対決!ヘラ・フルール
第六話 辺境の紅き悪魔と緑のスフィア(後編)
自然がたくさんある辺境の地、イリスに到着した私たちは緑のスフィアをかけて『ヘラ』と呼ばれた紅い悪魔と戦うことになった。彼の種族はインキュバスらしい。
「……準備はいいか?」
「えぇ」
私の隣でレインが耳打ちする。
「スクーレ、気を付けろ。あいつは強い」
「わかってる」
そういえばいつの間にかヘッジさんがどこかに行ってしまっている。どうしたのだろうか?
『ヘッジさんは弟探しに行きました。スクーレ、あなたは目の前のことに集中しなさい』
「わかってるわよ。でも……」
翼はそこまで大きくない。逆にとても小さい。体と不釣り合いの大きさだ。これで飛べるのか心配になるほどだ。
『彼の力は強大です。それに、今私が出ると彼は混乱してしまうので話すことしかできません。いいですね?』
「わかったわ」
「来るぞ!スクーレ!!」
ヘラは地を蹴り、凄い勢いでこっちにやってきた。虚空から彼の体より大きなギザギザの刃の剣を取り出し、避けた私の元いた場所を深く抉った。
「うわ……!」
「スクーレ!横!!」
『レインさんに麻痺の魔法をかけるように指示してください!』
レインとハレティから指示が飛んでくる。一度に出来ないことは知ってるのに。私はまず横からの攻撃をギリギリでかわし、レインに指示を送った。すぐにヘラの動きが鈍くなる。魔法が効いているのだ。
『彼に効くのはそうですね……水ですね』
「水……わかった。もう、あんたが外に出てくれたら楽なのに。水使いなんでしょ?」
『ふふ、ごめんなさい』
「レイン!あの泉に行くわよ!」
「えぇ?!わかった!」
私とレインは泉に誘き出すためにヘラを挑発し始めた。うまくヘラは引っ掛かってくれている。そして泉の前までやってきた。私とレインは横に並び、ヘラが飛び出してきたところで左右に分かれ……ドボン!と大きな音を立ててヘラは泉に落ちた。そして……。
「ヘラ!」
追いかけてきたメノイさんは慌ててヘラの名前を呼んだ。しかし、ヘラは一向に上がってこない。まさか泳げないとか?
「オレが行く!」
「ちょっと、レイン!」
レインは私の制止を聞かず、泉に飛び込んだ。
そこは暗くわりと深い泉だった。何かの声が聞こえる。『こっちだよ。こっち』と。それは小さな……少女のような声だった。その声が聞こえる方へ泳いでいくと、ヘラの赤が見えた。
__いた!
レインはどんどん沈んでいくヘラを見つけ、手を伸ばした。しかし、彼は気付いていないのか、なかなか手を伸ばし返してくれない。
レインはヘラから妙なオーラを感じた。呪いのオーラだ。それは呪術師故にわかることだった。まさか、表情を変えないのはこの呪いが原因なのだろうか。まず助けないと呪いについて調べられない。レインはもっと近くまで泳ぎ、ヘラを抱えて水面を目指した。
「ぷはぁっ!」
「レイン!」
「ヘラ!」
「……気絶してるぞ」
レインは目を伏せて呟いた。
そんなレインにメノイさんは礼をした。
「レインくん……ありがとう」
「……あぁ」
レインは顔を赤らめて返事をした。褒められるのに慣れてないのだろう。
「ヘラと勝負してくれてありがと。きっと喜んでるはずよ」
「わ、私たちはただ戦っただけですよ」
「そう。じゃ、そういうことにしときましょ。家に戻りましょう」
メノイはヘラを抱えて家に戻った。サキュバスはわりとパワフルなのだ。
『ヘラの攻撃は大体猪突猛進なのです。必要な時しか魔法を使いません』
「というかどうして知ってるの?」
私はハレティの言葉に突っ込みを入れた。
確かここまで来るのは初めてだと言っていたのに。
『……えっ?』
「いろいろ知ってるじゃない」
『それは……私ですから!』
「な、何それ……」
『とにかく戻りましょう』
ハレティは無理矢理会話を終了させ、メノイさんの家に戻るように言った。これは何か事情がありそうだ。
しかしレインがくしゃみをしているのを見て、戻ることにした。
