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その9

 遺言に従ってあばらやから少し西の、丘のふもとの木の根本におばあさんのお墓は作られました。その丘こそは、まだ幼かったおばあさんがあれほど心寄せた情景の舞台となったものでした。事情を知りえぬ村人たちはなにもこんな場所にと頭を振りつつ、それでも一応手伝ってくれました。手を合わせるのももどかしくそそくさと戻っていくみんなを見送りつつ、それでもあれで精一杯なのだと女の子は感じることができたのでした。闇が祓われたばかりの頃、みんながどれほど森を怖れていたかをおばあさんは語ってくれていましたから。明日の朝にはあばらやから出て村に越すことになっていましたが、それでなんとかやっていけそうな気にもなれたのでした。

 女の子は荒野に咲く花を摘むと、真新しいお墓に供えました。明け方に咲き宵にはしぼむ、美しいけれどありふれた花でした。だから知るすべもなかったのです。千年の昔まだ若く小さかった森のはずれで、かの姫君が黄金の髪いっぱいに陽光を受けながら手折ったのもその花であったことを。数十年前この荒野で、白き若者がかの姫にその名を贈ろうとしたことも。みんなの分まで手を合わせ、帰っていく女の子を、花はかすかな風にそよぎつつ、静かに見送ってくれたのでした。



 その夜、女の子は夢に見ました。お墓を作ったあの丘の上に、星がひとつまたたくのを。小さな優しい光がいつまでも、空の上から丘を、沼を、そしてこのあばらやを、静かに見おろしているのでした。



 目が覚めたとき、あたりは仄かに明るくなり始めていました。あの星を一目と思うあまり、女の子はあわてて西の窓を開けました。けれど外を見たとたん、その身はたちまち竦みました。

 荒野の外れのあの丘は、窓のやや右寄りに位置していました。だからふもとに立つお墓の木の梢が窓の真ん中に、明けゆく空に浮き出ていました。そして丘と梢の狭間にかろうじて、消えゆく星の最後の光を女の子は認め得たのでした。

 でもそれを見ていたのは女の子だけではなかったのです。未だ荒野を満たす薄墨色の影の中、一筋の白を流した背を向けて立つ遠い姿がありました。いくら見るのが初めてでも、それが誰かは明らかでした。竦んだ女の子のその頬を、荒野を渡った冷たい風がそっとなでてゆきました。


 けれど遙かなその姿は、身じろぎひとつ見せません。ひやりと冷たいその風も、ただ吹き過ぎただけでした。それだけのはずのその風に、女の子は心を感じました。思い出されたおばあさんの話に遠い姿うるませつつ、女の子はふと思ったのです。風を歩むかの者もまた、届かぬ星を想うのだと。小さかったおばあさんに寄せた思いがほの見えたような気がしました。

 そうだったの? と胸の奥で問いかけたとき、風の向きが変わりました。重なっていた宿命の風が離れてゆくのを悟ったとき、遠い姿はもう去ったあとでした。そして女の子もあばらやを出て道を東へ、村へと歩み始めたのでした。



                            終わり


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