プリムラ
彼女は最後にこう伝えた。
「私たちが出逢ったのは運命だった。けれど、別れる事も運命だった。」
睫毛も凍るような寒い冬に彼女は僕の隣に座った
手にはココアを持っていたがその肩はすこし震えていた。
僕は持っていたカイロを彼女に渡した
彼女は微笑んで下を向いた。
僕も俯いた。
バスが来て僕たちは乗り込み、誰もいない静寂の中、
彼女の息をする音だけが聞こえる、
すこしでも触れたら割れて壊れてしまうような、
そんな世界だった
それが僕たちの毎日だった
名前も知らない、彼女と僕の、唯一の
2人だけの秘密の1時間だった。
何を話す事もなく、たまに目を合わせては下を向き
だんだんと
「今日は暖かいね」
「昨日は春一番が吹いたね」
「明日は晴れるかな」
そんな会話を交わすようになった。
そんな時間が毎日続くと思っていた6月のある日、
彼女は二度と現れなくなった
後から、彼女と同じ学校であろう生徒には
持病で亡くなったという事と同時に一枚の手紙を渡された。
『名前も知らない貴方。私が毎日楽しいと、生きたいと思えたのは貴方との時間があったからでした。もっと仲良くなりたかった。時間が欲しかった。どうか、この少しの時間を覚えていてね。偶然じゃなかった、あの時間が私の宝物だから。』