くしゃみが止まらないレインは放っておいて、しばらくするとヘラが目を覚まし、リビングにやってきた。相変わらず無表情だ。
「……姉ちゃん」
「あら、起きてきたのね。体はどう?」
「大丈夫」
「それはよかったわ」
メノイさんはヘラに笑いかける。だがやはり無表情のままだった。
「あ、あの……ヘラさん」
「『ヘラ』でいいよ。で、何?」
「……ごめんなさい」
「どうして謝るの?」
「私が戦ったからヘラは……」
「……いいんだ。俺がそのまま斬ろうとしたから……」
ヘラはそっぽを向く。私は彼に手を差しのべ、握手を求めた。
「ヘラ……ありがと」
こうして私たちは和解した。
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一方、ヘッジはイリスの森の奥の方にいた。その辺りは吸血鬼が出るという噂がある。今ヘッジがいるのは全体的に黒い館の前だ。ヘッジは門に手をかけ、そのまま押し開いた。そして中に入っていった。
中の照明は松明のみ。いろいろな部屋があり、どこも同じだ。まるでダンジョンのようだ。
「いらっしゃい」
「誰だ?!」
女性の声が聞こえた方に振り向くが、そこには誰もいない。
前を向くと、カチューシャを付け、首には黒いチョーカー、胸元には花が付いているワンピースのようなものを着た女性が立っていた。
「ふふ……あなた、弟さんがいるわね?その子を助けようとしている。違うかしら?」
「……なんでわかった?」
「私はなんでもわかるの。あなたが探しているものもね」
彼女はヘッジが身構えるより早く彼の首へ手を回し、ガブリと噛んだ。そう、彼女はこの辺りに現れると言われている吸血鬼だったのだ。
ヘッジはそのまま彼女の方へ倒れ込み、動かなくなった。
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「はい、緑のスフィアよ」
「ありがとうございます!」
メノイさんは家の奥の方から緑のスフィアを持ってきた。
大きさはバスケットボールほどだ。かなり大きい。
「はっくしょん!うー……頭痛い」
「……大丈夫か?」
「あ……ヘラ……心配なああっくしゅ!!」
涙目でヘラを見るレイン。
よっぽど泉の水が冷たかったのだろう。
「……心配だな」
「だ、大丈夫……」
ヘラはレインに頷くと、メノイさんの方を向いた。
「……姉ちゃん」
「ん?」
「俺……旅に出る」
「「「え?!」」」
改まってメノイさんの方を向いて話したと思えば何て事……。しかし引きこもっていたヘラが前に進もうとしている。ヘラの真剣な眼差しを見たメノイさんは「いいわよ。行ってらっしゃい」と言った。
「ありがと、姉ちゃん」
言葉は温かみを帯びているが、表情は氷そのものだ。
『スクーレ』
「ハレ……」
『しーっ。ヘラくんの前では私の名前を口に出さないでください』
「ど、どうして?」
『どうしてもです』
「……わかったわよ」
『聞き分けがよくて助かります』
完全に子供扱いしやがって……。でもそこがハレティのいいところかもしれない。保護者みたいな存在に思えるから安心できる。
先程ヘラは「旅に出る」と言った。そもそもここに来た理由は『ヘラを保護すること』。もし私たちから話を持ちかけ、嫌と返ってきたら意味無いので、結果オーライだった。
「なるべく早く帰ってくるのよ~」
「頑張るよ。行ってきます」
メノイさんはヒラヒラと手を振っている。ヘラの表情は終始変わらなかったが、別れるとき、仕草からして寂しそうだった。
結局私たちはヘッジさんがどこにいるのかもわからないまま、イリスを離れることなった。
どうも、グラニュー糖*です!
ゲームとかでよくありますよね、前期のキャラがダメ人間になって登場するとか。
熱い展開です。大好きです。
ちなみにヘラを名付けたとき、「なんか強そうな名前を!!」って感じでした。
では、また!