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魔力と魔法とお兄ちゃん


 ママンによると今月、俺は2歳になったらしい。


 この世界の暦は1ヶ月が30日、1年が12ヶ月で360日。

 誕生日ではなく誕生月で歳を数える。

 誕生月をお祝いする習慣は無いが、子供が小さいうちは服を新しく仕立てるか、手直しする時期としているようだ。


 そんな訳でママンは俺のポンチョを新しく作っている。

 ポンチョは取り回しが楽でいい。

 外行きの上着として使え、広げれば掛け布団になる。


 普段着はトランクスタイプのパンツとお尻まで隠れるぶかぶかのシャツのみで、足は裸足だ。村の中を駆け回るなら十分だが、草が有る所では痒くなって辛い。

 そろそろパパンの畑仕事に付いて行きたい俺としては、ズボンも欲しいところだ。


 ここ2ヶ月ほど、午後から2人の妊婦がママンに裁縫を教わりに来ている。

 出産用の布やおむつやおくるみを作っていて、妊婦ならではの会話に花を咲かせていて賑やかだ。


 身重のママンに2人が付いているおかげで俺は安心して外で遊べる。

 今日も村の空き地で、内緒にしている魔法の練習だ!




 この半年近く、魔力操作の実験を続けて色々とわかった。


【消費された魔力はゆっくりと回復し、寝ることで大きく回復する。魔力量は魔力を消費することで増える】

 魔道具を使って疲労を感じてもしばらく休んでいると次第に楽になり、睡眠によって全快まで回復する。

 また、魔力を消費する事で魔力量が鍛えられ、同じ疲れを感じるまでの消費量が少しずつ増えている。


【魔力には濃度・密度がある】

 何もしていない時は全身に均等に魔力が行き渡っていて、意志によって魔力を集める事ができる。


【魔力は体外に放出されるとゆっくりと消えていく】

 魔力を体外に出して戻してを繰り返して気付いた。体外に魔力を晒しておくとその魔力は減っていく。


【体外に出した魔力は操作に魔力を消費する】

 両手を離して手から手へ魔力を渡すと、自然に消える魔力に加え、体外を移動する事自体に魔力を消費した。


【体内では魔力がある部分は強化、または活性化され、濃度が濃く、動きが早いほどより強化される】

 歩きながら足に魔力を集める練習をしていて、石を踏んだのに痛くなかったことで気付けた。

 筋肉で例えるなら、負荷によって本来切れる筋繊維を魔力が肩代わりするような感じだろうか。

 魔力が濃く、移動する速度が速いほど肩代わりする量も増えて限界が底上げされ、肩代わりした分は消費となる。


【身体強化はバランスよく全体を】

 右手の拳だけで魔力を動かして地面を叩く。

 この時、拳は痛くないが、強化のされていない手首に衝撃による負荷がかかる。

 右腕全体を強化すると楽に叩けて、衝撃ににも耐えることができた。


【魔力を使い切ると危険】

 身体強化から導いた推測だが、人の中には魔力があり、誰もが薄っすらとだが強化されているのだと思う。

 もし魔力を使い切った状態で動こうすると、強化されていない体は思うように動かず、虚弱な状態になるだろう。


 推測が多く、解釈によって変わる部分もあるとは思うが、魔力について大体把握できた。




 空き地に着いて、魔力を循環させる身体強化の魔法を練習する。

 魔力をお腹から湧き出させ、四肢と頭の芯に沿って流していく、端で折り返し、体の表面近くを通ってお腹に戻す。

 流れはゆっくりだが全体をバランス良く強化できるようになった。

 身体強化は魔法と呼ぶには地味だが、俺にとっては魔法としか思えない。


 魔力を循環させた状態で歩く。

 集中を途切れさせずに空き地をグルグル歩きまわる。

 魔力の流れに乱れはなく、安定している。

 次の段階へ進もう。


 視覚と聴覚を意識する。

 見えるもの、聞こえる音を感じながら歩く。

 入ってくる情報に意識を向けながら身体強化を維持する。

 しばらくこの状態に慣れよう。

 

