畑デビュー
「まま、るい、いってきます」
弟はすくすく育っている。
ママンのお乳のどこにそんなに栄養があるのか不思議なくらいぶくぶく、むくむくと大きくなった。
マイブラザーの名前はルイーシュ。
命名したのはパパンだ。
格好いい名前である。
貴公子然としたイケメンになるに違いない。
レイピアと白い馬を買ってあげるために貯金しよう。
ルイーシュはパパンに似た髪色で少し明るめの橙色の髪だ。
目が大きく眉がキリリとし、プニプニの頬の肉のせいか、ふてぶてしい表情に見えてそれがまたかわいいのなんの。
「行こうかフィーゴ」
寝ているルイーシュをひと眺めした後、パパンと手を繋いで出発する。
今日は2歳半にして初仕事だ。
雑草でも抜くから畑に行きたいと拝み倒し、パパンの邪魔をしない事と傍を離れない事を条件に付いていく許可が降りた。
畑に付いて行く当たり、ママンにはズボンをパパンには靴を作ってもらった。
自分の装備を確認する。
杖代わりの木の棒、腰には小さな木のスコップ。大きなボタン1つで前を閉じるフード付きポンチョ。使い古しの小さい革袋に古布を敷き詰めて革紐で口を縛っただけの靴。ごわつきのある厚手の長ズボン。
完璧な装備だ。
パンツとシャツだけだった頃を思うと感慨深いものがある。
「疲れたら言うんだよ?」
「うんっ!」
村を出てしばらく歩くと上り坂になったので、魔力を循環させる速度を上げて身体強化を強める。
身体強化の魔法はルイーシュが生まれてから成長が著しい。
ルイーシュの傍を離れたくなかったので、家の中で魔力を循環させる訓練を始めたが、最初は意識が散漫してうまく集中できなかった。
そこで無意識について考えを巡らせた。
無意識にやっている呼吸や心臓の鼓動のように魔力が動かせないか?
これに思い至ると後は早かった。
呼吸に合わせて流れを生んで、魔力を血液のように流す練習を繰り返した。
たったこれだけで無意識に魔力が流れるようになったのだ。
筋力を使えば呼吸が速くなり心臓も速く鼓動する。
体の動きにあわせて自然と魔力の循環速度が増すというオマケ付きだ。
循環速度を速くしたおかげで全く疲れない。
魔力は徐々に減るが鍛えた魔力量に比べれば微々たるもんだ。
「ここからは見通しが悪くなるから武器を取れるように手を離すよ?パパの後ろを歩くんだぞ?」
村の近くでは整然と並んでいた畑は、村から離れるにつれて不揃いに、そして疎らになってきた。
傾斜が緩い部分を畑として広げているようで、木が残っている部分は傾斜きつかったり、谷のように抉れている。
畑への道は踏み固められていて歩きやすく、道沿いにポツポツと畑があるので、そこまで見通しは悪くない。
しばらく進むと、岩肌が露出した崖が道を遮っていた。
岩肌の中程から水が染みだしている。
「ここで水が飲めるよ。畑はすぐそこだから喉が乾いたら言うんだよ?飲みに行くときはパパと一緒だ」
「うん。いまのんでいい?」
岩肌を伝い落ちた水は足元に置かれた水瓶に溜められている。
側の岩肌の凹んだ所にはコップが2つ置いてあり、パパンがコップを取って滴っている新鮮な水を汲んでくれた。
ゴクリと一口飲むと、冷たい水が喉を通って行く。
「つめたくておいしいね」
「だろう?行こうか。畑はすぐそこだよ」
畑はすぐ近くにあって、水飲み場から畑の全貌を見ることができた。
村からここまで歩いて20分くらいだろう。
森が邪魔でここから村を見ることはできないが、緩やかな山を迂回するように登った一本道の突き当りなので道に迷う心配はなさそうだ。
「ここぜんぶ、ぱぱのはたけ?」
「そう、ここにある3面がパパの畑だよ」
広さは大体20メートル×30メートルの畑が3面で180平方メートルか。
目測で測ってみたものの広いのか狭いのかはわからない。
森を開墾したのなら充分広いか?
