再びイリスへ
第三十七話 イリスの家
翌日、ハレティがご機嫌に飛び出してきた。なのでペンダントを置いていた切り株に少し焦げがついた。
「よく眠れましたか?」
「あぁ!」
「スクーレは?」
「まぁまぁ……かな。星を見てたらあんまり眠れなかったのよ……」
と言って私は一つ欠伸をする。
「おやおや、夜更かしはいけませんね。でもここは星の森。たまにはいいでしょう」
「ここ星の森だったのか!?見とけばよかったー!」
レインは残念そうな顔をする。
一瞬、レインならいつでも行けるのでは?と思ってしまった。
「ふふ、そういうときのための黄のスフィアですよ。プラネタリウムみたいにしましょう」
「そんな使い方でいいのかよ!?」
「いいんですよ。夜が楽しみですねぇ」
レインとハレティの掛け合いはいつ見ても面白い。あのハレティも楽しそうでこっちまで嬉しくなってくる。
「スクーレ、どうしたんですか?ずっと笑って……何かいいことでもありましたか?」
「ハレティってば知ってて言ってるんでしょ?!」
「ふふふ……それはどうでしょう?」
「もー!」
レインもこっちを見て笑っている。
最初はこんな旅なんか嫌だった。どうして私なんかがと思っていた。でも現実は違った。
優しくて教養もあるハレティ。
面白くて一緒にいると自然と笑顔になれるレイン。
強くてかっこいいヘラ。
みんな悪魔だったり幽霊だったり、人間と呼べない人たちばっかりだけど、ただの人間である私を見下すこともなく普通に接してくれる。
正直、そんな彼らが大好きだ。
「……さて、出発しますよ!予定ではあと二日ほどでイリスに到着しますからね」
「よーし、イリスまで競争しようぜ!もう道覚えちゃったもんね!」
「こらこら、何度言ったらわかるんですか。スクーレは飛べませんよ」
「じゃあ……こうするか!」
ハレティに注意を受けたレインは翼を畳むどころかこっちに近づいてきた。そして私の体をひょいっと持ち上げ、そのまま上空へと連れ去った。
風が冷たい。顔を少し上げればレインの笑顔がそこにあった。反対に、少し下を見るとメフケケの森と、キメブルの森らしき場所と、どこに繋がっているかもわからないワープホールのようなものと、高くそびえる山々が見えた。さらっと非現実的なものが存在しているのにとても美しく見えた。
「どうだ?綺麗だろ」
「……うんっ」
「大胆ですねぇ。これを青春というのですか?私には縁の無いものですね」
下からハレティがクスクスと笑いながらゆっくり上昇してきた。そして「綺麗ですねぇ」と、しみじみと感想を述べた。
「……世界は変わりましたね」
「ん?どういうことだ?」
「私が生きていたとき、森は少なかったんです。その代わり、人間が生きるような街ばかりでした」
「じゃあ悪魔が増えて、緑も増えたんだろ?良いことだな!」
レインが満足そうに言う。ハレティが一瞬悲しそうな顔をしたあと返事をした。
「良いことも悪いこともありますけどね。……この調子なら半日でイリスに着きますね」
「何でさっき二日って言ったんだ?」
「この辺は入り組んでるんで進みにくいのです。飛べば問題はないですけど」
「へー、行きにくいんだな」
「ヘラくんはテレポート使えるので自分の足で行ったことないと思いますけど」
しばらく飛んでいると泉が見えた。ヘラと戦ったとき、彼を落としたところだ。あの時はヘラがかなづちってわかって……レインが飛び込んだんだっけ。
「あの泉ですね。ヘラくんとムジナくんがあの人の屋敷を見つけたのは……」
「その屋敷に行くの?」
「えぇ。理由は彼女直々に説明してもらいましょうか」
恐らく、その屋敷に住んでいる人と戦うことになるのだろう。
「彼女の目的はヘラくんなので彼らを待つという選択肢もありますが、先に進んでしまいましょう」
