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キミのタマはボクのモノ 巻の一  作者: しかも・かくの
第三章 闇の奥の過去と新たなる冒険の始まりについて
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第十八回

 薄暗い朝だった。靄が重く立ち籠めているせいで、見通しがろくに利かない。

 恵の暮らす屋敷は里の最も奥まった位置にあるが、豪太の住まいは麓への降り口に近い辺りだ。道の先がふと消えてしまうような心細さを覚えつつ、やがて人のいることを伝える薪割りの音が耳に届くと、恵はにわかに足を速めて豪太の家の裏手へ回った。

「ごうくん!」

 斧を軽々と振り上げる勇ましい様に誘われ、逸りながらも弾んだ声を投げる。

「むっ!?」

 だがいかにも間が悪かった。

 不意打ちに名を呼ばれて、豪太は手元を狂わせた。斜めに入った刃は薪を真っ二つに断ち割る代わりに半端な木片を伐り飛ばす。

「いつっ」

「恵!」

「……いったぁー」

「待て、触るな」

 頬に鋭い痛みが走り、傷を確かめようとつい伸ばした恵の手を、持っていた斧を放り出していっさんに駆け寄ってきた豪太が掴む。

「血が出てる。もし悪い毒でも入ったら命にかかわる」

「ちょっと掠っただけだよ。へいき」

「駄目だ。ちゃんと手当てするぞ。顔に痕でも残ったらどうする」

「そんなの、ちょっとくらい……」

 もともと大して見目良い作りでもないのだ。深雪はよく恵のことを可愛いと褒めてくれるが、そのくせ綺麗とか美人だとか言われた憶えはなかった。

 だが恵が抗ったところで豪太の力に敵うはずもない。強引に井戸の傍まで引っ張っていかれ、汲み上げたばかりの水で傷口を洗われる。

 正直少し煩わしかったがされるに任せる。

「埃や木っ端は落とした。薬を塗ろう。うちに上がってくれ」

「はあい」

 今さら遠慮しても仕方がない。豪太に手を取られて屋の中に入る。

 天堂の家では、普段は鍛冶や研ぎの仕事を主に担っている。怪我をすることも多いため、治療の準備はいつでも万端整っている。

「恵様か……このような早朝から何用です」

 居間に入ると、豪太の父親の鋭悟(えいご)が手仕事を止めて不審げな目を向けた。

 鉄で枠を作ったようながっちりした体格をしており、口の周りはこわい鬚で覆われている。容易に近寄り難い雰囲気の持ち主だ。

「天堂のおじさん……えっと、お邪魔します。ちょっと引っ掛けて血が出ちゃって」

「さようか。豪太めが不始末をしたようで」

 恵は曖昧にぼかしたが、鋭悟は大方の事情を察したらしい。頭を下げる。

「違うの! ぼく……わたしが急に声を掛けたのが悪くて」

「失礼、所用があるゆえわれは外します。恵様はどうぞごゆるりとしていかれよ。豪太、くれぐれも粗相のないようにしろよ」

「分ってる」

 ではご免、と鋭悟は一礼すると奥に下がった。

「恵、適当に座ってくれ」

 豪太に促されるまま恵は腰を落とした。ゆるく膝を抱える。

「ぼくが急に来たの、おじさんは嫌だったみたい」

「気にするな。親父が自分の都合で出て行っただけだ。ちょっと上を向いてみろ」

「ん」

 恵は素直に顎をあおのかせた。豪太が前に膝を付いて屈み込む。

「へんなにおいがする」

「その分良く効く。我慢しろ」

「うーっ」

 眉間に皺を寄せた恵の頬の傷に、豪太がごつい指の先に取った膏薬を付ける。

「沁みるか?」

「へいき。どっちかっていうとくすぐったいかも」

「すまなかった。この程度ならすぐに治ると思うが……どうあれ俺がきちんと最後まで面倒を見る。心安んじて任せてくれ」

「もう、ごうくん大袈裟だってば。じゃあさ、もし傷がすごく膿んじゃったりして、ぼくが今よりもっと酷い顔になっても仲良くしてくれる? お嫁さんにしろーって押しかけちゃったりするかも」

