのに嫉妬したのか、聖剣が一瞬だけドッと重くなったような気がした。


柄を何度か握り直したり、軽く振ってみたりしているうちに謎の愛着が湧いてくる。



「この剣って結構高かったりします…?」



他にも華やかな装飾がされた剣や強そうな大剣があるが、俺はこのショートソードが気に入って店主に値段を聞いてみる。


見た目こそ無骨で地味な剣だが、切れ味も良さそうでとても軽く、さらに細工までしてあるとなると相当値段が張りそうなのだが…



「う〜ん…」



困ったような顔をしながら店主は仰ぐように上に顔を向ける。

流石に非売品を「どうだ?」と手渡すような事はしないと思うので、何を考えているのかはわからない。



「やっぱり、相当しちゃったり…?」



「いやぁ、確かにこりゃ良い剣ではあるのですが、装飾もなけりゃ、刃も他の剣より短いでずっと売れ残り続けた商品なんで…勇者さんにこんなもんを売ってもいいんかなぁと…」



「ぜ、全然大丈夫!むしろ大歓迎です!」



そんなこと気にしていたのかと思わずこけてしまいそうになる。

ていうか、手渡してきたのはお前だろと心の中で軽くツッコミを入れておいてから大丈夫だと伝える。


しかし、よくよく考えると大事なこと忘れていたことに気付く。



所持金のほとんどを女性陣が持っていったままだった。



手持ちは現在、銀貨十六枚。

あとは銅貨が少々と…



価値は銅貨が十円で、今は持ってないが大銅貨が百円、銀貨が千円、大銀貨が一万円、金貨が十万円、大金貨が百万円、白金貨が一千万円と思えば問題ない。

大体このぐらいの価値だろうと思われる。


それぞれ十枚で両替出来る!

覚えるのがとても簡単!

子供でも買い物出来る!



そして、これを説明した上で考えよう。

俺は手持ち一万と六千円で剣を買いに来ているのだ。

実にアホらしい。


ミッフィーに買った短剣ですら銀貨十五枚分程の値段がしたのに、それより一枚多いだけの俺が剣を買えるのだろうか?


答えは否だ。

こんなのは考えなくとも分かる。



「すいません、ちょっとお金が心もとないのでまた後で来ます…!」



それだけ伝えてすぐに取りに行こうと店を出ようとしたが、呼び止められて振り返る。



「あぁ〜、勇者さん…お金の事は気にしないでいい!持ってけ、ほら!」



そう言って店主のドワーフは近くにあったサイズが合いそうな鞘に剣を納めて投げ渡してきた。


来た時にはあまりにも酷い接客態度に驚いたが、実はいい人なのでは…?

いや、それとも何か裏があるのかと顔をまじまじと見つめてみるが、頭をポリポリと掻くだけで特に目立った様子などなさそうだ。



「でも、これを流石にタダじゃ…」



「な〜に、先行投資みたいなもんだ!お前さんが魔王やら何やらを倒した時に『勇者様が買い物をした武器屋』っつー売り文句で客を大量に呼び込めるようにする為のなっ!」



すごく嬉しいし有難いと思った。

そんなことで客が集まるなら是非そうして欲しい。


だが、どのみち剣はここで買おうと思っていたし、タダにする意味はあったのだろうか…?

