第三十六回
「ふみねちゃん!? ……え、何がどうなって」
助かった、と安心するより前に、頭が今の状況に追い着かない。
恵はともかくも体を起こすと、お尻で這いずるようにして後ろに下がった。
大ネズミはチュウチュウと甲高く鳴き喚いている。ひどく苦しんでいる様子だが、ぱっと見た限りでは怪我もなくさっきまでと違いがあるようには──いや。
「……ひょっとして、縮んでる? うん、やっぱりそうだ。あいつ、小っちゃくなってる!」
気のせいなどではなかった。未だネズミとしてはあり得ない大きさだが、外の皮を幾枚も取り去ったかのように胴体がしぼんでいる。
このままどんどん小さくなり続けて、そのうちただのネズミに戻るか消えてしまうのではないか。
しかし都合のいい期待は思わぬ形で打ち消された。
(否だ、我が主よ)
頭の中で響いた声は無視することのできない強さを持っていた。恵は師の教えを受けるように心の耳を傾けた。
(あのものを形作る多くは実体にあらず。故に容易に揺らぐ。されどそれは戻るもまた容易ということ)
言葉遣いが古めかしくてとっつきにくい。だがおよその意味は理解できた。
「放っておいたら、また前の大きさになっちゃうっていうこと?」
(然り。あるいはさらなる殻をまとうかもしれぬ)
「そんな」
つまりもっとでっかくなるかもしれないということだ。嫌過ぎる。
「どうしたらいいの」
恵はごく自然に尋ねていた。果たして本物の〈蒼の剣〉が語りかけているのかは知る由もないが、今はひたすらに信じるだけだ。
(玉を討つのだ。さすれば歪みし幻は消え去らん)
「玉を……」
恵は目を凝らした。
どうやら大ネズミはしだいに回復し始めているようだった。むやみに身を震わせることが減り、それまでぶれて薄く見えていた体が再び元のような、いや元よりもいっそう強固な質感を取りつつある。
そしてその最も深い場所に、まるで闇が凝り固まったかのように暗く濁った部分があった。
あれだ。恵は直観した。あれを斬れば魔物を倒せる。〈蒼の剣〉はそのためにこそある。
「やってみるよ」
恵は足を踏み締めて立ち上がり、剣を構えた。
「絶対に……やってみせる!」




