夏に休めば夏休み
「そろそろ夏休みなワケだが」
「うむ、それは知っておる」
「せっかくだし、どこか行きたいと思っているワケだが」
「なるほど、それは妙案である」
狭い部屋、布団に胡坐をかいて向かい合い、モノポリーを嗜む男が二人。
既に何かがおかしい空間である。
「というワケで、来週海に行こうぜ!」
「海でござるか……」
「何だよ、不満なのか?」
そう問われ、相手の男は眉根を寄せる。
「不満と言うか、某はあの『フナムシ』という生き物が苦手なのでござる。長い触覚をウネウネさせてカサカサと這い回る様子を見るだけで気を失うのでござる。絶対無理なのでござる」
「へー……」
カサカサカサ!
ばちこーん!
「ふっ、黒光りする未来など、お前にはないっ!」
「こら!」
「何でござるか?」
「おいおい、ゴキブリは平気なのか? 素手で行ってたけど」
「ゴキブリくらいで大袈裟でござるな」
「いやいや」
ちょっと何かがおかしいと思いつつ、まぁそういうこともあるのかなと思い直し、話を軌道修正する。
「よしわかった。海はやめよう」
「うむ、フナムシは恐ろしいでござるからな」
「……えっと、なら山にしよう」
「山でござるか……」
「また不満なのか?」
そう問われ、相手の男は荒ぶる鷹のポーズを決める。
「不満と言うか、某はあの『蛾』という生き物が苦手なのでござる。というか、基本的に羽が生えて飛ぶ生き物は怖いのでござる。目の前に現れただけで蕁麻疹がでるのでござる」
「ほー……」
ぶーーーーん
どぴしっ!
「我が食べ物に手を出すなど、十年早いわっ!」
「くぉら!」
「何を怒っているのでござる?」
「ハエも飛んでたよねっ?」
「ハエが飛ぶのは当たり前でござる」
「おいおい」
あまりにも釈然としないが、ここで追及したところで建設的な結論には行きつかないだろうと思い直し、またもや軌道修正する。
「よしわかった。山もやめよう」
「うむ、あのような魔境に行ったら命が幾つあっても足りないでござるからな」
「……仕方ない。街へ出るだけにするか」
「街でござるか……」
「これも駄目なのか?」
そう問われ、相手の男はコサックダンスを踊りだす。
「駄目というか、街にはゾンビが出るともっぱら噂なのでござる。奴らは肉を喰らい血を啜るのでござる。肉なら多少は分けてやらんこともないでござるが、血はイカンのでござる。血なんて吸われたら失神間違いなしなのでござる」
「はー……」
ぷ~~~ん
ずばしっ!
「血を啜りし魔の者よ。滅せよっ!」
「おいごらぁ!」
「おう、任侠の者でござるな」
「色々違うよっ。街にゾンビとかいないから!」
「嘘でござるっ。小遣いという某の血肉を虎視眈々と狙う輩がそこかしこで網を張ってるのでござる!」
「あーうん、わかった。街もやめよう」
「それがいいでござる。とりあえず外は危険なのでござる」
「じゃあ何で――」
小首を傾げ、素直な疑問を口にする。
「庭にテント張ってキャンプみたいなことしてんの?」
アウトドアに目覚めたと思われても仕方のない所業である。
「引きこもってたら追い出されただけでござる!」
「なるほど、今日の行き先が決まったな」
「どこへ行くのでござる?」
「ハローワークだ」
「いきなりラスダンとかレベル高いでござる!」
「大丈夫だ。心配いらん」
「そのこころは?」
「中ボスなら、さっき三体も倒したじゃん!」
こうして、ラスボス攻略は開始されたのである。
負けたけどな!