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キミのタマはボクのモノ 巻の一  作者: しかも・かくの
第四章 空ろなる聖所と初めての戦いについて
32/42

第三十二回

 豪太は単身で大ネズミと渡り合う。だが防御するだけで精一杯といった有様で、いくら山刀を振るっても相手は小揺るぎもしなかった。このままではいずれ体力が尽きて妖物の餌食となってしまいかねない。

「豪太、やられたりしないよね……ちょっと文音、なにぼけっと見てんのよ。早く助けに行きなさいよ、男でしょ!」

 眉を吊り上げた深雪が文音の背中をどやしつける。

「がはっ……痛てて、一瞬息止まったし。んー、豪太が必死こいてるとこにおれがのこのこ出張ってもなあ、たぶん足手纏いにしか……あ、でもみゆが今晩おれを男にしてくれるって約束してくれるんなら頑張る。それまでは絶対に死ねないって思えるもんなっ」

 台詞のひどさにはそぐわず、やけにいい笑顔を文音は向ける。

「な、馬鹿、あんたなにを」

 あろうことか深雪はおそらくは怒り以外の理由によって頬を染め、対して恵は足元の地面を力一杯踏みつけた。

「もう、ふみねちゃんってばまたそんな。いいよ、あいつはぼくがやっつける! 二人は下がってて! えーいっ」

 落ちていた石を拾い、恵は大ネズミに向かって投げ放った。

“チュッ”

 きっと大した痛手ではなかっただろう。だが大ネズミは鬚を震わせると、ぎろりと恵に睨みをくれた。

「来い! おまえなんか怖くないやい!」

 やけっぱちのように叫び、全力で駈け出す。大ネズミがすぐに後を追ってくる。

 勝算というには遠くても、一応恵なりに策はあった。防御力が弱そうで、そのわりに効果が大きそうな箇所を狙うのだ。そのためには顔の傍まで近付く必要がある。

 けれど正面から間合を詰めるのは荷が重い。一気に跳びかかって来られたら応じられる自信がない。

 だからあっちから迫らせる。ぎりぎりまで引き付けて、振り向きざまに、「ていやっ!」だ。

 あの長い鬚を叩き折ってやる。

 恵は走りながら背後を窺った。

「ひんっ」

 そして思わず飛び上がりそうになる。予想以上に近い。もう狙いをつけないと。頭では分ってるのに、逃げる足はいっかな止まろうとしない。

「恵っ!」

 豪太が懸命に追いすがり、大ネズミの尻に山刀を浴びせる。が、やはり弾かれるばかりだ。

「わ、やだっ」

 背中にぞくりと悪寒を感じ、恵は咄嗟に右に折れた。間一髪、風圧を残して大ネズミが行き過ぎる。

「……おしっこ洩れるかと思った」



「待って恵、そこはいけないわ! いや、豪太もそんな強引にしないで、ああっ、だめぇ!」

 繰り広げられる二人と一匹の決死の追い掛けっこを前に、深雪は身悶えしていた。実に心臓に悪い。ただ突っ立っているだけの深雪の方が、走り回っている恵達よりきっと冷たい汗をかいている。

「みゆさ、さっきの見た? ちょっと面白かったよな」

「はあっ? あんたこんな時にどういうつもりよ! あんまりふざけてると股の間にぶら下がってるもの握り潰……」

 深雪ははっとして口を噤んだ。乙女として余りにはしたない、と自重したわけではなく。

「恵が投げた石、ちゃんと当たったっぽかった。恵だからかな? でも石はただの石のはずだし」

「……全然意味分んない」

 文音の口元には仄かな笑みがあった。思い付きを楽しんでいるふうでありながら、目に宿る光はらしくもなく鋭い。

「ひどく怒ってる奴ってさ、近寄り難かったりするだろ。でも雨に振られたら普通に濡れるし。もしかしたら、それと同じことなのかも」

 文音がおかしくなった。深雪が困惑の極みに陥っている間にも、文音は腰に吊っていた鉈を手に取って歩き出す。

「ど、どうする気なの?」

「ちょっと試してくる」



 ──あ、当たった?

 恵は半信半疑で大ネズミから距離を取った。

 ぎりぎりまで引き付けてから「ていやっ!」戦法は、確かにさっきよりは上手くできた。だが今度はまだ間合が遠過ぎ、いっぱいに手を伸ばしても届きそうになかった。それでももっと敵が接近するのを待ち切れず、恵は剣を横に薙いだ。狙いがでたらめの刃は当然空を切る。

“ンチュッ”

 だが大ネズミはまるで痛がるような声で鳴くと、剣の長さよりずっと大きく後ろに下がっていた。

 こちらを向く赤い眼に恐れの気配があると見えるのは、ただの恵の心なしだろうか。

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