第二十六回
道行きは順調だった。日が高くなるにつれて立ち籠めていた靄も消え、梢の向こうにのぞく秋空は蒼く澄み渡っている。
人の手が入っていないわりに足元は進み易い。柔らかな草や落ち葉の上を踏んでいくのは、突き固められた道よりもかえって心地良いぐらいだ。
「たまにはこうやってのんびり歩くのもいいものね。やらなきゃいけないこととか全部忘れちゃってさ。いつもより大きく息ができるような気がするわ」
深雪は自らの言葉を実践するように深く息を吸って吐いた。
四人とも山に入ることは日常の暮らしのうちだが、いつもは何かしらの仕事のためだ。歩くのを楽しむような余地は少ない。
文音は既に地形をすっかり憶えているのか、道も標もない中を苦もなく先に立っていく。
左側の斜面から迫り出すようにしてある大岩を通り過ぎる。遠くで山鳥の鳴く声がする。額に滲む汗を涼しい風がさらっていく。
時折のふとした会話の他は、ひたすら前へと進み続ける。
左側の斜面から迫り出すようにしてある大岩に手を掛けて、深雪は竹で作った水筒の中身を一口含んだ。
「ふう、おいしい。たまにはこうやって何も考えないでのんびり歩くのもいいわね……って、さっきも言ったっけ。それと気のせいかもしれないけど、ここって」
深雪は大岩をぺしぺしと平手で叩いた。豪太が振り返って頷く。
「ああ、暫く前に通った場所だな。文音、どういうことだ。お前本当に行き方を憶えているのか」
明らかに咎める響きだったが、文音はいつものごとく平然としている。
「もちろん。おれそういうの得意だし。豪太だって知ってるだろ」
「それはそうだが」
豪太はよく文音と一緒に猟に出る。獣を狩る技はともかく、方向感覚の確かさは豪太も大いに頼りとするところだ。
「ならば迷ったわけではないのだな」
「迷ったよ」
「……何?」
「なんか知らないけどさ、来るたびにこの辺で迷うんだよな。最初に恵を迎えにいった時を除けば先に進めたためしがないの。面白いよな、ははは」
文音は気安げに笑った。ごまかしや言い逃れなどではなく、純粋に面白がっているのは確実だった。




