星の森
第三十六話 出発
「お世話になりました」
私は深々と頭を下げた。
赤のスフィアをかけての戦いの時、私は意識不明になった。そして私を止めに入ったハレティ以外の全員____レインとスグリさんと私はみんな倒れていたという。目を覚ますとそこは救護室のベッドの上で……。
戦いの結果は見事に勝利だが、私はあまり納得がいかなかった。スグリさんは大ケガで未だにベッドに縛りつけられてるらしい。なのでこの出発の時には立ち会っていない。
あのあとレインに剣を返し、私の斧はハレティが管理している。二つとも戦いの時の光はもう発していない。戦いの時、レインは剣に拒絶されたと言っているが、今は落ち着いているようだ。なぜならハレティがアルメト様の力の「欠片」と呼んでいるものを抜き取ったからだ。
「いいのいいの。またいつでもおいでよ。待ってるわ」
そう言ってにっこりと笑うライルさん。初めて見る人はまさかこの人が魔王とは思えないだろう。そう考えてしまうほど純粋な笑顔だ。
「ハレティ、とうとうラストなのね」
「えぇ、スフィアも集まりましたし、討伐しに行こうかと思いまして」
ライルさんの質問に恭しい態度で答えるハレティ。戦いの最中どんな話をしていたのか気になるところだが、大方世間話だろうということで落ち着いた。
「そういえばいっぱい手紙来てたけど……何これ?」
「あ、それオレの」
ライルさんがたくさんの紙を手に持っている。そこには全てレイン宛てと書かれていた。ただでさえ忙しそうなライルさんの仕事を増やすな、かわいそうだろと思った。というよりまだカリビアさんとの手紙を続けているのかと思うと、レインは見た目によらず真面目なところがあるみたいだ。
「じゃ、お説教は道中にしますか。では行きますよ。二人とも」
「え、オレ説教されるの!?何で!?」
「ちょっとは考えなさいよ……」
「ふふ、やっぱり最後まで面白い人たちね」
あははと声に出して笑うライルさん。少し寂しそうな顔をしているように見えたが、気のせいだろうと解釈した。
魔王城から少し離れたところで私たちは一旦休憩を挟んだ。レインは幹が太い木にもたれ、ハレティは木の枝の上、私は切り株の上に座った。
「最後はキメブルです」
「キメブルってイリスの北の方にある暗い森よね」
「そこにいる悪魔を倒す。それが本来の目的です」
ふーん、と呟いたレインは、ズルズルと座り、あぐらをかいた。
「そういや結局ヘッジはいなかったよなぁ。あいつ、逃げたのか?」
「逃げたりなんかしてないわ。だってカリビアさんの前に姿を現したんでしょ?」
「えぇ。彼は逃げてません。いえ、逃げられなかった、という方が正解かもしれませんね……」
「え?今何て……」
ハレティの言葉尻が窄んでいき、何を言っているかわからなかった。しかし、レインは真剣かつ信じられないという表情になっていたので、とんでもないことだろうと察した。
「何でもないです。とにかく……ヘラくんたちに抜かされぬよう急がないといけません。この旅の目的、ヘラくんを守ることも入っていますからね」
「たちって……リストのこと?」
「はい。彼は私と同じような感じの人間です。死んではいませんが、元人間というところが一致しています。その彼は今ヘラくんと共に行動しています。あれ、キスタナ洞窟で『ヘラくんたち』って言ったのに気づきませんでしたか?」
「気づかなかったわよ……」
「オレもオレも!」
「あんたは小石蹴ってたからね」
楽しそうに手を挙げていたレインの動きが凍りついたかのように止まる。こいつは本当に何がしたいのか。
彼は唐突にハレティに質問を投げた。
「なぁ、キメブルってイリスより近いんだよな?この森抜けたら到着するのか?」
「近いですけど、直接は行けません。イリスからぐるっとまわってじゃないとダメなんです」
「森なのに?」
「森なのに」
「ふーん……」
レインは不満そうに唇を尖らせ、再び前を向いて歩き出した。彼が翼を使わずに移動しているのは私のためらしい。足を使って移動しなければならないのは私だけだからだ。同じ疲れを感じられるのはオレしかいない!だなんて言ってハレティにしたり顔をしていた。
