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新たな命


 ワサ婆さんと出会ってから2ヶ月弱過ぎた時だった。


 パパンが仕事に出かけた後。

 ママンの針仕事をする手が珍しく止まったままだったのが気になり、近くで伺うとママンが髪を濡らし付けるように汗をかいて息を荒くしていたのだ。

 「まま?」と聞いても、黙ったままこっちに手だけで大丈夫と返すばかり。


 明らかに普通ではない姿に、俺はパパンを呼びに玄関を飛び出した。

 が、何処にいるかわからない。

 どうしよう!?と周りを見ても誰も居ない。


 あたふたしていると隣の家の戸が開く音が聞こえ、ワサ婆と旦那のモハレ爺が出てきた。


「わさばー!まま へん!なの!きて!きて!」


 俺は泣きそうになりながら2人に助けを求め、家に呼び入れると寝室を指差して急いでママンを見てもらう。

 ママンとワサ婆さんが言葉を交わすと俺とモハレ爺さんは台所に追い出された。


 モハレ爺が台所の椅子に座り俺を膝に乗せ頭を撫でる。

 泣きそうな顔の俺の気を紛らわそうとしてか色々喋りかけてくるが全く耳に入ってこない。ママンは病気なのか?薬はあるだろうか?医者は居るのだろうか?そんな不安が頭の中を埋め尽くす。


 しばらく待っているとワサ婆の笑い声が聞こえた。

 寝室のドアから顔を出し、笑顔で手招きをするワサ婆に一体何事かと戸惑う。

 寝室へ入ると何も様子の変わっていないママンの姿が目に入った。


「フィーゴ、心配かけてごめんね。弟か妹ができるわよ」


 呆然としていると、ワサ婆が「ヒッヒッヒッ」、モハレ爺さんが「バハハハッ」と笑い出す。


 俺は泣いてしまった。

 安心6割、家族が増える喜び3割、ワサ婆の引き笑いの気味悪さ1割で泣いた。




 そんな妊娠発覚から4ヶ月の月日が過ぎた。


 妊娠の周期の数え方はうろ覚えだが、妊娠初期症状がだいたい2ヶ月くらいからだったと思う。逆算すると今は妊娠6ヶ月くらいだろう。

 日を追うごとに大きくなるママンのお腹。

 それと供に、新たな命がそこに有る実感も増してきた。


 今日は珍しく家に客が来ている。


 後ろを見上げると、俺を抱いたまま眉根を寄せて目を閉じ、顔を俯かせるパパン。

 そして正面には、俺を見て顔をほころばせて笑い、パパンに視線を向けては顰め面をする4・50代のおっさんが座っている。


 おっさんは目が大きく色白でちょいポチャ、背はパパンよりは低いが落ち着いた貫禄がある。

 頭は後ろに流し気味の七三分けにしていて、口の周囲に丸く髭を蓄えている。

 所謂泥棒ヒゲというやつだ。

 頭から手ぬぐいを掛けて顎の下で結べば、さぞ泥棒に見えることだろう。


 それにしても何なんだろうな、この状況は?

 俺が居る必要はあるのか?

 空気が重いから逃げ出したい。


 実際に逃げようと試みたものの、パパンは俺を逃がさんとばかりに両腕でがっしりと胴を抱いている。腕を解こうとモゾモゾしてもパパンは離してくれない。


 仕方ない、助け舟を出そう。

 重い空気に晒されている俺自身のために。


「おじちゃん だれ?」

「フィーゴはかわいいなぁ。私はじーじだよ。フィーゴのママのお父さんで、フィーゴのお爺ちゃんのフィリップじーじだよー。おじちゃんじゃなくてじーじと呼んで欲しいなぁ」


 泥棒ヒゲは俺の爺ちゃんでフィリップというようだ。

 言われてみると輪郭の丸みと小さいアゴ、それに目がママンと似ている気がする。

 突然の祖父の登場に驚いたが、それがどうしてこの険悪なムードに?


「じーじは ぱぱ きらい? おこる?」

「そう、嫌いなんだ。でもフィーゴの事は大好きだよー」

「なんで ぱぱ きらい?」

「こいつはね、じーじの所からママを連れ去った泥棒なんだ?泥棒は嫌いだよ」

「違います!私は……」


 泥棒ヒゲに泥棒呼ばわりされたパパンがビクッと動いた。


 なるほど、駆け落ちか。パパンもやるじゃないか。

 俺は駆け落ちした後にデキた子供。それで俺を盾にしてるのか。

 しかし、どうしたもんか。

 パパンの味方をするにしても、詳しい経緯がわからんままでは如何ともし難い。


「まーまー!きてー!まーまー!」


 ママン来てくれ!俺がピンチだ!


