第二十七回
豪太のこめかみに太い青筋が立った。
「文音、お前はそんな厄介な場所に恵を連れてきたのか」
怒鳴り散らすのではなく、声音はむしろ低い。地鳴りのような迫力があった。
「いやだって恵が連れてけって……」
文音が後退りしつつ言い訳するが、豪太は聞く耳を持たない。
「いいか、もしも恵が無事に帰れなくなるかもしれないと承知の上で、あえて踏み込んだというなら」
「そりゃあ豪太は怒るわよね。誰より恵が一番大事なんだもの。おまけでくっついてきただけのあたしのことなんて気にしないで。自分でどうにかするから」
「……深雪」
豪太は物を喉に詰まらせたような顔をした。
「なあに」
深雪は半ばそっぽを向いたまま応じる。
「もちろん深雪のことも大切だ。仲間だからな」
「へえそう。ありがと」
深雪はにこりともしない。文音は他人事みたいに提案した。
「もう今日はやめにするか? おれはどっちでもいいんだけど。あと帰るのには迷わないから。たぶん」
「ああ、ここは引き返すのが上策かもしれん」
豪太は考える素振りをしたが、実質結論は出ているのも同然だった。これ以上先に進めないのであれば、労を費やす価値はない。
「大丈夫だよ。このまま真っ直ぐ」
「ちょっと恵? いきなり……ひゃっ!?」
ふいに一人で前に立った恵の袖を引こうとして、深雪は驚いて腕を縮めた。
背に負っていた剣を恵が滑らかに抜き出した。正眼に構える。
ごっこ遊びはともかく、恵がきちんと武術の習練をしたことはない。
豪太のように心得のある者の目からすれば、重心の置き方から柄の握りにいたるまで、正すべき点は数多くある。
なのに不思議と形になっていた。
風が流れるように恵は剣を振り上げ、振り下ろした。切っ先が蒼の光を曳いて地に落ちる。
──ふつり。
元よりそこには何もない。だが空が断ち切れる音を、確かに皆が聞いた。
恵は元の通り剣を鞘に納めた。
「もう入れるようになったから。ふみねちゃん、案内してよ」
どこといって外見に変化はない。年の割に幼げな容貌がいきなり成長を遂げているわけでもない。
「おう、そうなんだ。じゃあ行くか」
話し掛けてきた相手を二度見して、文音は頷いた。




