かの紅き者
第五話 辺境の紅き悪魔と緑のスフィア(前編)
私は朝早く目覚めた……つもりだった。時計を見ると朝八時。寝坊だ。久しぶりのホテルだったので眠りが深かったのだろう。私は着替えを済ませ、ホテルのロビーへ出ると、ハレティが立っていた。正確に言えば『浮いていた』だが。
「おはようございます、スクーレ」
「おはよ、ハレティ」
「ふふふ……」
「何笑ってるの?」
「来てください」
ハレティに連れられたのはホテルの前の飲食店。中ではヘッジさんとレインが喧嘩していた。殴り合いではなく、言葉で。
「二人とも、スクーレが来ましたよ」
ハレティの一声で二人が同時に振り返った。
「「スクーレ!!」」
「え?」
「「どっちが旨いか判定しろ!!」」
なんだ、お店を貸し切っての料理バトルか……いや、ダメだろ。
目の前にはレインが作っただろう何かの塊が。もう一つはヘッジさんが作っただろう赤と白の何かがあった。
私は早く終わるようにパパッと二人の料理を食べた。
バターン!!と音がしたときにはもうその後の記憶は無かった。
「スクーレ。大丈夫ですか?」
「ん、んー……」
「ごめんな。タバスコ多かったか?砂糖多かったか?」
「やっぱ悪魔が食べるものは人間には無理か……」
ヘッジさんはまずタバスコと砂糖を一緒に入れるところから間違っている。一方、レインは一体何を入れたのだろうか。二人ともどうやって生きてきたのだろう。ヘッジさんの弟の健康状態が気になるところだ。
「やっぱり今後とも料理は私に任せてください」
「「そうします……」」
少し不器用な元執事のハレティが一番しっかりしていることがよくわかった瞬間だった。
「次に行く所はイリスです。ここでヘラくんを拾っていこうと思います。ついでにそこには緑のスフィアがありますから貰っていきましょう」
ハレティはコルマーで買った地図を持って言った。見たところ、この魔界はただでさえ森が多いのにイリスは特に大きな森の中にあるようだ。自然がいっぱいあっていいんだけどね。
私たちはイリスの森に差し掛かった。その時……。
「あ、またモンスターですね。この辺はインキュバスとサキュバスが多いので気をつけてください。あと……」
ハレティがチラッと右の方を見た。そこには……。
「ひっ?!よ、妖怪?!」
レインが男らしからぬ声を出した。
「なんだ?悪魔は散々殺ってきたのに妖怪は怖いってか?」
「悪魔と人間以外はダメなんだよー!!」
レインはヘッジの後ろに隠れて震えている。コルマーにいたとき、夜はどうしていたのだろうか。あそこは一日中明るいから幽霊とかは出なかったのだろうか。
私の隣で浮いているハレティを見ると、難しい顔をしていた。もしかして……。
「では、ファイト」
「こらー!!」
ペンダントが熱くなる。逃げやがった。確かに悪魔より幽霊や妖怪の方が力があるが……ハレティも逃げるほどだ。その力は計り知れない。
「とにかくやるしかないな!」
「そうですね!」
「え、えと……魔法でいっか……」
ヘッジさんは体より二倍近くある鎌を、私は先に星の魔法器具が付いている斧を、レインは呪術に使う札を構えた。
聞いたところヘッジさんの種族は死神、レインは呪術師だそうだ。ヘッジさんはともかく、レインはとてもそう見えない。服装と性格のせいだろうか。
「オレはあいつの動きを止めるからあとはよろしく」
「「OK」」
ここは森なのでとてもやりやすい。
レインは木の陰で何かを唱え、金縛りに遭わせる。私とヘッジさんは二手に分かれて挟み撃ちにする作戦だ。
敵は見たところ小柄で大人しそうな妖怪だ。ハレティが脳内で解説してくれている。あれはキジムナーという妖怪らしい。
ここまでは順調だった。しかし……。
「うぉああああ?!」
「「レイン?!」」
レインの叫びを聞き、振り返ったときにはもうレインは攻撃を受けていた。
「ぐ、ぎ……苦し……」
「ふふふ……かわいいお兄さん、捕まえた」
レインは長い首に巻き付かれていた。首を絞められ、苦しそうにしている。彼の集中力が切れたため、キジムナーの金縛りが解除された。
『スクーレ。あれはろくろ首です』
「ろくろ首?」
『首が長いですから』
「首……長いけど……」
「スクーレ!前!!」
「え?きゃっ!」
キジムナーは一直線にスクーレに向かっていった。そしてお腹にキックをお見舞いされた。わりと痛かった。
『さぁ、今すぐその魔法アックスの真価を試すとき!魔法を放ってください!』
「げほっ……何の?!」
『何でも良いですから』
「えっと……アイス!」
魔法で現れた氷は辺りを埋め尽くしていく。キジムナーは氷漬けになって固まってしまった。ヘッジさんは「おー、寒い寒い」と露出した足をさすっている。レインはろくろ首に絡まれたままだ。
「お兄さん、マフラー頂戴。寒いわぁ」
「誰がやるかボケええええ」
激怒したレインはお札をろくろ首の長い首に叩きつけた。すると、ろくろ首は叫びを上げ、どこかへ行ってしまった。私たちはそれを見て固まっていた。
「レイン……」
「ちょっと怖いぞ」
『そうですね。ある意味怖いですね』
「引くなー!」
やはりレインは激怒したままだった。
「見えてきましたよ、あの辺がイリスです」
