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妹が憎たらしいのには訳がある  作者: 大橋むつお
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8:『幸子の入学宣誓』

妹が憎たらしいのには訳がある・8


『幸子の入学宣誓』    




 路上ライブの時のように、お袋が耳元でささやくと、幸子はホッとしたように大人しくなり、ベッドに横になった。


「太一は、部屋から出ていて……手当するの、幸子、裸になるから」

「う、うん……」


 部屋を出た俺は、いったんリビングに戻り、スリッパを脱ぎ、こっそりと幸子の部屋の前に戻った。

 服を脱がせているのだろう、衣擦れの音がして、かすかに蚊の鳴くような電子音がした。それからお袋は、親父に電話をかけた様子だった。

『あなた、わたし……うん……障害、でも……初期化……だめよ、せっかく……!』

 親父が、なにか言いかけたのをさえぎって、お母さんは電話を切った。それ以上いては気取られそうなので、リビングに戻って、新聞を読んでいるふりをする。


 やがて幸子の部屋のドアが開く音がした。


「あ……」


 俺は新聞を逆さに持っていることに気がついた。


 それから、幸子は再びギターと歌に熱中し始めた。


 しかし、路上ライブをするようなことはなく、部屋のカーテンを閉めて控えめにやっている。時々熱が入りすぎて、ボリュームが大きくなる。


 その歌声は、もう高校生のレベルではなかった。


 入学式の三日前には、佳子ちゃんといっしょに入学課題をやり、ますます友人として親交を深めていった。

 俺には相変わらずの憎たらしい無表情だが、幸子の視線を感じることが少し多くなったような……これは、幸子のニクソサを意識しすぎる俺の錯覚かもしれない。


 二日前に幸子は入学者の宣誓文に熱中しはじめた。


 ネットで高校生の入学式宣誓を検索し、それは、入学式宣誓、高校生スピーチ、スピーチ、話術などと検索の範囲が広がった。俺も興味が出て、そっと覗き込んでみると『AKB卒業宣言集』になっていた。


「見るな……」


 ニクソイ無表情で返されたのは言うまでもない。


 そして、入学式の日がやってきた。


 午前中は、俺たち在校生の始業式。俺はA組。ボーカルの優奈と同じクラス。優奈はニヤリとしたが、俺は曖昧に苦笑いするしかなかった。なんせ幸子をケイオンに入れ損なっている。

 午後の入学式は、お袋が来るんだけど、気になるので(演劇部と兼部でも構わないから、幸子をケイオンに入れろと優奈を通じて、加藤先輩から言われていた)式場の体育館に向かった。


 最初の国歌斉唱でタマゲタ。


 ソプラノの歌声が音吐朗々と会場に響き渡り、会場のみんなが、びっくりしていた。


 府立高校の体育館は音響のことなど考えて造られていないので、短い国歌斉唱の間に、それが幸子だと気づいたのは、幸子の周囲の十数名だけだった。大半の人たちは、負けじとソプラノを張り上げた音楽の沙也加先生のそれだと思っている。


 いよいよ、新入生代表の宣誓になった。


「桜花の香りかぐわしい、この春の良き日に、わたしたち、二百四十名は栄えある大阪府立真田山高校の六十六期生として……」

 

 宣誓書に目を落とすこともなく、まるで宝塚の入学式のように朗々と語り始めた。明るく、目を輝かせ、喜びと決意に満ちた言葉と声に参列者は驚き、そして聞き惚れた。

 一瞬幸子は振り返り、新入生たちの顔を確かめるようにし、宣誓分を胸に当て、右手を大きく挙げて再び壇上の校長先生を見上げた。校長先生は目を丸くした。


「……わたしたち、六十六期生は、清く、正しく、美しく、新しく、目の前に広がった高校生活を送ることをお誓いいたします。新入生代表・佐伯幸子」


 会場は割れんばかりの拍手になった。演壇に宣誓分を置いた幸子は、まるで宝塚のスターのように、堂々と胸を張り、明るい笑顔で席に戻った。


 思い出した。


 夕べ、幸子が検索していた中に『宝塚』の入学式があったことを……。




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