魔道具
4人で朝食を食べ終え、爺ちゃんが出発の準備をする。
パパンは爺ちゃんに対して真摯に謝罪していたし、俺が徹底的にパパンの味方をしたので、最初の話し合い以降は爺ちゃんが悪態をつくことは無かった。
俺が仲を取り持ったおかげで家族の溝は埋められたと思う。溝が埋められなくても幸せで塗り固めてしまえばいいのだ。
フィリップ爺ちゃんは荷物を纏める手を止めて「本当に一緒に行かないか?」「じーじと一緒に行こう?」と何度もしつこく言い寄ってくる。
その度に「いや!」と言うとガックリと肩を落とす。
が、それでもお誘いは止まらない。
爺ちゃんは初孫の俺が可愛くて仕方ないらしい。
パパンが村の厩舎に預けていた馬を引いてやってきた。
ポニーを大きくしたような馬はくびれの少ない寸胴で足が短く見える。
長距離の移動や荷物を乗せる場合はこういう馬のほうがいいのかもしれない。
1歳半の俺には馬が大きく見えてかなり怖い……。
近寄らないようにしておこう。
鞍の後ろには厚みの減った背嚢と革でできた風船のような水筒1つ。
爺ちゃんは腰に身長の半分ほどの剣を下げ、ベルトに短剣を差し、雨合羽のようなフード付きの外套を纏っている。
いかにも異世界な風貌に思わず「じーじ かっこい」と声が漏れた。
「そうだろう!」
爺ちゃんは嬉しそうに笑ったあと、アゴを少し上げて流し目でパパンを見て「フン」と鼻で笑った。
……パパンに勝ち誇ってやがる。
荷物の準備と装備の確認を終えると馬を引いて村の門まで歩き、門を出た所で爺ちゃんが皆に声をかけていく。
「君は馬車馬のように働け」
とパパンに。
パパンは今でも家事に仕事にと馬車馬のように働いているぞ。
「無理はいけないよ。何かあればすぐに知らせを出しなさい」
とママンに。
大丈夫だ、ママンは無理なんてしない。
いつも家の中で趣味の裁縫やってるし、家事はパパン任せで余裕がありすぎる生活を送っている。
「フィーゴーーーー!!」
と叫びながら爺ちゃんは俺に抱きついてきた。
頬にキスの嵐だ。
髭が痛い。
「では、行くとしよう」
俺を抱いたまま爺ちゃんは行こうとする。
冗談なのか本気なのかわからないが、本気の匂いがプンプンするぜ。
俺は伊達に36年と1年半生きてはいない。
こんな時の対処法は心得ている。
「じーじ ばいばい」
つぶらな瞳で見つめながら言ってやった。
これは効いたようで、爺ちゃんは若干涙目になっている。
爺ちゃんは俺をママンの傍に降ろし、頭を一撫でしてパパンから手綱を受け取ると、軽快に馬に跨がった。
「暇を見つけたらまた来るとしよう。元気でな」
そう言って馬をトコトコ歩かせた。
パパンとママンと俺で背中を見送る。
緩やかに曲がった道の先、森の緑に埋もれるように爺ちゃんの姿は消えていった。
◇◇◇
爺ちゃんが帰って今までと同じ日常に戻った。
パパンは畑仕事に出掛け、ママンは寝室のベンチに座って実家から持ってきてもらった布を幾つか並べ、あーでもないこーでもないと手を動かし頭を捻る。
俺はというと”魔道具”の使い方を教わりにママンの邪魔をしにいくところだ。
爺ちゃんのお土産は大量だった。
幅1メートル程の布が巻き取られ太さが20センチ程の円筒形になったものが4つに針や糸。塩や砂糖の調味料、塩漬け肉。ハサミに包丁にナイフ。小豆のような豆と小麦粉。
そして着火の魔道具もあったのだ。
魔道具は長さ20センチ程度の金属の棒で、魔道具だと言われなければ書道に使うような文鎮としか思わないだろう。
爺ちゃんの説明によると、魔獣から取れる魔石を燃料にするタイプと自分の魔力を燃料にするタイプがあるようだ。
この魔道具は後者のタイプで魔物がほとんどいないこの地ではこちらのほうが便利らしい。
パパンと爺ちゃんが実演していたが、ライターのように簡単に火が付いていた。
「まま まどぐ おしえて ひ つく れんしゅう するの」
「んー?ちょっとだけよ?竈の所にいきましょうか」
ママンが竈の横に椅子を置いて説明する。
あっさり教えてくれるようで拍子抜けだ。
「まずはそうね、誰かに向かって使ってはダメよ?間違って火をつけてもいいように、燃えるものが無い所に置くようにしたほうがいいわね。角が丸いほうを手に持つのよ。手に持ちやすいように丸くしてあるって覚えておくといいわ。あとは使って覚えましょう」
使用上の注意が少なくて助かるよママン。
「魔道具を持った部分にこう魔力を送るの、魔道具が発動する必要量の魔力が満たされれば火がつくわ」
手に持ったら勝手に魔力を使ってくれるものだと思っていたが、自分から魔力を送らないといけないようだ。
「まりょく わかんない」
「んーそうよね。それじゃママと手を合わせて。フィーゴの属性がママと一緒ならわかるかもしれないわ。フィーゴの手に魔力を流すから、何か感じたらすぐに教えるのよ?」
ママンと手のひらを合わせる。
しばらく待っていると、手に何かが入り、体の内側で押し込まれる感じがした。
ジェットコースターが降下する時の体の内蔵が浮き上がるような、肌の内側を動く何かにゾクリとする。
「へんなの うごいた きもちわるい」
「あら、わかったの?じゃあママと一緒で光属性なのね」
魔力の存在はなんとなくわかったがこれをどうすれば動くんだ?