妖怪との戦闘が終わり、ハレティが出てきた。本当に最後まで出てこないんだから。そんなハレティが指差した方には数軒だけ家があった。確かに辺境と言われるわけだ。……と言っても私の故郷、アメルと良い勝負なのだが。
「家が恋しいですか?スクーレ」
「え、いや……」
二人が一斉にこっちを向く。み、見ないで……。
「三人といると、寂しくないから大丈夫。とっても楽しいから家も恋しくないわ」
私は俯いて答えた。顔が熱い。どうして?そう考えていたらハレティが茶化してきた。
「ふふ、スクーレらしくない返答ですね」
「なっ……ひどいわね!」
「いえ……そういうことではないのです。私は今、とても嬉しいのです。そう思ってくれているなんて……」
こっちを向いて微笑むハレティの表情には『喜び』と『悲しみ』が混ざっていた。
「どうしてこんなことを言うのか知りたそうな顔をしていますね」
「へっ?」
「良いでしょう。歴代の勇者の話も含め、お教えします」
やっぱりハレティには敵わない。ハレティは時には楽しそうに、時には悲しそうに話した。ヘッジさんもレインも真剣に聞いている。みんな同じルートらしいので、二人も何度か勇者に会っているのだろうか。
ハレティの話をまとめるとこうだ。
いつもこの辺りで「家が恋しいですか?」と聞くという。ただ神託に振り回されていた勇者たち(伝説に沿って皆女性)は「恋しい。帰りたい」と答えていったそうだ。そしてハレティは「そうですか。残念です」と呟き、自ら手を下していたという。ハレティは瞬間移動を使えるので一瞬でアメルに戻り、遺体を『女神の丘』(伝説で初代勇者アルメトが亡くなった場所)に埋めていったという。
「じゃあ……今の返答次第で……」
「はい、殺っていましたね」
「あ、危な……」
「オレも悪魔として一人二人殺ったぜ」
レインは自慢気に胸を叩く。自慢と言えるのだろうか。
「実は俺も……」
「何ここ、マジ怖い」
なるべく隙を見せないようにしないと、と決意を固める私だった。
「わー!綺麗!!」
「お、泉があるぞ!」
「こらこら。あまり走ると転びますよ」
「そうだぞ?気を付けろよ」
ハレティとヘッジさんは後ろの方で声をかける。一体何歳だと思っているのだろうか。
「あと、スクーレ。旅の基本は?」
「わかってる!情報収集よね?」
「はい。よくできました」
大きな森を抜け、イリスに着いた私たちは思わずはしゃいでしまった。
そしてハレティの一言により、情報収集が始まった。
「三軒しかないわ」
「じゃ、あそこから行こうぜ~♪」
レインは楽しそうにドアをノックした。出てきたのはツインテールの女性だった。もう夜遅いのでパジャマ姿だった。
「あら、こんな時間にどうしたの?」
「情報収集だ!」
「ふふ、単刀直入ね。いいわよ、夜だし上がっていきなさい」
「いいのか?!お邪魔しまーす!」
顔を輝かせて家に入っていくレイン。
一番子供っぽいのはレインじゃないの……。
「あなたたちもどうぞ」
「ありがとうございます」
「お邪魔します、メノイさん」
ヘッジさんはこの家の女性の名前を口に出した。どうやら知り合いらしい。
「ふふ……あなたが来たということは……」
「弟を……助けに行くのです」
「ヘッジさん?」
「あぁ、行くよ。……ではあとでゆっくりお話ししましょう」
いつの間にかハレティはペンダントに戻っていた。
メノイと呼ばれた女性がサキュバスだということは夜中に叫び声を上げたレインによって明らかになった。
翌日。快晴だった。
レインはだるそうにしている。
私たちはメノイさんの家のテーブルに集まり、話を聞いた。
「ここには病人がいるの。ちょっと最近繊細で……ね」
チラッとヘッジさんを見るメノイさん。ゆっくり話すと言っていたが、この話は既にしたのだろう。
「あの、緑のスフィアはご存じですか?」
「もちろん。私たちが護ってるもの」
「えぇっ?!」
「欲しいならあげるわ。……あの子と戦ってもらってからね」
メノイさんは『あの子』がいる部屋へと案内してくれた。扉はギィィと音を鳴らし、少しだけ開いた。途端に血生臭いにおいが廊下に漏れ出した。その部屋の主は廊下の光に気付き、こっちを見た。その顔はまるで人形のように表情が無かった。
「……何、姉ちゃん」
「お客さんよ。スフィアをかけて勝負してあげて」
「……俺は……」
男は立ち上がり、ドアを全開にした。部屋の中はクレヨンやペンキで真っ赤にされていた。血生臭いにおいの正体はモンスターの死骸などだった。まさに病んでる人の部屋だ。
彼の服装は部屋と同じ色の赤いコートで、ズボンは濃い緑のカーゴパンツ。首には黄色いネクタイを付けている。靴はカーゴパンツでほとんど見えないが、黒いスニーカーだ。髪も部屋と同じ赤で、右のこめかみ近くから飛び出している、付け根の方がギザギザのアホ毛は少し埃を被っていた。
「俺は、この人たちを殺してしまうかもしれない」
「……そんなことないわ、ヘラ。この人たちは強いから。私にはわかるもん」
メノイさんは『ヘラ』と呼ばれた男に向かって微笑んだ。
彼は表情一つ変えずに「そう。ならいいけど」と答え、外へ出ていった。
どうも、グラニュー糖*です!
今、電車内なので長いことは書けませんが、眠たいということだけ伝えておきます。
では、また!