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妹が憎たらしいのには訳がある  作者: 大橋むつお
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1・『再会』

  

妹が憎たらしいのには訳がある


1『再会』    





「あ、それから、土曜日お母さんと会うからな」


「……え?」


 これが全ての始まりだった。


 俺は、どこと言って取り柄も無ければ、欠点もない(と思ってる)、ごく普通の高校生だ。


 通っている高校も偏差値58の府立真田山高校。クラブは、どこの学校でも大所帯の軽音楽部。特に軽音に関心が高いわけじゃない。


 中三の時、友だちに誘われて、親父のアコステを持ち出して校内の発表会に出た。


 バンドというだけで注目だった。


 どっちかって言うと、そういうのは苦手。俺は、ただ習ったコードをかき鳴らしていただけだ。本番でも五カ所ほど間違ってしまった。とてもアコステをマスターしたとは言えない。でも、観客の生徒はみんなノリノリだった。友だちのボーカルが多少イケテル感じはした。ボーカルも「アコステよかったじゃん!」とか言ったけど、あとで見たビデオはひどいものだった。親父譲りのアコステは、そのまま物置に戻した。


 だから高校に入るまで、そういうのとは無関係だった。中学のアレは、義理ってか、押し切られたとか、錯覚とか、まあ、そういう範疇のものだ。


 俺は、自分は特別だとか思い込む中二病的因子は少ない方だ。良く言えば冷静、普通に言えば落ち着いた、悪く言えば面白みのない奴。中小企業の課長で定年ぐらいの無難な人生がいいと思ってる。


 高校で軽音楽部に入ったのは、とにかく人数が多くて適当にやっていれば、学校の居場所としては悪くないと思ったから。

 実質は十人ほどの上級生が独占的にやっていて、俺たちはエキストラみたいなもんだ。



 でも、それでよかった。



 やったことと言えば、伝統の「スニーカーエイジ」に出場した先輩の応援にかり出され舞洲アリーナで弾けたぐらい。


 パンピーと言うかNPCと言うかモブして観客席で群れているのが性に合っている。


 だから、入部したときに組まされたメンバーも、そういう感じで『ケイオン命』ってんじゃなくて、お友だち仲間というベクトルが強い。お友だちというのは、互いに深いところでは関わらない。他愛のない世間話をするぐらい。

 スニーカーエイジの授賞式で先輩と目が合って「おめでとうございます」と言った時、先輩は俺の名前が出てこず、曖昧な笑顔をしていた。こういうことにガックリ来る人もいるだろうけど、俺は名もないモブであることにホッとしていた。


 俺はさ、そういうヌルイ環境が心地いい。


 さて、本題。


 俺の両親は、俺が小学二年の時に離婚した。


 原因は親父の転勤だった。


 なにか仕事で失敗したらしく、実質は大阪支店への左遷だった。ずっと東京育ちだったお袋は大阪に行きたがらなかった。そして、それよりも左遷されて、自信やプライドを失ってしまった親父にお袋は嫌気がさしてきたようだった。

 で、あっさりと離婚が決まり、俺は親父に引き取られ大阪に来た。一つ年下の妹はお袋が引き取り、我が家は、あっさりと大阪と東京に分裂した。


 それ以来、お袋にも妹にも会っていない。特別不幸だとは思っていない、今の時代、片親だけの奴なんてクラスに七八人は居る。


 妹が四年前交通事故で入院した。親父は一度だけ日帰りで会いに行った。


「大したことはなかった」


 その一言だけで親父は二度と東京にいかなかったし、当然俺も東京には行っていない。

 それが、今朝、ドアを開けて出勤しようとして、まるで天気予報の確認をするような気軽さでカマされた。


「あ、それから、この土曜日、お母さんと会うからな」


「……え?」


 俺は、人から何か頼まれたり命じられたとき、とっさに返事ができない。


 一拍おいて「うん」とか「はい」とか「おお」とか、たいてい同意してしまう。小学校の通知票の所見には「穏和で、友だち思い」と書かれていた。要は事なかれ主義のその場人間。親父に似てしまったんだと思う。この時は一拍遅れの「うん」も聞かずに、親父はドアを閉めてしまった。だからだろう、初めて乗ったリニア新幹線の感動も薄かった。


 そして、その土曜、Yホテルのラウンジ。


 目の前に、八年前と変わらないお袋が座っていた。


 そして、その横には、すっかり変わって可愛くなった妹の幸子が向日葵ひまわりのようにニコニコと座っていた。




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