 パパンに魔法を教えてくれと頼んではみたが、5歳になって洗礼を受けてからじゃないと駄目だと断られた。

 小さい子が魔法を使うのは体への負担が大きく、疲れて怪我をしたり抵抗力が落ちて病気に掛かりやすくなるらしい。これは魔力が枯渇して無意識の身体強化が維持できなくなるせいだろう。


 そんな理由もあって、俺が着火の魔道具を使って見せた時もパパンに酷く心配された。

 数日かけて体に負担が無いと説得し、なんとか1日3回まで魔道具を使うのは許可してくれた。


 少し魔力の流れが乱れた。

 一旦考え事を頭から放り出して魔力の流れを整える。

 深呼吸してゆっくり息を吐き出し、また歩く。


 強化された目で遠くを見て、強化された耳で遠くの音を聞き取る事にも集中する。

 安定してきたら徐々に足を早めて駆け足だ。

 歩く程度では魔力の消費は全く感じない。

 走ることで体に負担をかけて魔力を消費させる。

 身体強化を維持する練習と魔力量を増やすにはこれがいい。


 無意識に魔力の循環ができるようになれば、転んでも怪我しないだろうし、もし魔獣に遭遇しても強化した体で走って逃げることができる。

 折角ド田舎に居るのだから山を探検して秘密基地作ってみたい。

 身体強化の魔法でパパンの畑仕事を手伝うのも喜ばれそうだ。

 魔法は夢が広がる。

 最高だわ。


 しばらく空き地を駆けまわっているとワサ婆の慌てた声を耳で拾った。


 もしかして!?


 急いで家に向かう。

 魔力の循環を忘れて走る。

 大急ぎで家に戻ると家の前に人が集まっていた。


「フィーゴこっちおいで」


 モハレ爺がうちの台所から手招きして俺を呼ぶ。


「マザイアが産気づいてな。奥で赤ちゃん産む準備しとるから少し外で待っとこう」

「でも おゆわかさないと」

「バハハッ、フィーゴは良く知っとるな。お湯は他の家でも用意するしまだあとでいい。大丈夫、皆で準備しとるから心配すんな」

「わかった ぱぱどうしよう」

「もう呼びに行ったぞ」


 ワサ婆を始め、近所の人に出産の手伝いをお願いしているのは知っていたが、既に準備に取り掛かったようだ。

 俺にも何かできることは無いかと考えるが何も思いつかない。

 とりあえずいつでも寝室に入れるように、服の汚れを落として手足を洗って待っておく。


 しばらく待っているとパパンが息を切らして帰ってきた。


「どうなってますか!?」

「もうすぐ準備も終わると思うぞ。ほれ、おまえさんも汚れ落としてこい」


 モハレ爺が手桶を渡し、パパンが水瓶から水を汲んで、ブーツを脱いで手足を洗う。


「今からだと産まれるのは夜になってからだろ。わしは村長のとこに明りの魔道具借りに行ってくる」


 そう言ってモハレ爺が家を出た。

 パパンと2人で台所で座って待っていると、寝室のドアが開いてワサ婆が顔を出した。


「ちゃんと居るね。お入り」


 寝室へ入るとママンはベッドの横に移動させたベンチに座っていた。

 周囲には桶や道具や大量の布が並べられられ、ある程度準備が済んでいるようだ。


「大丈夫そうだね。これから体力を使うんだ、欲しいものがあれば言ってくれ」

「おかえりなさい。フィーゴもおかえり。あなたは着替えて皆の食事をお願いね。ワサさんの竈を貸してもらってもいいかしら?」

「そうだね、ここの竈はお湯に使うからうちを使っておくれ」

「ああ任せておけ。ワサさんすみませんが台所お借りします」


 俺はどうしよう。

 ママンの手を握って応援したほうがいいのかな?