「いいぞ」

 即答だった。思わず恵は目を丸くした。しかし豪太の面には冗談の影もない。丁寧に薬を塗り伸ばしている。

「ひとまずこんなところか。暫くはなるべく触らないようにして、ん、どうした」

「ごうくんの体って大きいから。こうしてると、とうさまに抱っこされてるみたいな気がする」

 恵はことんと豪太の胸に頭を預けた。

「あったかい」

「俺は父親代わりか……まあ、いい」

「え? なあに、ごうくん」

「別に、ただの独り言だ。それより何か用があったんじゃないのか。理由もなくわざわざ俺のところまで来たわけじゃないだろう」

「うん、その、ちょっと知りたいことがあって」

 恵は身を離した。うつむいた後、ふと思い出したように尋ねる。

「そういえばさ、あの剣のこと何か分った?」

「いや、正直さっぱりだ。由来はおろか、材質さえ判別できてない。錆の具合からすると鉄のようなんだが、それにしては軽いしな。試しに研いでみるにしても、下手をすると傷を付けるかもしれん。まずはお前に断りを入れてからと思っていた」

「そうなんだ。分った、やってみてよ。ぼくも興味あるもん」

「承知した。話はそれだけか?」

 なにげない口調だったが、恵は胸を突かれたように息を止めた。

「……とうさまとかあさまのことなんだけど」

 かなり予想外の話題だったらしく、豪太は相槌も打たずに眉根を寄せた。

「地滑りに遭って死んじゃったって、本当?」

「それは」

「嘘なんでしょ? 本当はぼくのせいなんだ……ぼくのせいで、とうさまとかあさまは魔物に……あの真っ黒い獣に!」

「待て恵、落ち着け」

 震える恵の肩を、豪太は力を込めて抱き締めた。

(おさ)に何か言われたのか?」

「おじいちゃんは何も……もし訊いたって、ぼくが傷つくようなこと教えてくれるわけないし。里の他の人達ならなおさら。だけどごうくんならって」

「期待してもらって悪いが、そんな話は初耳だ」

「……ごうくんも、ぼくに隠すんだ」

「違う。だいたいあの時は俺だってまだ五つかそこらだぞ。詳しい事情なんか知るわけないだろうが」

「えっ、五つ!? ごうくんが?」

 恵は素でびっくりした顔をした。己の腕の中にいる年下の幼馴染みを、豪太は心外そうに見下ろした。

「お前は俺をなんだと思ってるんだ。二つしか違わないってのに」

「そう……だよね。そうだった。ごめん、ごうくん。ぼくが馬鹿だった。ごうくんが頼りになるからって、何も考えないで押しかけちゃって……」

「それはいい。一人で悩まれるぐらいなら、打ち明けてもらった方が俺としても気が楽だ。お前に頼られるのは嬉しいしな」

「え……へへ。ありがと。やっぱりごうくんっていいな。ごうくんのお嫁さんになれる人は幸せだね」

 恵は嬉しそうに頬笑んだ。豪太は恵のつむじを柔くはたいた。

「たわけ。話を戻すぞ」

「うん」

「言った通り、具体的なことは定かじゃない。だが山で何かあったことは確かだ。俺のうちも里もやけにぴりぴりしていたのを憶えてる。次の長になるはずの人が妻子もろとも行方知れずになれば当然だろうが」

「もろともって、じゃあぼくも!?」

 重苦しい夢の記憶が蘇る。ではやはり恵も両親と一緒に山の中にいたのだ。

「たぶん二日かそこら経ってから、お前は無事に見付かって保護された。俺が教えられるのはこのぐらいだが……考えてみれば確かにおかしいな。いくら不幸な出来事だったとはいえ、まるで話題にも上らないというのはかなり不自然だ。それほどまでに隠したい、触れたくないような何かがあるのか……?」

 豪太は思案に沈みかけたが、恵の不安げなまなざしに気付くと、しっかりと抱き寄せて背中をさすった。

「案ずるなよ。真相がどうだろうと、万一お前に原因があったとしてもだ、俺は絶対にお前の味方でいる。俺だけじゃないぞ。深雪と……文音もな」

「うんっ」

 豪太が最後に渋い表情を浮かべたのには気付かず、恵は自らを励ますように頷いた。

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