表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キミのタマはボクのモノ 巻の一  作者: しかも・かくの
第三章 闇の奥の過去と新たなる冒険の始まりについて
17/42

第十七回

 恵は顔を逸らすことさえできないままに、己に近付く死を見つめた。

「逃げろ、恵!」

 いきなり強く体を突き飛ばされた。転げながら目の端で捉えたのは、斧を持った男が獣の前に立ち塞がる姿だ。

「恵、逃げるの! 早く!」

 地面の上に四つん這いになった恵を女が背後に庇う。

 どうして自分のいる所が分ったのかと、ことさら驚きはしなかった。

 母だ。星がさやぐのを聞き、風がきらめくのを見る母が、恵の魂が揺らぐ場を感じ取ったのに違いない。

「とうさまっ! かあさまっ!」

 母と父が来てくれたのなら怖いことなど何もない。

 石のように硬くなっていた体が再び息をすることを思い出す。

 恵は我知らず震えてしまうのに抗いながら、頼もしい助けの存在に力を得て振り返った。

 ──え?

 獣が父に喰らいついていた。

 漆黒の影に蔽い尽くされ、叫び声すら上げえずに崩れ落ちる。

 呆然と目を見開く。意味が分らない。

 厚く積もった落ち葉の上に倒れて、深い眠りの淵に沈んだように動かない父の体を踏み越え、黒く禍々しいものが近付いてくる。

「……ぐむ、めぐむちゃん!」

「あ……かあさま、とうさまが……」

 有無を言わせず母は恵を抱き締めた。恐ろしい光景が遮られ、馴染んだ温もりにくるまれて、恵は全霊でしがみついた。

「めぐむちゃんはだいじょうぶ……だから安心してお眠りね。こわいことは全部わすれて……おやすみ、めぐむ……いつまでもしあわせなゆめを見続けられますように……」

 かなしいかなしい夢を見た。

 床の中に横たわったまま、恵は頬を伝う涙を拭った。

「今のって」

 ただの夢、なのだろうか。それとも本当にあったことなのか。

 既に夜は明けていた。恵は体を起こすと、冷たい水で洗うように両手で強く顔をこすった。朝の気に身を馴らすため、大きく息を吸って吐く。

 山の中で地滑りに巻き込まれて両親は亡くなった。

 恵はずっとそう聞かされて育ち、今まで疑問を抱いたことはなかった。全ては恵が眠っている間の出来事であり、だから何も憶えていなくても当然だ。

 嘘、だったのかもしれない。

 恵の心に傷を残さないための、優しい嘘。

 ならば無理に真実を知る必要などはない。

 もし祖父母や里の人達が何かを隠しているとするなら、それは誰より恵のためであるはずだ。

 皆の気遣いを無にしてまでわざわざ恐ろしい記憶を掘り起こして、一体誰が得をするというのだろう。

(いつまでもしあわせなゆめを見続けられますように……)

 恵を最も深く愛してくれただろう母が、最期に願ったこと。

「このままでいい、よね。だってぼく今幸せだもん。だからずっとこのままで」

 ──本当か?

 胸の奥が波打った。声は頭の中で響いた。確かに昨日聞いたのと同じものだった。

 ──我が主よ、汝は本当に幸福でいられるか? 汝自身を知らぬままで?

 やはりあの〈(あお)(つるぎ)〉が語りかけているのだ、と恵は幼子のように信じ込んだりはしなかった。

 たぶん正体は自分の心だ。山の中で拾った不思議な剣に託して、思いを言葉に移しているのに違いない。

「でも」

 だとすれば、それこそ自分の正直な気持ちだということになる。

「よし。行ってみよう」

 確かめるのだ。勇気を出して。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