第二十回
「……このくらいなら大丈夫でしょ。すぐ目立たなくなるわ。豪太がちゃんと薬も塗ったんだし」
そうよね、と深雪は傍らを仰ぎ見た。
ああ、と豪太はしかつめらしく頷いた。
まなざしは真っ直ぐ恵に向いている。深雪は微妙に苛立ったが、意地の悪いことを言うのはやめておく。だいたい豪太に非難されるべき点などない。
さっきだって、ただ恵の頬の傷の具合を確かめようとしていただけだった。
なのにひどい早とちりをした挙句、深雪は庖丁を振りかざして突撃したのだ。豪太と恵が唖然と見返す光景は、暫くは思い出す度のたうち回りたくなること必定だ。
だがそれはそれとして、なおも重大な問題が残っていた。
「ところで、恵はどうして、豪太のところに?」
声が裏返らないように気をつける。構える必要はない。おじいちゃんの用で、みたいな答えがあっさりと返ってくるに決まっている。
「えっと、それは……」
だがなぜか恵は後ろめたそうに顔を逸らした。そして助けを求めるように豪太を見やる。豪太は恵の肩に手を置いた。
「決めるのはお前だが……深雪には打ち明けてしまってもいいんじゃないか」
何それ。
深雪のこめかみがひくりと震えた。まるで、二人はもう通じ合ってるんです、みたいな遣り取りではないか。
「めーぐーむ? 豪太といったいどんな内緒なことをしてたのかなー? 洗いざらい話してごらんなさい。ほら、早く。隠すと体に悪いわよ?」
「みゆきちゃん、顔が怖い……」
「まさかとは思うけど、ゆうべは一緒に寝た、なんてことがあったりしないわよね?」
「えっ、寝てないよ! だったらいいなとは思うけど、起きてすぐに来たんだもん」
「……へえ。だったらいいなとは思うんだ。だってさ、豪太、聞いた?」
深雪は暗く湿った目で睨みつけた。豪太は広い肩をぎこちなく竦めた。
「この通り俺は体がでかいからな。父親といるようで安心できるらしい」
「そういうことなら、まあ……一応は良しとするけど」
恵が幼い頃に両親を亡くしていることは深雪も当然知っている。完全に納得したわけではないにしろ、余り強くは突っ込みづらい。
恵もいつもに比べると元気がない。
「だからっていうのもおかしいんだけど、ぼくのとうさまとかあさまのこと、ごうくんが何か知らないかなって思って、それで」
「それで、こんなに早くから? ちょっといきなり過ぎじゃないの」
「夢を、見たんだ」
戸惑う深雪の前で、恵はいっそう思い詰めた風情になった。
「ごうくんにも、ちゃんとは言ってなかったよね。山の中で、真っ黒な獣に襲われる夢。だけど熊とか猪なんかじゃなくて……あれはきっと、魔物だった」