「え?放ってくの!?」
「どうなるかは彼ら次第ですけどね」
ハレティは妖しげに笑った。
その後、何度か休憩を挟み、数回休んだところでハレティが口を開いた。
「今日もヘラくんの家に泊まらせてもらいましょうか」
「またあのサキュバスのとこか……」
「おや、何も言ってませんが。どうしたのですか?トラウマでもあるんですか?」
「い、いや!何もないぞ!ほんと、何もない!」
ハレティの質問に反論を訴えるレイン。もしかするとあの夜の叫び声に関係しているのかもしれない。
「冗談ですよ、冗談。そろそろ見えてきたので空中散歩はおしまいにしましょう」
ハレティの言う通り、眼下に数軒の家が見えた。話が変わったことでレインが小さく「助かったぜ」と呟いたのは秘密にしておこう。
ハレティがドアをコンコンと叩く。すると中からヘラの姉であるメノイさんが出てきた。
前回会ったときはパジャマ姿だったが、今回は白いフリフリの服だった。
「あら、二人とも久しぶりね」
「お久しぶりです、メノイさん」
「スクーレちゃんとレインくんだったわね」
「はい!」
ハレティは前回の時と同じようにペンダントに封印されに戻っている。ヘラに呪いなんかかけた者がその姉に会うなんて、と思っているのだろう。
「あの時はありがとう。ヘラは元気にしてるかしら?」
「え、えぇ、まぁ……」
とても別行動しているとは言えない。
「ふふ、隠さなくてもいいわ。今リストさんといるんでしょ?手紙が来たのよ」
「は、はい……」
「大丈夫。リストさんってばたまにここに来るから。あの人が悪い人じゃないってことは知ってるわ」
「そうなんですか!?」
驚いた。まさかリストがこんなところまで来ていたとは。
「あと……ハレティさんだったわね?ここにいるんでしょ?お話ししてみたいわ」
「でも……あなたはヘラのことで……」
「いいのいいの。あの子ってばちょっと調子乗ってたみたいだし、頭を冷やすのにもってこいだったから」
メノイさんは笑い飛ばす。ハレティもペンダントの力で驚いていることを伝えてきた。そして顕現することも伝えた。
ペンダントが光と熱を放つ。
光の中から一枚の白い質素な服を着た幽霊……ハレティが姿を現した。
「……メノイさん。初めまして、ハレティです」
「あなたがハレティなのね。ヘラがお世話になってます」
「いえいえ。それで本題に入りますが……明日、キメブルのリメルアさんのところに行くのですが……今夜だけ泊まってもいいですか?」
「リメルア……ですって?」
メノイさんの表情が険しくなった。
それでもハレティは話を続ける。
「はい。今まではこんなこと、予定にありませんでしたが……リメルアさんを倒す、滅多にないチャンスなのです!」
「……あなた、どれだけヘラを引っ掻き回したら気が済むの?」
「それは承知してます。ですが、あの呪いもこの戦いも一繋がりなのです。この戦いさえ切り抜けられれば……ヘラくんは今までの生活を取り戻すに加え、彼が抱えてきた闇も打ち払われるのです」
ハレティはじっとメノイさんを見つめる。彼女も同じだった。ピンと張りつめた空気が漂う。レインも真剣にメノイさんを見ている。そして先に折れたのはメノイさんだった。
「……そこまで言うなら仕方ないわね。いいわ、泊まっていきなさい。でも……ちゃんとリメルアを倒すこと。いいわね?」
「はい!ありがとうございます!」
ハレティは執事さながらの笑顔で礼を言った。明日はついに最終決戦……らしい。リメルア……それが敵の名前。どんな相手かはわからないが、ヘラと因縁があるようだ。
そしてなぜか私はどうしても彼女を倒さねばならないと決意していた。
どうも、グラニュー糖*です!
メノイさんってキャラブレブレだったんですよ
ムジナなんかその筆頭ですから
では、また!