最初の失礼な態度のお詫びも兼ねてのサービスか。

それとも本当にただ客を呼び寄せるための戦略か。


どちらにしろ俺にはすごく嬉しかったし、この店にはまたいつか来ようと思った。



「おっちゃん…ありがとなっ!いずれまた来るよ!」



「おうよっ!!それと俺はまだ二十六だっ!!おっちゃんじゃねぇ!!」



その見た目で二十六は分からねぇって…

腰に剣を吊るし、苦笑いしながら軽く頭を下げて俺は女性陣と合流するために服屋の方に向かったのだった。






━━━━━━━━━━━━━━






俺たちは合流して、互いに店で買った品を確認した後、目的地である『ハピネス奴隷商会』の拠点らしき建物の周りをブラブラとしながら時間を潰した。


いざとなった時に即座に逃げられるように逃走ルートの確認も兼ねて。





そして、日は沈み…

しばらくして人々はそれぞれの家に帰ったり、宿にチェックインしたりでどんどん静かになっていく…


だが流石商業都市と言うべきか、深夜になってもある程度は店が開いているし、そこそこ賑わっている。

眠らない街と言っても過言ではないだろう。



これ以上待っても意味がなさそうなので、俺たちは奴隷商会の拠点に忍び込むことにした。



先頭は猫人族のミッフィー、続いてリーシャと穹、最後に俺という形で裏から潜入する。

目立たないようにローブを纏ってだなんて、ロマンが…とワクワクしているとリーシャに睨まれてしまう。

いや、ほんと怖いので許して欲しい。



「さっさと終わらせて明日にはバーハルンの長さんとこに行かなきゃな」



「そうですね…とりあえずさっさとマフィンとココアとやらを助けてしまいましょう」



不安そうにしている穹を励ましつつ建物内をどんどん進んでいくと、何やら鉄格子だらけの物騒な部屋にたどり着いた。


部屋は暗く、空気は淀んでいる。

今すぐにでも出たいぐらい居心地が悪いのだが、ガサガサと物音がするので、よく目を凝らして見てみると檻の中には布一枚のみ纏った状態の人々が大勢いるのが分かった。


非常にアンハピネスな光景だ。

どどん?どどどど?ハピネス許すまじ…!


「ど」が多すぎて現会長の名前は残念ながら覚えられなかった。




とりあえず…




「穹、光の魔法使えるか?」



「うん、いくよ…ライト!」



穹が詠唱せずにライトの魔法を唱えると、暗闇の中に眩く光る白色の光球が生み出される。

白い光球は部屋全体を照らすのに一つで十分なぐらい明るかった。


そして、部屋の全貌があらわになると同時に、先程自分が視認していた奴隷の数が、全体のほんの一部だったことが分かった。


服装も然る事ながら、皆の表情や体つき、色々と酷すぎて言葉も出ない。



「これは…」



四人のうちの誰かが発したそれは、誰の耳にも届くことはなく、ただ目の前の惨状に意識を奪われて固まったままになる…


この世界の住人であるリーシャやミッフィーですら絶句している、

リーシャはなんとか怒りを抑えようとしていて、ミッフィーに至っては恐怖からか少し膝が震えているようだ。



しばらくして気持ちを落ち着かせた後、俺たちはミッフィーの探している猫人族のマフィンと犬人族のココアを見つけるために室内を歩いて確認して回った。


目の前に俺たちのような助けてくれそうな人がいたら、奴隷たちは手を伸ばして「出してくれ!」と言いそうなものなのだが、皆気力がないのか目では追ってくるが、声どころか表情すら虚ろなままだ。


