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キミのタマはボクのモノ 巻の一  作者: しかも・かくの
第二章 蒼の君とやんごとなき御務めについて
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第九回

 泊瀬(はつせ)(もり)は禁域である。

 一つには、蒼の宮が存するための警固上の理由だ。

 もしも許可なく森の中に立ち入っているところを発見されれば、容赦なく捕らえられ、厳しい詮議を受けることになる。その結果として君に害意無しと認められても、なにがしかの処罰を受けるのは必至である。

 そして法の咎めがあろうとなかろうと、ただの良民が足を踏み入れることはない。たとえ朝議に参じる資格を持った高官達といえども、表通りと宮門とを繋ぐ参道を行き来するのみである。

 その故は如何に。

 この一帯は古来、神が降りると伝えられる聖地なのだ。いわば現世(うつしよ)隠世(かくりよ)とが重なる境界であり、不心得な俗人が迷えば忽ちにして魂を散ずると恐れられている。

 そのような泊瀬の杜の深く、宮門の裏手に当たる場所だ。あるいは神を(いつ)くという意味では、むしろこちらこそが表かもしれない。

 およそ人の姿などあるはずもない塀の外から、こつこつと拳を打ちつける音がした。

 しかし番についていた涼白(すずしろ)が、すわ盗賊か妖魔の類か、などと驚き怪しむことはない。

「何者か」

 威圧するかのごとき強い調子で誰何する。

千真(ちま)でございます。お召しにより参上しました」

 外から返された声は、優美な名の響きにも似ず低く掠れていた。涼白は忌々しげに息をつくと、重い閂を持ち上げて潜り戸を開けた。

 使い女らしき者が身を屈め、狭い入口を通り抜ける。地味ながら上等な衣を纏い、顔は笠で隠している。

 涼白は入れ違いに戸の外に身を乗り出し、不審な気配がないかを確かめた。蒼の君に直に従う者のみが知る踏み分け道だ。余人の姿があっては事である。

「異常は?」

 涼白の問いに、千真なる仕え人は深く笠を被った頭を左右に振った。

「本当だろうな。もしあんたのヘマのせいで奥宮にちょっとでも被害が出たら、骨の一本や二本じゃ済まさねえぞ」

 身の丈六尺(181.8センチ)、目方十八貫三百(もんめ)(68.6キロ)の女傑が気迫を込めて念を押す。並の男兵が相手であれば、鼻歌交じりに蹴散らせる武勇の持ち主である。ましてただの女官風情なら張り合えるはずもない。

 恐れ入りました、というように千真は腰を低くする。

 涼白はなおも不満そうに睨みつけた。

清乃(きよの)が待ってる。来い」

 肩をそびやかせながら踵を返す。千真も大人しく後に従う。

 途中でほとんど誰とも擦れ違わないまま殿舎まで辿り着く。ことさらに身を潜めた結果ではない。そもそも奥宮には人影が希薄である。

「ようこそ。お待ちしておりました」

 濡れ縁に座していた女官がたおやかに頭を下げる。慎み深い様子ながら、千真へ向けるまなざしには心からの歓迎の意が表れている。

 それが涼白にはかえって不満であるらしい。

「清乃、くれぐれも気をつけろ。私はずっとここで控えている。こやつが少しでも怪しい動きを見せたらすぐさま呼べ。必ずや不埒な真似に及ぶ前に駆けつけて叩き出し、いやその場で叩き潰してくれる」

 目の色が本気である。もし許されるならいっそ今すぐここで、と思っていかねない。

「ええ、頼りにしています。では千真様、参りましょう」

 荒ぶる涼白を清乃は軽く受け流した。千真に手を差し伸べる。

 千真は助けを借りることなく縁に上がった。清乃は残念そうに己の手に息を落とした。

「千真様は誇り高いお方ですものね。手をお貸ししようなどと考えたわたくしがあさはかでしたわ」

 清乃が嘆いても千真は黙したままである。笠に隠されて表情も窺えない。

 清乃も気落ちした様子を引き摺ることはなく、身軽く腰を上げると千真を先導して歩き出した。

 涼白の傍にいる時こそ際立たなかったが、清乃と比べると千真も相当の長身だった。腰の立った姿勢の良さと、足元の滑らかさは、廊下を行く二人に共通している。しかしあくまで淑やかな清乃に対して、千真の歩みは力強い。

 やがて清乃が足を止めたのは、御座の間の前だった。他ならぬ蒼の君の居室である。

御君(おんきみ)、お客様が参られました」

 清乃が襖の前に膝をつく。

「兄様!」

 途端、部屋の中から女が勢いよく飛び出し、千真めがけて飛びついた。

 千真の被った笠が跳ね落とされる。あらわになった面は、美形ではあるが到底女には見えない。麻太智(またち)である。

 片や抱きついた女はといえば、午前の朝議で仲立ちを務めていた女官に間違いない。

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