強すぎる力
第四十一話 紅き悪魔と呪われた竜の魂
「あの力ですって……?!」
「それって何?」
「それは……ヘラくんに聞いた方が早いですよ」
ハレティはヘラを指差した。その本人は奥歯を噛み締めている。まるで何かを我慢するかのように……。
「あれは二度と発現しないと決めた。もう壊さないためにも、壊れないためにもな」
「ふふ……思ったよりハレティの封印が強いみたいね。感情を封じることで私に対する思いも封じ込めるなんてやるじゃないの。おかげで力を抑えられるのね。ハレティってば、最初から裏切ってたのね」
リメルアはハレティに鋭い目を向けた。
「私はあなたに加勢する気なんてありませんよ。ヘラくんの封印はあなたを見てパニックに陥らないようにするためのもの。そして守るためのもの。御守りのようなものです」
「でもそれも限界に近い。そうでしょ?あと、私を倒したら自動的に解除されるようになってるみたいだけど、そんな自信はどこから来てるのかしらね」
「それはあなたが自分で見つけてくださいな」
ハレティは突き放すような口ぶりで言う。ヘラは相変わらず不変の表情でリメルアを睨み続けている。
「そう。まぁ私が頑張るだけよね。でも残念だわ、あの力を抑えきれなくて……ねぇ、ヘラ」
「何を言ってるんですか?ヘラくんはこの通り抑え……て……」
ハレティのセリフがどんどん小さくなっていく。それもそのはず、ヘラの体が黒い光を放っていたからだ。これがあの力の正体……?
「ぐ、ぁア……」
「ヘラくん!」
「ヘラ!」
ヘラは後ろで真顔でありながらも苦しそうな声を上げている。目を見開き、手を胸の真ん中に当て、前屈みになって獣のような声を上げたヘラの頬にはXのような模様が浮かび上がっていた。
「そうそう!その力!ついにこの私を打ち倒したその力をねじ伏せるときが来た!」
「リメルア!もうやめるんだ!ヘラが……苦しそうなんだぞ!?」
「何?それがどうしたのよ、ヘッジ。邪魔するつもり?」
「……」
心底嬉しそうに叫ぶリメルアを止めに入るヘッジさん。しかし彼女のひと睨みで動けなくなった。これが血と血の契約。吸血鬼の掟。主人には抗えないのだ。
「あ、ぁ……アアアッ!!」
ヘラの異変はどんどん悪化していく。ヘラの赤い髪の毛は既に半分以上が墨のように黒く染まっていた。
そんな彼を見てリメルアは待ちきれないというようにまた叫ぶ。
「いい子ね、ヘラ!私と戦いなさい!そして死ぬのよ!」
リメルアの言葉に呼応するように黒いオーラのようなものがドクンドクンと脈打つ。ハレティと私は懸命にヘラを抑えようとした。
「……これじゃあ近づけませんね……」
「いたた……衝撃波で吹き飛ばされちゃったわ……」
「ハレティ、スクーレ、一旦離れた方が……!」
ヘッジさんは私たちに一階へ行くように促すが、どこからともなく現れたコウモリたちが行く手を阻む。まさに絶体絶命……。
「その調子よ。そしてそのままドラゴンソウルを引き出すの!」
「ぐ……グガアアアッ!」
ヘラは『ドラゴンソウル』という言葉を聞いた途端さらに苦しみ始めた。まず聞いたことない言葉だ。
「ハレティ、ドラゴンソウルって?!」
「ドラゴンソウルは先天性の力です。人間によって殺されたドラゴンの呪いで、生まれてくる子供にドラゴンの魂が少しだけ入り込むんです。それは悪魔でも人間でもどちらでも入り込みます。もし悪魔に入ったらいい迷惑でしょうね。しかしヘラくんはなぜか後天性なのです。どうしてかは私にもわかりません……」
「いつも図鑑みたいな説明ありがとね」
「どうも」
ハレティの説明が終わる頃にはずっと苦しんできたヘラのオーラが薄れてきていた。代わりに彼は水色のオーラに包まれる。
何事かと思い、話し声が聞こえたので後ろを見ると、そこには立て膝をついたレインが肩で息をしながら左腕をこちらにのばしていた。
爛々と金に輝く彼の目。開ききった瞳孔。闇の先まで見通すような冷たい視線は彼の異常を物語っていた。
「レイン……!?」
「すまん。止めたんだが、どうしても行きたいって聞かなくて……」
レインの後ろに立っているリストは唇を噛んで下を向いた。
「ヘラの……暴走を止めたから……一緒にリメルアを……げほっ!……倒してくれ。そうしたら……オレもヘッジも元に戻るはずだ……!」
「レイン、無理するな。……こいつはオレが何とかする。スクーレたちはリメルアを倒してくれ。お願いだ」
レインの肩に手を置いたリストは真剣な眼差しで私を見つめる。
私は強く頷き、リメルアの元へと駆けていった。
__________
「くそ……」
オレは呪った。
自らの意思で動かない体を呪った。
熱いから、そういう決まりだから……そんな理由なのにどうして。
「やっぱりヘッジは……なんであの時気づけなかったんだろう……」
