第四回
急に手が軽くなった。
いや違う。
手に掛かっていた重さが消えたのだ。
「まったくもう、またこんな変な物拾ったりして。錆だらけじゃないの。擦り剥いて傷口から毒でも入ったらどうするの」
恵の手から取り上げた剣を、深雪は地面にひょいと放り投げた。
今度は深雪の手から離れなくなる、などということはなく。
鈍い音を立てて草の上に落ちる。
「さ、帰ろ」
深雪に袖を引かれながら、恵は横たわる剣に名残り惜しげな視線を向ける。
(我が主よ、我を置いていくのか)
頭の中で、声が響いた。
(我をお忘れか? 主の忠実なるしもべ、伝説の〈蒼の剣〉を?)
「恵? どうしたのよ、ぼうっとして。疲れちゃった?」
「へいき。なんでもない」
恵はぶんぶんと首を振って子供じみた空想を追い払う。
どうしてさっき手から離れなくなったのかは謎だが、こうして眺めてみれば、やはりただの錆びた剣でしかない。蒼い閃光を放ったりもしない。
それでもありふれた品ではないらしかった。
「かなり古い物っぽいな。見た事ない型だ」
大きな体を身軽に屈めて、豪太が剣を拾い上げる。
「恵、預からせてもらってもいいか? 少し調べてみたい」
真面目腐った調子で尋ねる。恵は一瞬ためらったすえ、そっぽを向いた。
「好きにすればいいよ。別にぼく……わたしのじゃないし」
「そうか。ならば俺が持って帰ろう。何か分ったことがあればお前にも知らせるから」
「うん! ……う、ううん、わたしは別に、そんなの興味ないけど、ごうくんが話したいっていうなら、聞く」
豪太が手にした剣を何度もチラ見しながら恵は答えた。
「……豪太は恵に甘いんだから」
深雪はひそかに息をついた。
森の中の道を抜け、膝くらいの高さの境石を過ぎて里に入る。
切株に腰を下ろして待っていた文音が、三人を見て跳ねるように立ち上がった。
「おかえり、遅かったな」
「あ、ふみねちゃん、ただい……」
「こらっ、ふみねーー!」
耳の底を突き破りそうな怒声に、半端に口を開いたまま恵は思わず首を竦めた。
豪太と並んで前を歩いていた深雪は、文音に向かって一人ずんずんと速度を上げる。
「あんた、なに恵のこと置いて一人で先に帰ってんのよ! もし恵に何かあったらどうするつもりよ、この役立たず!」
「あいたっ」
ぺしりと頭を引っぱたかれ、文音は暴力反対というように両手を上げた。
「えー、だって恵が一人にしてほしそうだったからさ。邪魔したら悪いかなって」
「そういう時はね、少し離れた所から見守るの。いざって時にはすぐに駆けつけられるようにね。いい? 女の子を守るのが男の一番の役目なんだから。あんただって一応は男なんでしょ?」
「うーん、たぶんそうだと思うんだけど。みゆ、確かめてよ」
「な、何してんのよ、あんた!?」
「恥ずかしいけど、みゆになら見せてもいいかなって。そうだ、どうせなら見せっこしよう。ほら、みゆも脱いで」
「馬鹿、ヘンタイ、近寄るな、あっち行け!」
「いてえっ。ちょっと待って、本気で痛いから、蹴りは勘弁!」
「うるさい、地の底に沈め! このケダモノ!」
文音は両腕で身を庇いながらしゃがみ込んだ。深雪は構わずがしがしと蹴りまくる。文音は情けない悲鳴を上げて、しかしそのわりに楽しそうだ。まさか痛いのが嬉しいわけでもないだろうけど。
「ふ、二人とも、喧嘩は駄目、だから」
間に割って入るため、恵はじりじりと近付こうとする。
「隙あり、ていやっ」
「や? ちょっとやめ、やめてって、あははは」
深雪の足を受け止めた文音が、逆襲とばかりにくすぐりにかかり、深雪は身をよじって笑い出した。
まるで見えない壁に阻まれたように、恵の足が停止する。
「うー、もうっ」
恵は下を向いてつま先でがしがしと地面を削り始める。そこに新たな剣が埋まっているわけもなく、せいぜい小石が出てくるぐらいだ。
「ふわっ?」
恵は驚いて口を開けた。頭の上に大きくて温かい物がかぶさっていた。
「ふにゃあ~~っ!?」