「どうしたの?」

「ぱぱは どろぼう?」

「パパは農家よ?お野菜を作ってるの知ってるでしょう?」

「ぱぱは ままを どろぼうしたの?」

「あら素敵な言い回しね。そうね、パパは盗んだわ。ママの心は盗まれたの。ふふふ」


 爺ちゃんがギリギリと歯ぎしりしながらパパンを睨んでいる。

 状況が悪化してしまった気がする……。


「ぱぱは ままと いっしょ にげる だったの?」

「ん?違うわ、ママが逃げるカイルを追いかけたのよ」

「え? ぱぱ にげる?」

「逃げるというよりは転勤する感じかしら」

「え?」


 何がなんだかわからねぇ。


「マザイア、俺が説明する。 まずお義父さんもご存知とは思いますが、私とマザイアはお互い慕ってはいましたが、友人で恋仲ではありませんでした。私はマザイアに開拓村への移住に志願した事を伝え、ガストンサスを発ってアロソ村を目指しました。丁度アロソ村へ着いたと同時にマザイアが馬で追い付き、想いを告げてくれて私もそれに応えて結婚することにしました。お義父さんに許可を得ようとしましたが、マザイアから『お義父さんには許しを得ている。あなたのことを認めている。街道整備義務を終えて落ち着いたら顔を出せばいい。手紙は出しておく』と聞き、移住の期限も迫っていて――」

「ああ!!そんな事も言ったような?気がしないでもないわね。それだけカイルのことを愛していたのよ。生まれて初めてよ、あんなに移動したの。追いかけて良かったわ。ふふふ」


 ママンはパパンの話に割り込んで、大きくなったお腹を撫でながら幸せそうに微笑んだ。

 どうやら笑って誤魔化すつもりらしい。


「まま おやすみ して」

「もういいの?じゃあそうさせてもうわ」


 ママンが寝室に戻り、キッチンには迷走した空気だけが残った。

 だが、爺ちゃんもなんとなく経緯は理解できただろう。

 さっさと着地させよう。


「ぱぱは じーじに あいさつ しない だったの ごめんする」

「あ、あぁ。お義父さん、許しを得ず結婚し、今まで報告できなかったことお詫びします。申し訳ございませんでした」


 パパンは俺を下ろして立ち上がり、姿勢を正して腰を90度折る形で頭を下げた。

 格好いいよパパン。


「まま いえ でる じーじに いった?」

「置き手紙があって、愛する人と添い遂げます。捜さないで下さい。とだけな」

「じーじもぱぱも ままに うそ おこる でも いま だめ うまれてから」

「私の孫は……、うっ、なんてっ、なんて優しいんだ!」

「ありがとうフィーゴ」


 よし、なんとかなった。

 あとは俺の疑問を解消したい。


「じーじは けっこん しってる だった?」

「マザイアから手紙が来たんだよ。二人目が生まれるからマザイアの部屋に残してある布を送ってくれとね。今までに3回手紙が送られてきたんだけど何処で誰と居るのかは書いてなくてね。今回やっとアロソ村に居るのかわかったんだ」


 所在を隠していたということは、爺ちゃんに怒られたり、連れ戻されるのを避けていたのだろう。

 ほとぼりが冷めたと踏んだか、或いは俺を産み、2人目を妊娠して家庭を築いた上でならガミガミ言われないと判断したのかもしれない。


「じーじ おうち どこ?」

「ガストンサスっていう街だよ。知ってるかい?」

「しらない」

「ここから5日の所にあるんだよ?じーじはそこで食料品を取り扱うお店をやってるんだ」


 ガストンサスはさっきパパンの話に出てきたな。

 パパンとママンがまだ友人だった頃に居た街か。

 5日だとどのくらいの距離があるんだろう?移動は馬か歩きのようだし、全く想像つかんな。


 いい機会だしもっと話を聞いてみたい。

 爺ちゃんはいつまで居るんだ?


「じーじ いっしょ ねる? いつ いく?」

「寝る!今日はフィーゴと寝る!明後日帰るけどフィーゴも連れて行く!じーじと一緒に行こう!」

「いやっ!」


 爺ちゃんのお誘いは嬉しいが、ここはハッキリと断っておこう。

 パパンは駆け落ちした申し訳無さから俺を差し出すかもしれないからな。


 街を見れば文明の発展具合など、この世界について色々知ることができると思う。

 けれど、それはまだ後でいい。

 ママンのお腹の子が無事に産まれるまでは傍を離れたくない。






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