「レイン?」
「リスト……オレってば……何も知らなかった……スクーレを守るって決めたのに……ヘラの呪いのこともちゃんと調べないで……」
「お前はよくやったさ。あとは二人に任せておくのが吉だ。スクーレを殺さないで正解だった」
リストはオレの頭を撫で回す。さっきろくろ首に変身した化け狸を成敗した時と大違いだ。
「ヘラを抑える魔法が効くのはあと五分ほど。それまでにリメルアを倒したら……もしくは考えたくないが、ヘラが倒されるかしたら暴走は止まる……」
「……ハレティが何を考えているかはわからんが……恐らくいいことではないだろう。悪いやつには見えないが……オレは信じきれない」
リストは前を向いて静かに話している。
オレを襲う異常は治まってきている。しかし戦うほどの力は残されていないようだ。リストはたまに襲いかかってくるコウモリを打ち落とすのに手一杯。オレも何かしないといけないのに。
オレは身をよじったが、すぐに気づいたリストに止められた。
「無理するなといっているだろう。お前はもう休んどけ」
「何でだよ!オレはもうこんなに回復した!だから……」
「だからじゃない!お前はもうリメルアと同じ吸血鬼なんだ!下手したらスクーレと敵対することになるんだぞ!?」
オレはリストに言われたことを想像し、身を震わせた。
「やだ……」
「そう泣きなさんな。スクーレたちはやってくれる。必ずな。だから目を離すんじゃないぞ」
「……わかった」
「偉いぞ」
初めて出会った時とは大違い。
最初なんか気絶させてきたのに。
共闘するときはあんなに冷たかったのに。
どうして今は親切にしてくれるの?非常事態だから?
「リス____」
オレはリストに声をかけようとしたが、すぐにやめた。オレの頭に置いた彼の手が細かく震えていたからだ。
「どうしたんだ?」
「……い、いや……」
オレに話しかけられてハッとした表情をしたリストが何もないよと取り繕う。オレは疑いの目で彼を見た。
「何でもないってば!」
「ほんとに?」
「ほんと!ほんとのほんと!」
リストが叫んだ瞬間、スクーレたちの方向から魔法が飛んできた。ヘラの炎。しかしいつもとは違う黒い炎。
リストが左に大きく避ける。そんなオレたちの間をすり抜け、鈍い音を鳴らしながら消えていった。
「うわっちゃちゃっ!!」
「避けてもこの熱量とは……」
「しかもゆっくりだし、でかいし、熱いし!」
「ふふ、こんなのリメルア様はどうやって避けるのかな?楽しみね」
「そうだな、ヤーマイロ」
「「んで、さっきからお前らは誰だよ?!」」
オレたちが感想を述べているとき、誰かの気配は感じていたが……本当に誰なんだろうか。リストも同じことを思っていたらしく、二人で彼らを指差してツッコミをいれた。
「ひどいなぁ、同僚みたいなもんよ」
「同僚だと?」
「だってそこの着物の人以外は同じ吸血鬼なんだから」
「着物じゃなくて普段着な」
「そこつっこまなくていいと思うんだけど……」
ヤーマイロと言われた女は呆れている。一方、もう一人の男はゲラゲラと笑っている。笑いの沸点が低すぎじゃないか。
「とにかく、よく理性を保ってられるね。感心しちゃった」
「当たり前だ!希望さえ持っときゃ自分のままでいられる!」
オレはヤーマイロを睨み、強い口調で言ったが、返ってきたのは冷笑と否定の言葉だった。
「希望?そんなの信じられないわ。いつか諦めもつくわ」
「希望を信じられない、か……そうかもしれないな」
「リスト?!」
「へぇ、リストっていうのね。よくわかってるじゃない」
「ふん」
満足そうな顔をしたヤーマイロは隣でまだ笑っている男に声をかけた。
「サメラも笑ってないで行くわよ」
「あれ、もう行くのか?こいつら面白いのに」
「ヘラがあんなことになってるから手出しできないんだもん」
「せっかく準備してきたのに」
サメラと呼ばれた男はブツブツと呟き、そして二人はコウモリとなって飛んでいってしまった。
「リスト……さっきのは本当なのか?」
「嘘に決まってるだろ?お前を守るのが今のオレの役目だからな」
リストは鞭でまだ燻っていた煙を風圧で消し、羽織っていた黒いマントをオレに被せた。オレはわけがわからず目を白黒していると、リストが笑いかけてきた。
「??」
「ふふ、こうしてみると似合ってるぞ。やっぱり吸血鬼にはマントだな」
「!」
「冗談だよ。また吸血鬼じゃないお前が見たいからな」
ふっと笑って前を向いたリスト。オレは即座にマントを叩き返した。
それ以降、言葉を交わすことはなかった。
どうも、グラニュー糖*です!
暴走ヘラはやばいです。
というか書きやすいし描きやすいのでよく出ます。
ちなみに好きなキャラをボコボコにするのが好きです。
では、また!




