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その5

 女の子は思わずおばあさんの顔を見つめました。そんなことになって、おばあさんがどう感じただろうと案じられたからです。でもおばあさんに激したものはうかがえませんでした。ただ時に晒され澄んだ哀しみが、水面に落ちた影のように瞳に映えているばかりでした。


「村の衆の喜びようはそれは大変なものじゃった。今のおまえと同じくらいの年になっておったから、わしもその気持ちが分からぬでもなかった。あの森の闇はあまりにも色濃く、たとえ姫様が仇なそうがなさまいが、人の身で生きてゆけぬのは誰にも明らかじゃったから。

 だからこそやるせなかった。あれほど優しく幸せそうじゃった二人が、一人は矢に射抜かれ沼に沈み、一人は聖なる呪文に散り果てたのが。たとえその身がなんであれ、その心根に邪悪の影なき者らがそんな最期を迎えねばならなんだのが。皆の喜びが増すにつれ、わしはいたたまれんようになってきた。旅の一行か村の誰かが命を落としたとかいう話じゃったのに、ついに皆は祝宴を始めた。事ここに至り、わしはとうとう抜け出した。無性にあの丘へ行きとうてたまらなんだ。もはや闇が払われた以上、怖れるものもなかったはずじゃったから。あの時のように煌々と周囲を照らす冴えた月に誘われ、どこか夢心地で村のあの裏門をわしは歩み出たのじゃ」


 遠い日のできごとを静かに話すおばあさんのその声にも、瞳の影と同じ不思議な穏やかさが宿っていました。涙色の心地よさに魅せられ耳傾けつつ、いつしか女の子は思っていました。自分もこんなふうに、悲しかったことや嫌だったことを遙かに振り返ることがあるのだろうかと。


「村を出てほどなく、沼から流れ出る川のほとりに、人影が数人見えてきた。わしの行く道からはずれておったので、人相などはようわからなんだが、なんともいえぬ沈痛な雰囲気をわしは感じた。頭をたれるその前に真新しい塚を見て、旅の勇者たちじゃと悟られた。姫様にかかって死んだ者を村の中へは葬れぬと村長がいうておったのを思い出し、なんとも申し訳のうてそっとわしも手を合わせた。

 その光景はわしの心に、暗い影を投げかけた。耳にしただけの姫様との戦いが本当じゃったと思わぬわけにはいかなんだから。なぜこんなことにならねばならなんだのかと思いつつ、そうっとその場を離れたときには、丘を目指す気持ちもなかば萎えかけておった。あの幸せの光景が還らぬことがいたく感じられるばかりじゃったから。

 そんなふうに心ゆるがせておったせいか、なにやら辺りの目に見えぬ気配が感じられてしかたがなかった。わしの初めての霊視じゃった。ゆらぐ心があの月明かりの道で、わしの霊感を目覚めさせたのじゃ。ざわめくような心地のまま、わしはこのあばらやをのぞむ沼のほとりへ差し掛かった。そして視たのじゃ。思いもせなんだ、それでいて心のどこかで望んでおったものを」


 女の子は耳にしました。穏やかな声に浮かんだ新たな響きを。それをなんと呼ぶのかは、女の子の未だ知り得ぬところでした。ただ涙色の仄かな影の面に光が淡く浮き出るような、そんな心地がしたのでした。


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