野菜は種類によって区分けされているが、植え方は畝もなく乱雑だ。
雑草も生えている。自然農法とかいうやつだろうか?
「ぱぱはなにするの?」
「畑をもう少し広げたいから、あそこの木を切るよ」
切る予定の木の周囲は既に手を入れてあるのか見通しがいい。
真っ直ぐ伸びた木の幹はパパンの胴より少し細いくらいだろう。
丸く広がった枝のバランスが良い木で切るのが勿体無い気がする。
枝に点々と見える茶色がかった部分は実だろうか?
「みてていい?」
「実が危ないから畑の傍から見ててくれ」
パパンが畑の横に置いてある木箱から斧を取り出した。
危ない実ってなんだろう?
パクッと噛み付いてくる実とか?
「あぶないの?」
「ほらこれだ、触るなよ。針があって危ないからな」
パパンが落ちている実を蹴って寄越す。
緑色と茶色のふっくらした実がコロコロと転がってきた。
このトゲトゲ感、実の開いた部分から覗く茶黒い光沢のある中身。
これは……、栗じゃないの?
「ぱぱ、きるのまって。このみたべないの?」
「食えるのか?」
「たぶんたべられるよ」
「食べたのか?」
しまったな。
知ってるとは言えない。
「おいしいにおいがする!やいたらたべられそう!」
自分で言っておいてなんだけど言い分に無理があるな。
どんな嗅覚してんだよ。
パパンは食べないようだが、もしかして栗とは違うのか?
スコップと木の棒でこねくりまわして、栗の実を取り出す。
手に取ってみたが、どう見ても栗だ。
「ぱぱこれきって、なかがみたい」
パパンにナイフで栗を半分に切ってもらった。
中身を確認してもどう見ても栗だ。
「これおいしいにおいがすごい!たべよう?」
パパンよ、俺の嗅覚を信じてくれ!頼む!
「そうなのか?パパには美味しい匂いに感じないけど」
「たべたい。このみたべたい。ままもぜったいたべたい」
「ママも好きそうか。それじゃ持って帰って食べてみようか」
ママンに甘いパパンである。
今後もパパンにはこの手を使わせてもらおう。
「いっぱいもってかえったらままよろこぶよ」
「そうかな。それじゃがんばって拾おうか」
よしよしナイスだ俺。
うまくいったと喜んでいると、パパンが鍬を使って木に成っている実を落とそうする。
「ぱぱ、みがわれてるのからいいにおいがする。われてないのはいいにおいしないよ。おちてるのがおいしいかも」
落ちてる実が美味しいわけではないと思うが熟れているのは確かだろう。
叩いて落としたんじゃ、いつ自分の頭に落ちてくるかわからん。
「そうなのか。鼻がいいんだなフィーゴは」
パパンが鼻をスンスンさせているが、わかるわけない。
俺もわからないし。
強化した目で周囲を見ると、畑の付近にぽつぽつと栗の木が見えた。
まだまだたくさん採れそうだ。
パパンは栗の実を取り出すのに四苦八苦しているが、俺が持っている木の棒とスコップが栗を開くのに丁度いい大きさで、サクサク収穫していく。
身体強化を強めて更に栗を拾うスピードを上げる。
パパンと2人で栗拾いを続けると、野菜を入れる籠に結構な量の栗が溜まった。
とりあえずこれだけあれば充分だろう。
「いっぱいだね」
「本当に食べられるのか?」
「たぶん。いいにおいするもん。なんでたべないの?」
「ここら辺から山を登った所にこの木が生えてるんだけど、移住してきたパパの同期で初めてこの辺りを拓いたから誰も知らないんじゃないのか?パパの畑が一番奥にあるしな」
知らなかっただけなのか。
魔獣が居る世界では気軽に森に入らないだろうし、そういう事もあり得るか。
