第三十三回
「恵、無事か?」
頼もしい声が横合いから掛かる。もちろん豪太だ。危ういと見れば恵の助けに入り、好機と見れば自ら斬り掛かっていけるような、隙のない位置取りをしている。
「ぼくはへいきだよ。ごうくんは怪我ない?」
「俺はこういう時のために鍛えている。正直、魔物相手に戦うことが本当にあるとは思っていなかったがな。だがお前を守るためならどうとでもするさ。だから余り無茶は……おい、恵っ!」
「ここはぼくに任せて! ごうくんはみゆちゃんとふみねちゃんをお願い!」
何も自棄になったわけではなかった。少しばかり無茶なのは認めるとしても、無理ということはないはずだ。
いける。この剣があれば。
本当に昔話に語られているような聖剣なのかは分らない。単にネズミの苦手な物で出来ているだけなのかもしれない。
理由なんてどうでもいい。重要なのは、大ネズミが剣に触れられるのを避けようとしているらしいことだ。ならば。
「打ち込めさえすれば、倒せる!」
信念を持って大ネズミに斬り掛かる。
やはりそうだ。
豪太の山刀はまるで歯牙にもかけなかったくせに、恵の剣が迫ると大ネズミは火を向けられた獣のように急ぎ飛び退く。
ここにいたって攻守は逆転していた。恵が剣を振って追い掛け回し、魔物はそれこそ小ネズミでもあるかのごとく逃げ回る。
「なんだ……一体どうなっている?」
豪太は面喰らって山刀の構えを下げた。まるで旅芸人の演し物でも見ているかのようだ。
しかし妖物の類についての知識は持たずとも、戦いに関しては恵よりよほど確かな眼を持っている。すぐに同じ推測に達した。
「おそらくはあの剣だな。何か霊気のようなものでも発していて、それが奴にとっては毒なのかもしれん。しかしだからといって、あんなふうにただ腕で振り回しているだけでは……」
豪太の懸念は正しかった。さらに付け加えるなら、恵は些か調子に乗っていた。
「そいやっ」
大きく弧を描き、恵は剣を下段から跳ね上げる。大ネズミが後ろにかわす。
よし、ここだ!
恵は心中で叫んだ。今こそ枯れ枝の剣で特訓した(断じて剣士ごっこ遊びなどではない!)成果を見せる時。
“秘剣、松葉返し!!”
ひとたびは上に向かった切っ先が、まるで松の葉の根元のように急角度で折れ曲がり、一転して斬り落とされる。逃げる大ネズミを追い撃ちに討ち果たす!
「やっ、あ? あうんっ」
これまで幾度となく練習を繰り返してきた。動きは体が覚えていた。だがいかんせん剣は小枝よりも重かった。
勢いがついた切っ先を思う通りに操ることができず、力んだ上体は均衡を失い、崩れた重心が足元を滑らせる。
恵はものの見事に引っ繰り返った。
大ネズミのまさしく目と鼻の先で。