あまりの痛々しさに目を逸らしたいと思うほどに彼らは…



と、色々考えているとミッフィーが二人を見つけたのか、やや高めの声でそれぞれの名前を叫んで走ってゆく。

潜入中なので極力大きな声で叫ぶのはやめて欲しいのだが、状況が状況なので許してやろう。



ミッフィーに続いて俺たちもその檻に近づいてみるが、何かがおかしい…




…語りかけても全く反応がない…




「マフィン姉!!ココアちゃん!!」



必死に声をかけ続けるミッフィーだったが、反応がないどころか…本来発しているはずの魔力すら感じ取れず、俺は目を逸らすほかなかった。


ろくに食事すら与えて貰えなかったのだろう。

体はあばらの骨がハッキリと浮いて見えるほどやせ細っており、髪はストレスのせいか白髪が混じっている。


穹は彼女の肩に手を置いて説得を試みるが、受け入れたくなさそうにミッフィーは首を横に振って泣きじゃくる…





…全てが手遅れだった。




これが俺たちの王以外からの最初の依頼。

そして、辛い思い出となった出来事だ。


この世界は理不尽だらけで、生き抜くには運がなければ力をつける他ない。





しばらくすると、部屋の外から物音と複数の男達の声が聞こえてきた。

間違いなくミッフィーが泣きじゃくっていたのが原因だろう。


まぁ…咎める気はないのだがな…




「くっ、流石に気付かれてしまったようですね…」



「そんな…でも、どうしたら…?」



「落ち着け穹!とりあえず、彼女たちの身を確保する。その後、すぐに脱出するよ!」



ミッフィーと一緒に涙目になっている穹がやや取り乱しているが、心を鬼にして慰めるよりも先に今すべき事を簡潔に伝える。


せっかくミッフィーの装備を揃えたのだが、今の精神状態では戦えそうにないな。

まぁ、身内がこんな事になっているから無理もないのだが。



俺は軽く溜め息を吐きながら指示を出す。

溜め息は仲間に対してではなく、己の無力さやこの理不尽な世界に対してだ。



ともかく、亡骸を放っておく訳にもいかないので、担いで行こうと思ったのだが、亡くなっているとはいえ女性であるの彼女たちの体を男である俺が持っていいのだろうかと思い、犬人族の女の子であるココアの体は穹が、ミッフィーの姉であるマフィンの体はミッフィーとリーシャで一緒に運んでもらうことにした。


そして、俺は抜剣して最後尾で後方を警戒しながら退路を急ぎ足で通路を駆け抜けでいく。

男としては、重いであろう体を持った方がいいのだろうが、それでも一応は最大戦力である俺が万全に戦えるようにそうさせてもらった。






時間にして三分も経たないぐらいで、目の前に出口が見えてきて…




同時に俺たちの顔つきが強ばる。



「待ち伏せされてますね…敵も馬鹿ではないようです」



いち早く気付いたのはリーシャで、次に遅れて俺と穹が気付いた。

方法はもちろん魔力の感知でだが、俺たちとリーシャで気づくのにかかる微妙な差は、スキルとして習得したか否かの差だという。


ミッフィーは匂いで分かったらしいが、正確な数は掴めないようだ。


かくいう俺たちも魔力をぼんやりと感じ取れるが、近くないせいかぼんやりと感じ取れるってぐらいでわからない。



「数は八人、魔力の反応からして魔法士が三人ですね…後ろからはさらに五名の追っ手が来ていますが…どうしますか?」



流石リーシャだ。

俺たちでもわからないことを難なくこなしていく。

伊達に宮廷魔法士やってないな!



しかし、参った。

状況があまりにも悪過ぎて思わず変な笑いが込み上げてくる。


亡骸を持った三人は戦力外として、こっち側は俺が一人。

相手は準備万端で待ち構えている八人に後方から追ってくる五人。

聖剣を持ってたとしても到底フェアとは言えない戦力差だ。



「…俺が道を切り開く、隙を見て逃げてくれ!少し足止めをしてからお前達を追いかける!」



「駄目だよっ、そんなの無茶だよ!」



穹が純粋な子で心底良かったと思った。

ここに、同級生の男子でもいてみろ…

フッと鼻で笑われて流されていただろうな。


リーシャやミッフィーは死亡フラグというものがなんなのかわからないだろうから、問題はない。

しかし、なんでこんな事を言ったのだろうか…



そもそも街中だからそんなに遠くには逃げないのに…



俺は聖剣で前方の敵に向かって斬撃を放って散らしてからフッと笑って「いいから行け」とだけ言ってその場に残った。

臭すぎるが、やってみたかったのだ。

…仕方がなかろう。



三人は見事に脱出を成功させ、ある程度の距離を稼げただろうというところで俺は敵に囲まれピンチになっていた。

とても撤退出来るような状況ではない。



そして、困った事に聖剣が全く役に立たない!!



