第四十一回
豪太はネズミのあとを追おうとしたが、体がまだ回復していないらしく、咄嗟に足が出ない。代わりに文音に向かって鋭い声を飛ばす。
「文音、そいつを捕まえろ!」
「えー、なんで。ネズミの一匹ぐらい放っとけって」
「馬鹿者、そいつは」
億劫そうに座り込んだままの文音に、豪太は苛立たしそうに舌打ちしたが、恵が豪太を押しとどめた。
「ごうくん、大丈夫だよ。あの子はもう当り前に生きてるだけだから。黒い玉は付いてないの」
「……よく分らんが。お前がそう言うのなら」
豪太は完全に納得したわけではなさそうだったが、いずれにしろ手遅れだ。半分尻尾の千切れたネズミは森の中へと消え去った。
「恵……あんたはもう、ほんとに」
深雪はようやく恵のところまでたどり着いた。
「どうして、こんな」
恵の着物の衿を掴み締め、切れ切れの言葉は意味を成さない。胸に溜まった感情をぶつけようとして、だがそれさえ満足にできないでいるらしい。恵の心は軋む。深雪を一方的に災難に巻き込んでしまったことはいくら謝っても足りないし、許してくれなくてもしょうがないと思う。
それでもなかったことにはできなかった。恵はおずおずと片手を伸ばして、深雪の肩に触れた。
「みゆきちゃん、ぼくのせいで怖い思いさせちゃってごめんね」
「本当よ、馬鹿!」
気合のこもった罵倒に恵は思わず後退りしそうになったが、深雪はそんな甘い真似をさせはしなかった。
「心配したんだからねっ。こんなちっちゃいのに、あんな化物に向かってったりして。恵の馬鹿」
最後の方は「むぇぐみゅのぶゎきゃっ」みたいに噛み噛みになりながら、恵を力いっぱい抱き締める。柔らかな温かさに浸され、恵はこちらからも抱き締め返そうとした。
「みゆきちゃ、ひゃっ」
膝からすとんと力が抜ける。とても立っていられなかった。




