第十六回
「みゆきちゃんにって、どういう……」
わなななく恵を置き去りに、文音はやけにいい笑顔で望みを語る。
「楽しみだなー。今日も触ってみて思ったけどさ、あいつもう結構おっぱい膨らんでるんだよな。直接ならもっと触り心地いいだろうなー」
「さ、触ってみて……? それに、今日も、って」
「あ、恵も一緒に入る? おまえだって揉んでみたいだろ。女のおっぱいっていいよな。つい目がいっちゃうもんな」
「ふみねちゃん」
恵はおもむろに立ち上がった。湯滴が肌を滑り落ちる。一呼吸の後、体の前を覆っていた腕をそっと脇に下ろしていく。
「ん、なに?」
文音は首を傾げた。恵の裸身に視線が向かい、少しして元に戻った。どうやら「つい目がいっちゃう」ような部分はなかったらしい。
両掌いっぱいにお湯を掬う。
「ふみねちゃんの、ばかちんーっ!!」
「あばっ!?」
文音めがけて渾身の力でぶっかけ、容赦なく突き飛ばし、即座に窓を閉め切る。
そのまま暫らく息を荒くしていたが、いからせていた肩を落とすと、恵は浴槽の底に尻をついて丸くなった。
「ふみねちゃんのばか」
ぺたんこの胸をそっと撫で、お湯に沈みながらこぼした悪口はあぶくになって消えた。
のぼせた。
身を以て知った。
熱めのお風呂に浸かったまま、ぐるぐると甲斐なく悩むのは体に障る。
恵は一つ賢くなった。つまりその分大人の階段を上ったわけで、成熟した女の色香を纏った恵に、文音がめろめろになる日も近い。
「はぁ……ふぅー」
夕食もそこそこに、常より早く寝床に入った恵だったが、頭がぼんやりしているわりに無心の眠りはなかなか訪れなかった。
「や、だめ、やっぱし暑い」
上掛けを足元に蹴り飛ばす。
「ううん、ちょっと寒いかも」
だがそれから幾らも経たないうちに、冷気が襟首に忍び込むのを感じて、はがしたばかりの布団を引っ張り上げる。
そのうちまたじんわりと汗が滲んできた。恵はうつぶせになって枕に頬を押し付けた。息苦しさを覚えたが、すぐに寝返りを打つのも怠かった。暫く我慢しているうちに体はどんどん重くなっていった。いつしか上掛けまでが妙に圧力を増していた。まるで獣にのしかかられているかのようだった。払い除けたくてももはや身動ぎさえままならなかった。ふらりと気が移ろいそうにそうになった。
──カハァ、クゥフォー
ぞっとするような唸り声とともに、生ぬるく湿った風が、耳の裏に吹きつけた。
捕まった。
恐怖が背骨を這い上る。
なに? なんで?
頭の中で疑問が渦巻く。
だが心の奥底では理解していた。
言いつけを破って一人でお山に入ったりしたからだ。
境の奥には魔物が棲む。行き逢えば魂を喰らわれる。
ぬかるんだ地面に突っ伏した幼い恵は、小さな身を軋ませるようにして背後の絶望を振り返った。
漆黒の獣が、闇をも呑み込むあぎとを開く。