聖剣は光属性の魔力を纏った強力な武器で、切れ味も然ることながら対魔物へのダメージは数倍に跳ね上がるとんでも性能なのだが、対人戦では役に立ちそうもない。

一体一なら近衛と訓練していた俺の方が上だが、相手は合計十三人で、そのうち三人は魔法士ということで後方から魔法をバンバン撃ってくる。


逃げようにも身軽な短剣を装備した奴が非常にすばしっこくて無理そうだし、迎え撃とうにも前衛十人と後衛三人の陣形がキツイ。


打ち合ったら俺の聖剣が相手の剣なり槍なり簡単に切断してくれるのだろうが、その間に別方向から斬撃が飛んできたりでもしたら即ゲームオーバーだ。



「くっ…どうする…!?」



そうこうしているうちに、俺の体力はどんどん奪われていき、息が完全にあがって聖剣を持ち上げることさえしんどくなってしまっていた。



斬撃、刺突を迎え撃たずに受け流し…

魔法が飛んでくると巻き込まれないように前衛が少し距離を取るので遠慮なく叩き斬って対処する。



同じような事を十五分間もひたすら繰り返していたらそりゃキツイなぁ…と考えていると、集中力が落ちた影響か右肩を槍が掠める。



想定していなかった痛みに意識が逸れて、続けざまに左脚と右腕も掠め、ついに抉れるように腹に重い一撃を喰らってしまった。



「ぐっ…!?!」



全力のバックステップで距離を取るが、あまりの痛みに膝をついてしまう。

追撃はどうやら無いようだ。



しかし、熱い…

腹部が燃えるような痛みで意識がやや霞んで…




「へっ、うちの商会に勇者様がちょっかい掛けてきやがったと知った時は少しビビっちまったが、こんなものか」



「えぇ、無様ですね」



「こんな奴さっさと殺っちまって、女どもを追いかけようぜ!あいつら中々の上玉だったろ?」



「お前もそう思うか?くくっ、今夜は楽しめそうだな…!」



相手がそれぞれ思ったことを口にしながらこちらに向かって歩いてくる。


このままでは次は穹やリーシャが狙われる。

俺はこんな所で死ねるかと痛みに耐えながらなんとか立ち上がろうとするが、上手く力が入らずにすんなりとはいかない。


もたもたしている場合ではない。

聖剣を支えにしてやっとのところで立ち上がる。



「穹たちの…ところ…へは…行かせない…!」



痛みで意識がハッキリせず、目の前が霞んで見える。

今にも泣きたいような痛みにパニックになりそうな状況なのだが、穹を守りたいと思う気持ちのおかげで俺は冷静でいられた。



「な〜に言ってんだコイツ?」


「これから殺されるっつーのに女どもの心配か、きゃ〜かっこい〜勇者様ぁ〜くくっ」



馬鹿にされながらも俺はなんとか切り抜ける方法がないかと考えを巡らせるが、状況は最悪。

策が浮かんでも、すぐに無駄だという結論に至る。



結局は聖剣に祈るしか無かった。




だが、それで良かったのだ。




『私の力を貸してあげる…』




頭に直接響くような…しかし、不快だとは感じない声が聴こえたと同時にフッと体が軽くなる。


この感覚は以前の魔人との遭遇時に突然発動した身体強化と同じだった。



「あの時も君が俺を…」



聖剣を見つめるが、もう声が聴こえて来ることはなかった。

代わりに魔力が身体中を駆け巡って痛みを和らげ、力が溢れるように湧いてくる。


俺の中の何かが言っている、諦めるのはまだ早いと

…俺はまだまだやれるんだ、と。



「なっ…急に目付きが…!?」



敵の一人が警戒して剣を構えようとしたが、その時にはもう既に剣とともに腕が飛んでいた。


一閃。


俺は近衛との訓練で学んだ通りの鋭い斬撃放った。

その直後、ブレるように俺の体は掻き消え、隣の敵の前に現れる。


続けざまにその隣にいた剣士を斬り捨て、突き出される槍を弾いて反対側から斬りかかってきた奴を蹴り飛ばす。



