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キミのタマはボクのモノ 巻の一  作者: しかも・かくの
第二章 蒼の君とやんごとなき御務めについて
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第七回

 (あお)の国の都、泊瀬(はつせ)

 遥か御代(みしろ)山地に源を発する水分(みくまり)川が緩く曲線を描くほとりに築かれた美しい都である。

 吹き渡る風が四季折々の花を舞わせ、樹々の葉を震わせる。

 この地での民の営みはむしろ静かだ。

 例えば東の商都として名高い秋津(あきつ)の者などが初めて泊瀬を訪れると、通りを行く姿の意外なほどの少なさに驚くことになる。

 その都たる所以は、住まう人の数や流れ込む富の量にあるのではない。

 街の中にあってひときわ緑の濃い、あたかも原始の森といった雰囲気をたたえた領域のさらに奥。玉砂利を敷かれた一筋の道の先に、宏壮にして荘厳な宮殿があった。

 蒼の宮──世を統べる(あお)(きみ)のまします御所である。

 蒼の君は神に仕える聖なる()にして、自らも半ば神なる身だ。およそ俗人の前に姿を現すことはない。

 しかし、同時に半ばは人界の君でもある。そのため蒼の宮には、統治の実務を担う高位の官が集い聖上の裁可を仰ぐ朝議の間が設けられていた。

「……聞きましたか、例の噂」

「ああ、西の地でひどい凶作があったとか」

野伏(のぶ)せりが横行しているとも」

「里がまるごと焼かれた例もあると聞きます」

「噂でしょう」

「ならばよろしいのですが」

 もう間もなく君のいまそがる頃合いである。本来粛然たるべき場において、穏やかならぬ会話が取り交わされていた。

 ただし内容の深刻さに比べて、参列した公卿(くぎょう)達の大半に焦りや恐れの色は見られない。安楽と平安に慣れ切った彼らにとって、戦乱や災禍は史書や伝説の中で知るだけの存在だった。

 その中にあってやや眉を曇らせた一人が、隣に座す武官に意見を求めた。

「いかがでしょう、荒城(あらき)殿。貴方は先日まで諸郡を巡視しておられたとか。何か詳しいことをご存知ではありませんか」

「さて」

 問われた麻太智(またち)は、一拍置いたのちに振り返った。相手の顔を見定めつつ、答え方を思案する様子を作る。

 三条さんじょう顕光(あきみ)は美しく結い上げた髪に意味もなく手をやった。病身の父に代わり家督を継いで既に半年、堂上の交わりにも大分慣れてきたとはいえ、そこは十九の娘である。

 精悍な若き近衛大将(このえのだいしょう)に間近で視線を向けられ、些か落ち着きをなくしていた。

 対して麻太智は特に意識したふうもない。

「確かに幾らかの乱れはあるようです。なればこそ、民のため我らも一層尽力すべきかと。さすれば自ずと良きように治まるはず」

「いやまことにもって。さすがは荒城殿。感服致しました」

 かけらも実のない内容に対して、顕光はまるで深い真理を告げられたかのように大仰に頷いた。表情は大真面目である。

「もしよろしければ、後程詳しいお話など伺いたく存じます。ささやかなれど御帰都のお祝いなども致したいですし、いかがでしょう、今宵我が邸へおいで願えませんか。一目なりとお見舞いいただければ、病床の父も喜びましょう」

 厚意と好意とが混然とした申し出に、麻太智は儀礼的な微笑を浮かべた。顕光の瞳に期待の光が灯る。

 だが緩やかだった場の空気が一瞬にして変わった。

 鋭い振鈴(しんれい)の音に続き、玲瓏とした声が朝議の間に響き渡った。

「蒼の君、お成り!」

 常は頭の高い高官達が打たれたように一斉に威儀を正し、平伏する。

 御簾みすの脇に立った先触れの女官がいつもと違う。誰しもが気付いたに違いないが、いかに貴顕の身であろうと、奥宮の人事に干渉すべき筋合いなどはない。不審の意を表す者はいない。

 ただ、周りに合わせて面を伏せた麻太智の口元だけが苦々しげに歪んだが、すぐに謹直に引き結ばれる。

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