毒があったら困るから念のためワサ婆に聞いたほうがいいかもしれないな。
「たべておいしかったら、きはきらないでね?」
「ああ、広げる方向はこっちじゃなくてもいいからそうするよ。そろそろ帰ろうか」
「うん」
パパンが籠を背負い、荷物を確認して家路につく。
家に着いてパパンは昼食の準備を始め、俺は栗を持ってワサ婆の家に向かう。
「わさばー、これたべられる?」
「何だいそれは?」
「とげとげのみのなかのたね」
「とげとげは一度見たことあるけど。へぇ、中身は初めて見るねぇ。あんたしらんかい?」
「わしも中身は初めてみたぞ」
「わさばーたちもしらないんだね。たぶんおいしいからあとでもってくる。ばいばい」
年寄り2人が知らないなら、誰も食べたことが無いんだろう。
家に戻って水瓶から手桶に水を汲んでもらい栗を洗う。
前世の子供の頃、拾ってきた栗を庭で焼いて食べ、渋皮の面倒さに苦労した覚えがある。
日本の栗は渋皮があって食べにくい品種で、海外の栗は渋皮が無いか剥がれやすい品種だったと思うが、この栗はどうなんだろう?
茹で栗と焼き栗を試して食べやすいほうにすればいいか。
焼く時は破裂に注意しておこう。
「ぱぱ、これだけみずでゆでて」
「この鍋に入れていいよ」
「やくほうもつくって。なにもいれてないなべにいれて、ころがしながらやいて、はれつするからふたしたほうがいいかも」
「わかった。焼くのはこっちに入れてくれ」
焼くのは表面を焦がすくらいか?
焼き加減はパパンに任せながらでいいか。
先に昼食を済ませてから栗を試食する。
まずは、茹でた栗からだ。
パパンがナイフで栗を半分に切って俺に渡す。
木のスプーンで栗の実をほじると、渋皮が実から浮いていて剥がすと簡単に取れた。
火は芯まで通っているようだ。
実の淡い黄色と、匂いも栗そのもの。
我慢できずに、一思いに口に放り込む。
「うまっ!」
「本当だ。ほくほくしていて独特の香りがあって甘いな」
「ママ好きよこれ。初めて食べたわ」
変な味はしなかったし、毒性は無いだろう。
次は焼いた栗を試食する。
炒って焦げた香ばしい香り。
皮の割れているところに、爪を入れて開くと、渋皮は皮に付いているのか実だけがコロッと取れた。
表面はきつね色で糖分が焦げているのか非常に香ばしい。
我慢できずに口に放り入れる。
「うんまーい」
「うん!これは香りがいいね。甘みと香りが際立つな」
「ほんとねぇ。こっちも美味しいわ。もっと食べましょ」
「わさばーにももっていく」
両方共小さい皿に少しずつ取り、隣へ向かう。
「さわばー、さっきのみ、りょうりしたのたべて」
ワサ婆とモハレ爺は、栗の皮と中身を匂いを嗅いでから口に入れた。
「こりゃうまいね、風味がいい」
「ほー。でかい豆のようでもあるし芋のようでもあるな。この硬い皮は持ち歩くのが楽そうだ。つまみに良いかもしれん」
持ち歩けるおやつか。
いいかもしれない。
畑に持って行ってつまもう。
家に戻ると、ママンが大量の栗の残骸を皿の上に残しながらバクバク食べていた。
栗を気に入ったようだが俺の分がなくなりそうだ……。
パパンは栗を入れた鍋を両手で持って中をかき回すように振って、追加の焼き栗を作る。鍋を火から外しては焼き加減を確認し、火の通し方を研究しているようだ。
「ままふとるよ」
「あら、嬉しいわ。お乳がたくさん出るわね」
ママンの食べる勢いが増してしまった。
母は強し。
俺も負けじと栗を食べる。
はぁ。
うめぇ。