「スクーレ、ちょっとペンダントに戻っときます」
「え、うん。久しぶりね、戻るの」
「いろいろあるんですよ」
そう言ってハレティは怪しい笑みを浮かべ、ペンダントを発熱させた。もうこの熱さに慣れてしまった。
後ろの異変を感じ取ったレインは驚いて、スクーレに詰め寄った。
「あれっ、ハレティ戻っちゃったのか!?」
「いろいろあるんだって」
「いっつも怪しいよなぁ、ハレティって」
レインが腕を組み、考えるそぶりをする。するとペンダントの中からハレティが囁いてきた。
「ハレティに聞こえてるわよ」
「マジで?」
「マジで」
「うわぁ、盗み聞きとか趣味悪っ」
「ハレティが『あとで覚えておきなさい』だってさ、お疲れさま」
私はクスクスと笑いかける。
するとレインは後頭部に腕を回し、ため息をついた。
「忘却の呪いでもかけとこっかな」
「幽霊には効かないとおもうけどなぁ」
「えー」
口では嫌そうにしているが、いつもどこか楽しそうなレイン。そんなポジティブな性格に私は憧れている。
「……ふふっ」
「な、なんだよ?ずっとこっち見て……それに急に笑い出して。オレのことそんなにおかしいか?」
「そんなことない」
私は一歩踏み出し、レインを抱き締めた。自分でも何をしているか理解できなかったが、今はこうするしかなかった。
「わ、わ、わっ!?」
レインはどうしていいのかわからずに手をわたわたと動かしている。私はさらに強く抱き締めた。私より少し身長が高いレインは抱きつきにくかったが、代わりにレインが彼自身の手を私の背中に回し、そしてゆっくりと頭を撫でてくれた。
そう、私はいつの間にか泣いていたのだ。
「な、んで……っ……泣いちゃうの……」
「怖いんだろ?ハレティに聞いたぜ。次の戦い……いや、最後の戦いは目も当てられないほど残酷な戦いってことを。物理的なものじゃない、精神的な残酷さっていうことをな。でもお前はオレが守り抜く。オレはヘラには到底及ばないけど、オレはオレの戦いをしてみせるから。最後まで一緒にいてくれ」
無意識に抱きつくのをやめていた。その代わり、レインは私の方をじっと見つめている。そして私は無意識に口を開いた。
「わかった。だから……ちゃんと守ってよね?レイン」
「もちろんさ、スクーレ」
私はただ目を背けていただけかもしれない。ちゃんとレインを見ることが出来なかったのは、一生懸命彼を下に見ることしか出来なかったのは、自分に素直じゃなかったからかもしれない。
その晩、ハレティが出てくることはなかった。心で会話できるがそのコンタクトもしてこなかった。戦いの準備か、それとも別の理由か。それは彼のみぞ知る。
隣でレインがスヤスヤと眠っている。いつも彼が結界で護ってくれるが、やはり眠っているとあやふやになってしまうときがある。その時はハレティが補強してくれるが、今はいない。
しかし心配することはなかった。なぜかその不安が消え去るからだ。どこからそんな自信が湧いてくるかは不明だが、私にはなぜかわかるのだ。
私は空を見上げた。今はメフケケという小さな森にいる。どこかかわいい名前だが、見える星は一級だ。別名『星の森』と言われているだけある。
ふと霊界でもこんな星が見えるのか?と思った。どんな場所にあって、どんな人がいて、どんなものがあるかは知らないけど、興味はある。今度ハレティに聞いてみよう。たくさん話を聞こう。
この旅が終わるとみんなバラバラになってしまうかもしれない。今しかないのだ。隣にいるレインも然り。いつかは離ればなれになってしまう。だから恩返しをしたい。また明日が来るのを楽しみにしている。
ヘッジさんやカリビアさん、ハレティ、レイン、ヘラにメノイさん。ライルさんにスグリさん、ムジナ、そしてリスト。みんなそれぞれ違う種族で、それぞれ違う人生を歩んできた。
私も人間として歩んできた。だからその人生を全うしようと思う。
どうも、グラニュー糖*です!
昼ごはん食べる気起きない……
いつもなんですよねぇ
では、また!




