初めてのイヴは三度目のイヴ~黒川瑠璃さんへの『クリプロ2016』参加特典ギフト小説~
『クリプロ2016』へ参加していただいた黒川瑠璃さんへの参加特典ギフト小説です。
いつからだろう…。気がつくと、窓の外には雪が舞っていた。キッチンでローストチキンが温まったことを知らせる音がチンとなった。瑠璃はオーブンからローストチキンを取り出すと再び皿に盛り付けてテーブルへ運んだ。時計を見ると間もなく日付が変わろうとしている。
「良介さんは傘を持っているかしら…」
ふと、そんなことを考えながら、瑠璃はもう一度窓の外を眺めた。彼と知り合って三度目のクリスマスイヴがもうすぐ過ぎようとしていた。
瑠璃の職場は自宅から電車で30分ほど。その日もいつものように決まった時間の電車の決まった車両に乗った。最寄駅について電車を降りようとすると、バッグを引っ張られた。
「すみません」
瑠璃の横に居た若いサラリーマン風の男性が申し訳なさそうに謝った。彼のカーディガンの編み目に瑠璃のバッグの金具が引っ掛っていた。発車のブザーが鳴ってドアが閉まりかけた時、彼は瑠璃と一緒に電車を降りた。そして、丁寧に時間を掛けて引っ掛かりを解いた。
「ご迷惑をかけてすみません。お時間大丈夫ですか?」
「私は大丈夫ですけど、あなたはこの駅ではないんじゃないですか?」
「ええ。まあ、そうですけど。次の電車でも十分間に合いますから」
そう言って彼は次の電車を待つ人の列に並んだ。
その日、瑠璃は珍しく残業になった。ようやく仕事を終えて駅へ急いだ。駅へ到着すると、間もなく電車がホームへ滑り込んで来た。瑠璃はその電車に乗り込んだ。
「あっ」
今朝、瑠璃のバッグにカーディガンを引っかけた男性が入口わきの座席に座っていた。瑠璃の声に気付くと彼は軽く手を振って会釈をした。瑠璃も応じて彼の隣に座り、声を掛けた。
「今朝はどうも。お時間は大丈夫でしたか?」
「はい。あ、いや、実はちょっとだけ遅刻してしまいました」
「えー!大丈夫じゃないじゃないですか」
「ほんの2分です。まったく問題ありません」
彼の家は瑠璃の一つ先の駅なのだと言った。そして、瑠璃と同じように毎朝、瑠璃が乗っている電車に乗っているのだと。
「それは偶然ですね」
「僕は何度かお見かけしているんですよ。ずっと素敵な方だと思っていました」
「お世辞はいいですよ」
「お世辞ではないですよ」
「あ、もしかしてナンパしようとしてます?」
そう言って瑠璃は笑う。
「その笑顔も素敵です」
そうこうしているうちに瑠璃が降りる駅に到着した。
「じゃあ」
瑠璃は彼に挨拶をして電車を降りた。一旦降りたのだけれど、再び電車に飛び乗ると、彼の腕を掴んで電車から引っ張り降ろした。
「もう少しだけ付き合って下さい。もう少しお話が聞きたくて」
瑠璃は駅前にある行きつけのバーに彼を連れて行った。それ以来二人の仲は急速に進展して行った。
二人が親しくなって最初のクリスマス。外で食事をする約束だった。けれど、彼は来なかった。仕事の都合で。
『仕事が終わりそうにないんだ』
彼は電話で瑠璃にそう告げた。瑠璃は彼が予約してくれていたレストランで一人きりのクリスマスイヴを過ごした。
二度目のクリスマスイヴには瑠璃が熱を出した。彼は見舞いに来てくれると言ったけれど、瑠璃は断った。
「風邪をうつしちゃ悪いもの…」
そんな経験を経て今年、三度目のクリスマスイヴを迎える。瑠璃の部屋を彼が訪れることになっている。瑠璃は前日からこの日のために部屋を飾り付け、料理に腕をふるった。けれど、彼は昨日も今日も休日出勤だった。今日、早めに切り上げられるようにと昨夜は徹夜までしたという。そんな彼が来るのを瑠璃は部屋でずっと待っていた。冷めた料理を温め直しながらふと窓の外を眺めた。いつの間にか雪が降り始めていた。
インターホンが鳴った。瑠璃は玄関のドアを開けた。そこに彼が立っていた。髪やコートに雪が降り積もっていた。
「まるでサンタクロースね」
瑠璃がそう言うと彼は慌てて雪を払い落した。
「お待たせ」
彼が申し訳なさそうに言った。あの時と同じ顔で。瑠璃は彼を玄関に招き入れると、その場で彼を抱きしめた。
「やっとクリスマスがやって来たわ。ようこそ、私のサンタさん」
瑠璃は彼の手を取り、料理が並べられた部屋へ。
「瑠璃、頑張ったね」
部屋の中を一通り見渡して彼が言った。そして、その目が壁に掛けられた時計を捕えた。時計の針は11時58分を指している。彼は慌ててポケットからリボンが掛けられた箱を取り出した。
「早く明けて」
瑠璃がゆっくりとリボンを解く。
「早く!」
彼はそう言って瑠璃をせかす。
「どうして?」
「早くしないとイヴが終わっちゃう」
瑠璃は急いで箱を開けた。中身は指輪だった。
「結婚しよう!」
「はい…」
瑠璃の返事を待っていたように時計が12時を知らせるメロディを鳴らした。
「間に合った…」
彼が胸をなでおろす。
「初めて二人で過ごすイヴの夜にプロポーズしたかったんだ」
「良介さん…」
彼は瑠璃の顔をそばに寄せると、頬を伝う涙にそっと唇を寄せた。窓の外では雪が静かに降り注いでいた。
メリークリスマス!