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建物に警告音が鳴り響く。「この施設は何が起こるかわからないからね、まぁ起こらない方がいいんだけどねハハハ」などと言って、この施設を作った彼が設置したものだ。
彼はエディと呼ばれたがっていたが、研究員は一様にアヴァンシア教授、と呼んでいた。気さくな性格でよく笑う彼だったが、研究へ対する熱意が常軌を逸していたせいで、研究員からは距離をとられているようだった。
その日、彼、エディックス・アヴァンシア教授は施設の最奥にある部屋にいた。研究員はすべて避難し、誰も残ってはいなかった。
「エディックス先生!一体貴方は、何をしているのですか!?」
部屋に溢れる光にぞっとした。眩しさに、目を細める。
光は無数の文字と図形だった。
古い石板が組み立てられ、部屋の中にまるで祭壇のような石の建造物が出来上がっている。その石の表面を覆う古代文字がすべて発光していた。
それは科学技術ではない。彼はそれを「マナプログラム」と呼び、実用化へ向けて実験を繰り返していた。
物質の存在エネルギー「マナ」にアクセスし「事象」を引き起こすプログラム。
それは失われた技術だった――ついこの間までは。
そう、今、このマナプログラムで満たされた部屋の中にたたずむ彼が古代の遺跡からよみがえらせ、世に送り出すまでは。
文字列は空中に浮かび上がり、星座のようにまたたき、オーロラのように揺らめいて部屋を満たしていた。
美しく、不気味な。
例えば神の世界があるとしたら、このようなものではないかとすら思われた。
我々の知らぬ古代の都市は、この光に満たされ、繁栄を極めていたはずだ。
高くうなる耳鳴りが聞こえ、思わず耳を押さえる。
恐怖を感じながら叫んだ。
「エディックス先生!」
彼は祭壇の前で振り返った。その表情に目を見開く。忘れられない、その表情。
「ハリアー君。君は逃げなさい」
「なぜです……」
彼は答えず「逃げるんだ」と繰り返し、こちらの肩を強く、突き飛ばした。長年遺跡でフィールドワークを続けてきた彼の腕は太く力強い。迷いのない力によろめいたところで部屋を閉じられた。扉に手をかけるが施錠されている。
強化アクリルガラスがはめ込まれた扉越しに、質問を投げ掛けた。
「教えて下さい、エディックス先生!それは何なのですか?」
彼は振り返らずに短く答えた。
「ゲートだよ」
彼の最後の答えは、未だもって謎のままだ。
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事故から数年。
大破した研究施設は封鎖され、目新しい情報が尽きたマスコミはすでに手を引いていた。
物好きな三流誌がオカルト気味に取り上げもしたが、それほど面白味もなかったのか、続報は作られないままだ。
今日もその研究施設は、悲惨な、退廃した姿を、繁茂した草木の奥深くにひっそりと横たえているはずだ。
端末から立ち上げたディスプレイに映された、数日前に撮られた写真を流し見て、ハリアーはわずかだけあの日に思いを馳せるかのように目を閉じた。
ハリアー・レジアス。
あの日あの場所でエディックス・アヴァンシア教授を見た最後の人物。
「「あれ」はうまくやってくれると思うか?」
自問して、ふ、と笑う。これは大きな賭けだ。
「幼いが、あれは賢い」
椅子から立ち上がる。カテドラルを模した長窓から、地面を見下ろした。
数階下の道路に今しがた建物から出ていった小さな姿が見える。長いコートがふらふらと揺れるのは本が重いからか。
留学生を受け入れているこのグランビア大学では様々な人種の学生と出会うが、そのなかでもチェルトの真っ直ぐな黒髪と白い肌は珍しかった。金髪でがっしりとした体格をしていたエディックスとは似ても似つかない。だが、ハリアーは気付いていた。
瞳が似ている。
明るい緑色。目元の印象は異なるが、リーフグリーンのきらめきがよく似ていた。
あの瞳がこちらを見返してくるうちは、ハリアーは事故を忘れられない。
「賭けようじゃないか。エディックス・アヴァンシアの息子に」
呟いて、ハリアーは窓を離れた。