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7

――空だ。

真っ先に眼に入ったのは青だった。白い光に満たされた空間は、突如として消えた。


伝統ある講堂、文化を後世に伝えるべく残されている時計塔、近年立てられたガラス張りの研究棟。それらを背景に白い空間の破片が散っていた。割れたガラス窓が飛び散る様に似ている。感覚が研ぎ澄まされているのか、やけにゆっくりと見えた。

白い空間の破片は景色に溶けるように消えていく。だが、消えないものもあった。

少女が。落ちてくる。

気付けば自分も宙に浮いていて、わかったときには手遅れだった。


「うえっ」

芝生の上に背中から落ちてごろりと転がる。どさどさ、と複数の衝撃があって、見ればチェルトの周りにはアレクと金髪の少女と古びた本が散らかっていた。

それほど高い高さから落ちたわけではなさそうだ。すぐに半身を起こしたアレクも、うつぶせからわずかに顔を上げた少女も無事だ。

夢などと疑う余地は無い――


「チェルト……先生……?」

「大丈夫?アレク――」

「夢じゃないんだな」

「そうみたい……」

アレクの手の中の銃を見つめて、そしてチェルトは思い出す。


「うわ!そういえば!……これに触ったら声が聞こえて、それで――」

手のひらの上の小さな石。丸く加工がなされている白い石。ずっと握り締めていた、しかし思い出すどころではなかった――

「それ!それですネ!」

びくりとする。少女が転倒したまま上半身だけ持ち上げて、アシカのような姿勢でこちらを見ていた。

「ゲート実行の認証キーを――マナコンピュータを、渡しなさいなのですネ!さもなくば――」

起き上がろうとしかけて、次の瞬間、少女は勢いよく芝生へ顔面から突っ込んだ。自分で自分の服を踏んだらしい。


「……」

痛かったのだろうか、無言で突っ伏している少女はさすがに少しかわいそうな感じがした。

「……大丈夫か?」

まだ警戒を解いたわけではないが、アレクが問いかける。手を差し伸べるかどうかは迷っているようだった。


と、離れた場所から聞こえてくる楽しげな声にはっとして、あたりを見渡す。周囲に人はいなかったが、少し離れた区画に学生らのグループが見えた。

「アレク、学内でそれはまずいよ!隠して」

「あぁ、そうだな」

手早く古書の中に銃をしまって表紙を閉じる。

少女は、と見ると、まだうつぶせのままだ。アレクと顔を見合わせた後、近づく。


「……ねえ、君……」

少女がこちらを見る。

驚いた。白い空間で対面したときと同一人物と思えないほど、不安に満ちた瞳をしていた。激しく燃える赤に見えていた瞳は、明るく淡い茶色に変わっていた。日光の下では優しいサーモンピンクに見える。

と、見る間に大きな瞳に涙が満ちて、少女はぼろぼろと泣き出した。

「ワタシは……警告に来たはずだったのに……」

「えっ、ちょっと、ちょっと待ってなんで……?」


「うえ、えぇ……警告は失敗……どうしたら…………こうなったら……ひっく」

少女は弱弱しい声でしゃくりあげながら、

「マナ、プログラム、展か――」

「やめなさい!」

子供でもしかりつけるようなアレクの声に、少女はぴたりと動きを止めた。

「暴力に頼るな。お前に何か目的があるのはわかった。お前は真剣なんだな、それもわかった。だが俺らの話も聞いてくれ。俺を吹っ飛ばしてもいいが、何も変わらないぞ」


(アレクが親戚の子供たちをしかるときって、こんな感じなんだ)

少女はまだ武器である赤い石を見につけている、それは危険な状況であるはずなのに、チェルトは思わずくすりと笑ってしまう。

この少女は、幼い。チェルトと同じくらいの歳に見えるが、ずっと子供だ。そして多分、真っ直ぐだ。よく言えば素直で、悪く言えば周りを見ることができない。それは子供の行いそのものだ。

そうなればここは、アレクお兄ちゃんに任せるのが正解か――と、チェルトは肩の力を抜く。


「いいか……落ち着いて聞いてくれ。俺らは武器を使うつもりはない。だからお前もそのマナプログラムを使うのはやめてくれ……本当に、お前の言ってることに心当たりがないんだ」

「……心当たりが……ない……」

「そうだ。「ゲート」が何のことなのか、俺らは知らない。だから、殴られようが何をされようが、お前のやろうとしてる――目的には、近づけないんだ。まずはそれをわかってくれ」

アレクの言葉に、少女が顔を上げる。

震えながら困惑の表情を浮かべ、アレクとチェルトを交互に見る。


「……アナタたちは本当に、ゲートを知らない?マナプログラムを展開するパートナー、そしてゲート実行の認証キーになるはずのマナコンピュータを……知らない?」

「そうだ、知らない。話せることなら、教えてほしい」

「偶然、ついさっき、たまたま手にしただけなんだよ」

チェルトが小さく補足する。

白い石をチラリとだけ少女に見せて、また手の内にしまった。


白い石は「ゲート」を知る手がかりになる。少女はこれを「ゲート実行の認証キー」と言っていた。関係があるのは間違いないだろう。これは取引の道具になる。少女から情報を引き出したい。


「……そんな――ワタシはそのマナコンピュータを逆探知して、そしてアナタを見つけたのに……――だからアナタに警告を与えた……それなのに、それなのに、…………では……ワタシは、一体、誰に警告を与え、ゲートの実行を止めればよいのですネ……?」

呆然と、少女は嘆くように呟く。芝生を掴むようにして、少女はまた泣き出そうとする――


「あ、あぁ――落ち着いて、落ち着いてよ、ど、どうしよう――」

おろおろするチェルトだったが、ガヤガヤという学生たちの声が大きくなってきて心臓が一段階飛び上がる。

銃は本の中に隠したが――この少女は……人の目にどのように映るのだろう。


少女の額と耳には大きく目立つオーバル型の赤い石がくっついている。それだけではない、改めて見ると少女は奇妙としか言いようのない服装をしていた。

肌に張り付く黒い布、その上に白い布をふわりとまとっている。素材もわからない赤い石と金属の環を様々な場所につけている様子は、呪術的な装飾にも思えた。

(何かの衣装、いや、想像でしかないけど、まるで――)


――古代の神官か――神に仕える巫女。


そう現すしかないほど、少女の服装は、このグレートウエスト大陸の現代社会とは一線を画している。


「ゆっくり話したほうがいいだろう。場所を変えよう」

アレクが「立てるか」と少女に手を差し出した。


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