第二十八回
樹々が途切れ、高く上った太陽が枝葉に遮られず望める場所に出る。
「あそこだよ。おれが恵を見付けたの」
文音は足を止め前方を指した。地面が斜めに落ち窪んだ先、切り立った断崖の裾に、暗い穴が口を開けていた。
高さは七尺(2.1メートル)ばかり、幅も同じほどだろう。奥行きはこの位置からでは測れない。逆光の作る影の中にあるせいか、はるか地の底まで続いているようにも思われた。
まるで不可視の糸に引かれたように、恵は窪地を下り始めた。歩みはむしろ緩やかだが、一方でためらうこともなく、洞窟に近付いていく。
無手だった。豪太が与えた革鞘は背に負っているものの、剣に触れようとする素振りはない。
即ち危険な気配は察していないということだ。だがそれは必ずしも平穏無事であることを意味しない。
ついに入口まで至り、恵の姿が洞窟に消えてほどなくのことである。
「ひゃんっ」
およそ恐怖からは遠い響きだった。それでも悲鳴に間違いなかった。
「……恵!」
豪太は斜面を駆け出した。常に傍らに寄り添ってこその守り人のはずである。それなのにみすみす恵だけを行かせたのは言語道断の誤りだった、とばかりに懸命に足を動かす。深雪と文音も追ってくるが、いち早く豪太が洞窟に辿り着いた。
恵はすぐに見つかった。入口からほど近い場所で、鼻を押えて地面に尻をついている。一目大きな怪我はない。豪太は周囲の探索に注意を移し、その間にやって来た深雪は恵の前に屈み込んだ。
「どうしたの恵!? 大丈夫!?」
「ん……へいき。ちょっとぶつけただけ」
受け答えはまともだ。少なくとも意識ははっきりしている。
「いったん外に出るぞ」
「わふっ?」
豪太は問答無用で恵の身を抱き上げた。すぐそういうことするんだからもう、という目を深雪は向けたが、今気に掛けるべきは恵の方だ。
「あんた鼻血が出てるじゃないの……でも大したことはないみたい。頭が痛いとか気持ち悪いとかは?」
「最初はくらくらしたけど、今はなんともないよ」
瞳は焦点が合っている。顔色も悪くない。いつもの恵だった。さっき森の中で迷い掛かったあたりから、微妙に近寄り難い雰囲気を醸し出していたのも元に戻っている。深雪は安堵の息を吐いた。
「自分だけで勝手に先に行こうとするからこういう目に遭うのよ。恵はちゃんとあたし達の手の届く所にいること。いい?」
鼻の頭を指先で弾いてやる。恵は「あうっ」と呻いて顔を仰け反らせた。
「ごめん。ぼく……わたしもよく分んないんだけど、奥までずっと進めるような気がしたんだよ。なのにすぐ行き止まりだったから」
「勢い余って顔をぶつけたってわけね。でもその程度で済んで良かったわよ。もし穴とか急な段差があったら、大怪我してたかもしれないもの」
洞窟に入っていた文音が戻ってきた。中にいた時間の短さからして、さして興味を引くものはなかったようだ。




