表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キミのタマはボクのモノ 巻の一  作者: しかも・かくの
第三章 闇の奥の過去と新たなる冒険の始まりについて
13/42

第十三回

「ただいま」

 帰宅した(めぐむ)に答える者はいなかった。よくあることだ。代々の里長(さとおさ)の住む古い屋敷はむやみに広く、三人で暮らすには持て余す。

 もうずいぶん日も暮れた今時分は、隅にわだかまる暗がりにふと吸い込まれてしまいそうな心細さを覚えたりもする。

「よいしょっと」

 しかし背負い袋を土間に下ろした恵は昂っていた。桶に溜めてある水で手足の土埃を落としながら、「ふひひ」とひとり笑いを洩らす。

 掌にはまだ文音(ふみね)の温もりがしっかりと残っている。

 幼い頃は当り前にそこにあった。毎日のように手を繋いで遊びにいって、手を繋いで帰ってきた。

 今も仲がいいことに変わりはない。恵にとっての一番はいつだって文音で決まりだ。けれど文音にとってはどうなのか。

「……またかっこ悪いとこ見られちゃったし」

 本当は文音だって共に戦う剣士だったのだ。小枝を振るって見えない魔物と斬り結び、恵が危なくなれば我が身を顧みずに助けてくれた。

 ──ぼくとふみねちゃんが力を合わせれば、なんだってできる。なんにだって、負けない。

 恵は本気で信じていた。たぶん、文音も。

 あの頃の文音なら、恵が見つけた剣にきっと目を輝かせていたはずなのに。

「っていうか、あれってどういうものなんだろう」

 豪太(ごうた)が首を捻るぐらいだから、古くて珍しい品なのは間違いない。だが型の特異さや骨董的価値の有無などは恵にはどうでもいい。

 あの剣には不思議な力がある。小枝よりもずっと重いのに、非力な恵の手にも驚くほど自然に馴染んだ。それこそくっついて取れなくなるほどに。

 けれど深雪(みゆき)にはそんな奇妙なことは起こらなかった。

 ひょっとすると自分は特別なのではないか。伝説の聖剣に秘められた力を引き出して、自在に操れたりするのかも。もしもそうなら。

「ぼく、またなれるかな」

 文音にとっての一番に。

「──何をぼんやりしとる」

 恵はびくりと肩を震わせた。

 恐る恐る顔を上げると、祖父がいつにもまして険しく眉間に皺を寄せていた。

「ずいぶん遅かったの。こんな時間までどこで何をしとった」

「た、ただいまおじいちゃん、ごめんなさい、すぐおばあちゃんのお手伝いするね!」

 急いで手足を拭い土間から上がる。だがもちろん祖父はたやすくごまかされはしなかった。

「恵。儂が訊いてることに答えんか」

「はい……山菜採りの途中で遊んでた。今度から気をつけます」

 ぺたんとその場に正座する。

「天堂の倅も一緒にか?」

「ううん、ごうくんはちゃんと真面目にやってたよ。ぼくが悪いの。ぼく……わたしが、一人で勝手にみんなと離れて、んあうっ」

 石のように固い拳が頭に落ちる。衝撃に目の前がくらっとする。

「絶対に山の中で一人になるな。儂はそう言わんかったかよ?」

「うう……はい、言いました。ごめんなさい」

 痛むつむじをさすりながら涙目で頭を下げる。

「仕方のない奴め。今度やりおったら土蔵の中に放り込むからな。三日は外に出さんぞ」

 恵はひたすら神妙にする。祖父はやると言ったら本当にやる人だ。

「それで、なんぞ危ない目には遭わんかったろうな」

「へいき、怖いことは全然」

「怖いことは? 他はあったんか」

「えっと、それは……」

 何やら珍しい剣を拾った。別に大したことではないはずだった。祖父は恵の身を心配しているだけなのだから、熊を相手に斬り掛かったとかいうのでもない限り、たぶん張り倒されたりはしない。

「どうした」

 白い眉の下の眼光が威圧感を増す。

 祖父に嘘や言い逃れは通用しない。それに恵が黙っていたところで、山で剣を見付けて持ち帰ったことは、豪太の父親からいずれ祖父の耳にも入る。内緒にしてほしい、などと今から頼みにいけるはずもない。

 それでも恵は打ち明ける気にはなれなかった。

 あるいは魔物と戦うための武器だったかもしれない物に、自分が触れたことは。

「恵」

 恵は下唇を噛みしめた。物心がついて以来、一度も憶えのないことをしようとしていた。

「何があった。正直に言わんかい」

「や……」

 やだ。面と向かって祖父に背く。

「あら恵ちゃん、おかえり。疲れたでしょ。もうすぐご飯できるからね」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