第三十七回
狙うべき場所はひどく小さい。ほんの木の実ぐらいで、普通のネズミの体にもすっぽりと納まってしまうほどだ。
剣を力任せに振り回しても駄目だろう。絶対に当てられっこない。
逆に恵は意識して力を抜いた。剣を握るのではなく、剣を感じる。手の続きが剣と成り、剣がそのまま恵と繋がる。己と剣とを一筋の流れとする。
(それで良い、我が主よ)
「うん」
剣のお墨つきを貰った恵はただ短く相槌を打った。あれこれ悩んでいる暇はない。あとは野となれ山となれ。
まさか恵の決意に感応したわけではあるまいが。
“チュッ”
未だ苦痛の残る様子ながらも、再び恵の方に向き直った大ネズミの赤い凶眼には、あたかも憎悪の火が燃えているかのようだ。
「覚悟しろ。ぼくがおまえの玉を、空の向こうに還してやる」
“チュチュッ!”
瞬間、大ネズミの体が視界いっぱいに広がった。恵を喰らうどころか一息に押し潰そうとするような勢いで迫り来る。
「……ひ、ひゃっ」
股の間が、じわりと温かく湿り気を帯びる。
それでも恵は下がらない。無様にしゃがみ込んだりもしない。
「へ、へいきだもん! まやかしなんかに負けないぞ!」
大ネズミが躍りかかる。恵は剣を頭上高くに振り上げる。
吹きかかる生臭い息も恐ろしい門歯も根性で黙殺し、巨大な体の奥に埋まった黒い歪な塊だけに意識を集める。
一閃。