それに光属性とはなんだろう?
手を見ても光ったりはしていない。
俺とママンが一緒だったということは他にも属性があるんだろう。
「どう する まりょく うごく?」
「そうね。同じように魔力を流して止めてを繰り返すから、止めた時に元にる感覚を覚えてみて」
「わかった」
先程と同じで入ってきた魔力に俺の魔力が押される。
ママンが押し込んできた魔力を止めると、入ってきた魔力が徐々に体の外に出て行き、押されていた部分の隙間が空くと同時に俺の魔力が元あった場所へと戻っていく。
面白い。
自分の中にある魔力の存在をしっかりと感じとれる。
ママンと何度も繰り返していると、魔力が元の位置に戻る感覚に慣れてきた。
あとはこれを自分の意思で動かせばいいのか。
少しずつ元の場所に戻る魔力を早く元の位置に戻れと押してやる。
元に戻る魔力の流れが少しだけ早まり、自分の意思が乗ったのがわかった。
異物のように思えた魔力は自分の一部だったのだ。
自分の手より、もっと先に手があるようにイメージしそのまま魔力を押し出す。
「きゃっ」
俺の魔力がママンの魔力を押したんだろう。
ママンは驚いた声をあげ合わせていた手を離した。
「できた!」
「っもう、びっくりしたじゃない。よくできました。はいどうぞ」
魔道具を渡されて両手でしっかりと持つ。
お、重い。
火が出る方を竈の縁に乗せて目を閉じる。
一旦魔力を押されるように引き戻し反動を付け押し出すと、手から出た魔力が吸い込まれるように魔道具に入っていく。
戸惑いつつも手首から先にあった魔力を出しきったと思うとライターのような火が灯った。
「やった!やった!やったー!」
確かな熱を感じた火は5秒程して消えた。
筋肉疲労とは違う長時間集中した後のような疲労をお腹の芯に薄っすらと感じる。
「すごいわフィーゴ。これでパパのお手伝いできるわね」
「ちょっと このへん つかれた」
俺が疲れを感じるお腹をさするとママンは得心が行ったように数回頷く。
「魔道具を使っていいのは竈に火入れる1日3回までにしましょう」
「うん ぱぱが かえったら していい?」
「そうね。パパも喜ぶと思うわ」
初めてのお手伝いか。
馬車馬パパンが働きすぎて壊れないようにお手伝いしよう。
そして当分は魔力を動かす練習だな。
もっとサクッと魔道具を発動させたい。
「まま うんうん でる いこ」
「あら、我慢できる?急ぐわよ」
初めて魔力に触れた興奮と魔道具を使う緊張感、そしてお腹辺りの疲労感から大きい方を催してしまった。
裏の勝手口を出て、細長い茎と大きな葉が付いた観葉植物に良さそうな植物から葉っぱを1つ毟り取る。
近くの小屋の階段を4段登りドアを開け、ドアは開けっ放しのままママンには待っていてもらう。
床に置いてある取っ手の付いた木の板を持ち、奥の壁に立て掛ける。
紐で結んだパンツを脱ぎ捨て、床に現れた長方形の穴を跨いでしゃがむ。
小さい俺は落ちないように注意が必要だ。
振り向いてママンに頷く。
準備よし。
プリプリプリ。
む?この感覚、魔力を押し出すイメージに近い気がする。
魔道具は発動に必要な魔力を放出してやらないといけない。
恐らく魔法にも同様の魔力操作が必要だろう。
魔力の開放からの放出、そして遮断。
まさに今の状態じゃないか!
魔法への手がかりを見つけたからだろうか、気分がいい。
妙にスッキリする。
チョロロロ。
そうか、体から水が流れ出るように魔力を放出する。
このイメージはいいかもしれない。
スムーズな魔力操作ができそうな気がする。
新しい発見に気分がいい。
なんだか妙にスッキリする。
大きな葉っぱを千切って毛羽立った裏面を使っておしりを拭く。
数回に分けて綺麗に仕上げ、葉を穴に捨て立ち上がった。
横に置いてある樽から干された木の葉や草を一握り掴んで穴に放り入れ、その隣に置いてある樽に入った土を、木のスコップでひと掬いして穴に撒き入れる。
パンツを履いて取っ手の付いた木の板を元に戻して蓋をする。
最初は戸惑いもしたが、このトイレにも慣れたもんだ。
臭いも大したことはない。
「まま できた」
「上手だったわ。もう1人でできるわね。手を洗いに行きましょ」
また一歩大人に近づいてしまったな。
もう1人でできるもん。