先程のただ防ぐだけの俺とは打って変わって、攻めに転じた今の俺は身体強化の影響もあり、人間離れした動きを見せていた。


二、三人同時に攻めてこようが、もはや関係なかった。



「こいつ!?ただの身体強化じゃないつ!?動きが普通じゃないぞ!!気をつけろ!」



敵が俺から距離を取ろうと下がるが、俺の異常とも言える移動速度を前にはほとんど無意味だった。

最も後ろにいた魔法士の後方に回り込み、問答無用で斬り捨てる。


この時点で既に相手側は十三人中、七人が戦闘不能になっていた。

残りは前衛四人と後衛二人。



このまま殲滅出来るかと思っていると、相手が突然逃げるのをやめて同時に攻撃を仕掛けてきた。


連携とかではなく、ただただ同時に。



恐らく無意識で放たれたであろう攻撃に、俺は不意をつかれて反応が遅れる。


一方から放たれた斬撃を受け流し、別の斬撃は弾き、さらに突きの軌道を変えて…


神業とも言える剣さばきで次々と対処していくが、、反応が遅れたせいで4発目の長剣による斬撃を受けきれずに聖剣が弾かれて手を離れてしまった。



そこへ、後衛の魔法士が放ったであろう炎の塊が飛んでくる。

恐らく、火球を飛ばす低位の火属性魔法のファイアだろう。



聖剣が手を離れて身体強化の精度が落ちて動きが鈍った俺に再び腹部の傷からくる強烈な痛みが走った。



絶体絶命。



そう思った瞬間だった。

ふと、腰に吊るしてあるショートブレードの存在を思い出す。



急いで剣を引き抜き、持ち直す時間も惜しいので逆手のまま炎の塊に向かって振るった。



しかし、よく見ると炎の塊は重なるように後ろからもう一つ飛んできており、一つ目を斬り捨てても二つ目が直撃してしまう。



「ここで…死んで…たまるかあああああ!!!」



俺は剣に思いっきり魔力を流すと、ショートブレードだと思っていたそれは、刃渡り三メートルの超ロングブレードへと姿を変えて、後方の諸共二つの火球を斬り捨てた。



驚く事に、この剣には刃を伸ばす能力があったようだ。



何が起こったのだと驚愕する敵。

驚きたい気持ちはわかるし、なんなら俺も驚いているが、そのスキを逃さす訳にもいかないので伸びた剣でそのまま追撃しにかかる。


重さは大して変わらないにもかかわらず、恐ろしく長くなった剣を振り回して次々と敵を絶命させていく。


最後に残った魔法士が、後ずさりつつも再び火球を飛ばそうとこちらに杖を向けてくる。



しかし、魔法士が火球を放つまでの時間よりも俺の剣が届くのが僅かに早かった。



「ぐふっ…!?」



剣は深々と相手の胸に突き刺さり、狙い違わず心の臓を貫いていた。

魔法士は口から血を大量に吐き出し、膝をつく。



異世界に召喚されて初めて人を殺めたというのに、あまり抵抗が無かったのは元々そういう性格、思考を持っていたからか…

否、奴隷たち…仲間になった女性の身内に対する非道な行いへの怒りからだろう。



「おのれ…勇者…っ!」



それだけ言うと魔法使いは倒れてそのまま動かなくなった。



俺の方も強化状態が切れたのか体がフラついて倒れそうになるのをなんとか踏ん張って耐える。



右手の剣はいつの間にか抜いた時と同様のショートブレードに戻っていた。



この剣の能力は一体何なのだろうか…


値は張ってしまうのだが、剣には能力を付与する事が可能だ。

能力については、付与する魔法士によって性能に差が出るのだが、近衛クラスになると、大体は強力な能力が付与されているという…


後日、改めて鑑定してもらうとしよう。



俺は聖剣を拾って一言「ありがとう」と感謝をしてから鞘に戻した。


一瞬、聖剣が僅かに震えたような気がしたが、やはり気の所為なのだろうか?