「まま へいき? いたくない?」

「大丈夫よ、あなたを産んだんだもの。今度も楽勝よ」

「まだまだ時間がかかるんだ、フィーゴはうちで爺さんと遊んでな」

「フィーゴは座布団とポンチョも持っていってね」

「うん まま がんばってね」


 俺の応援はいらないようだ。

 ママンに言われた通り、俺は座布団とポンチョを持って、パパンは食材と幾つかの食器を持って隣の家に行く。

 パパンは手伝いに来てくれる予定の家の分も含め5家族分の食事の用意にとりかかる。

 10人前近い量になるが、そこいらの主婦より料理が上手いパパンなら余裕だろう。


 出産はどのくらい時間がかかるんだろうか?

 出産の経験があると早く産めるんじゃなかったっけ?

 もうすぐ夕方だから起きていられるか心配だな。


 夕食を食べた後、手持ち無沙汰から家の周りをウロウロする。

 日が山に落ちて夕焼けが赤から紫に変わっていく。

 パパンも外に出てきて「男の子かな?女の子かな?」と言いながら一緒にウロウロする。


 モハレ爺が松明を家の前に立てて火を付けた。


「まだ外におるのか?」

「うん もうちょっと」


 辺りはすっかり夜になってしまった。

 松明の灯りだけが周辺を照らしている。

 うちの窓から漏れる光は明りの魔道具だろう。


 待ち疲れて松明の傍にしゃがむとパパンも隣にしゃがみこんだ。


「フィーゴは弟か妹ができるのは嬉しいかい?」

「うん はやくみたい」


 前世で俺は2人兄弟の下だったし、弟か妹ができるのは初めてで楽しみだ。


 俺が兄ちゃんになるのか。何て呼んでもらうか考えておかないとな。

 やっぱり「にぃに」かな。


 座っているのにも疲れ、パパンに抱えられて、また家の周りをウロウロする。


 なんだか瞼が重い。

 目がシパシパする。

 はっ! 危ねぇ、寝るところだった。ちょっと寝てたか――

 はっ! あぶ寝――








 ――はっ!

 ガバッと起き上がって視線を彷徨わせる。


 あれ?

 体の下には俺が寝床にしている座布団と、体の上にはポンチョが掛けてあった。

 立ち上がって周りを見ると、ワサ婆とモハレ爺が寝ている。


 ワサ婆の家か?

 確か、パパンに抱っこされて家の外をウロウロしていたのに?


 状況から寝過ごしたことがわかり、ドアを探して急いで部屋を出て走る。

 外は夜明け間近なのか青暗く、空気が冷たい。

 家の前に立って玄関をゆっくりと開ける。


「お、早起きだな。おはようフィーゴ」


 パパンが竈に火を入れていた。


「ままは!?」

「しーっ、静かにね?」


 寝室のドアをそっと開け、ベッドに忍び足で近寄るとママンがベッドで横になっていた。

 傍には俺が小さい時に使っていた懐かしい籠が置いてある。

 底の浅い籠に白い布が盛られ、縁にせり上がった布が邪魔で中がよく見えない。


 近づいて籠を覗きこむと、少し赤黒いしわくちゃの赤ちゃんが寝ていた。

 小さいな。本当に小さい。


 顔中しわだらけで、首にも皮が余ったようにしわが波打っている。

 橙色の髪が側頭部と頭頂部に薄く生えていて閉じられた目が顔の大部分を占めている。

 鼻も口も驚くほど小さく、布から覗く手に少しだけ触れると確かに暖かい。


 家族が増えた喜びが湧いてくる。

 弟か妹かわからないけれど、どっちでもいい。

 俺より小さい守るもべきものができたのだ。


「フィーゴは今日からお兄ちゃんだな。よかったな。弟だぞ」


 後ろに居たパパンが盛大にネタバレしてくれた。





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