「さて…みんなのとこに戻らない…と…?」



気が抜けてしまったせいか、体が言うことをきかず倒れてしまう。

再び立とうとするが、目眩がして再度倒れる。


貧血を起こした時の症状に似ている。

身体中に付けられた傷、特にお腹の切り傷のせいで血を流しすぎたのだろう。



回復系の魔法は穹が使えるが、今は居ないし…

回復用のポーションは穹が倒れたら困るから穹が持ってるし…

リーシャも回復系の魔法を使えるけど居ないし…



「俺も回復魔法…覚えないとな…」



苦笑いを浮かべ、仰向けに体勢を変える。


空には月のような衛星が見える。

周りには多くの星が輝いているが、地球上で見られる星座のような配置になっているものはない。



ここは異世界で、地球でもなければ日本でもない。


人を殺しても警察は来ないし、殺されても犯人は何食わぬ顔でのうのうと生き続けるだろう。


今回は斬れたが、次も果たして俺に人を斬ることが出来るのだろうか。


相手が悪だとハッキリしていれば、抵抗は少なく、自分や穹の身を守る為に殺すだろう。


だが、相手にも守るものがいて…

貫く正義があるとしたら…




深く考えていると、遠くから穹の声が聞こえてくる。

足音からすると、リーシャとミッフィーもいるようだ。



思えば魔人の襲撃を受けた時にも俺は倒れて、助けに来てもらったなぁ…


今回も聖剣のおかげで生き延びる事が出来た。

自ら立てた死亡フラグを折れたのも聖剣のおかげだろう。

死ぬ事はなかったが、とにかく要反省だ。



「遅くなってごめ…わっ!?何この傷!!大怪我っ!えっと…治癒魔法!?」



「落ち着いてください、治癒魔法は扱うのにかなりの集中力が必要不可欠ですので、そんなに慌ててしまっては上手く作用しません!」


近くまで来たと同時に慌てまくる穹にリーシャは注意をして、一緒に治癒魔法を発動して治療を開始する。

温かい光に包まれ、傷口がみるみる塞がっていく光景はいつ見ても信じられないなぁと思う。


ふと、気になって近くに立っていたミッフィーに声をかける。



「大丈夫か…?」



「…」



しかし、何を考えているのか無言のまま少し俯いてしまう。

気を遣ったつもりだったのだが、気に触ったかと思ったのだが、次の瞬間には会心の笑顔で空を見上げていた。



「うん、大丈夫っす!落ち込んでなんていたらきっとマフィン姉やココアちゃんに怒られてしまうっすから!!」



「そんなことはないと思うけど…」



必要以上に大きな声で、まるで自分に言い聞かせるかのように言葉を発するミッフィーだが、口の端は震えていて、今にも泣き崩れそうな様子だ。

思わず何か言いそうになるが、言葉を飲み込む。



「そんなことあるっす!!…でも…でも、二人の分までアタイがしっかり生きるっすから!!だから…!!!」



ミッフィーの目からは大量の涙が溢れてくるが、笑顔をやめることなく空を見上げていた。

無理しているのはわかるが、わざわざ言う必要も無い。


きっと、彼女なりに何か思うところがあるのだろう。





空の端がやや明るくなってきた頃合い。

俺が立てるぐらいまで回復したところで、俺らは撤退を始めた。

ハピネス奴隷商会は非常に大きな組織だし、このままここに居たら追加で追っ手が送り込まれるに違いない。


そうでなくても、周りにこれだけ死体があれば都市の秩序を守っている衛兵に見つかり次第に取り囲まれてしまうだろう。



とはいえ商会の者に手を出してしまった以上は追っ手が来そうなものだが、先程倒した十三名は既に死んでいるので身バレすることはないだろう。


一応、特定系の魔法もあるようだが、リーシャ曰く宮廷魔法士クラス、かつ適性があってやっと使えるような面倒な魔法なのでほとんど使用者がいないらしい。

そもそもそれだけの魔法士が奴隷商会などに協力するわけがないだろうしな。



まぁ、とにかく撤収だ。

市長に会う前に墓を作ったり色々とやる予定が出来てしまったなぁ…



異世界は想定外な事が多くて予定通りにことが進まないなと思いつつ、今回のような悲劇を繰り返さないよう反省しながら俺は奴隷商会をあとにした。

〜あとがき〜


大変遅れてしまったことを深くお詫び申し上げます。

いつも通り僕は謝罪しますが反省はしていません。


遅れた理由に関してはTwitterにも書き込んだ通り、単純に意味がわからないぐらい早い原稿の締切などの多忙によるものです。



まぁ…結局、原稿あがってないんですけどね…



それはともかく、時間がかかってもしっかり投稿は続けるつもりなので!

続きがなかなか投稿されない…辞めちゃったのかな…なんていう心配はしなくても大丈夫です!



さてさて、今回は『2019楽しみなこと』でしたっけ?


1月の最初に投稿する予定だったのが気が付いたら2月…

今年の楽しみはなんですかね…?


ガ○ダム歩行計画が2019でしたっけ…?

あれ、楽しみですね。



…チョコ欲しいなぁ…



次回、何らかの簡単レシピを紹介するかも??

男でも簡単に作れるものがいいよねっ!!



Twitter → @Shin_Sorano

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