第十一回
「──それで。わざわざ俺を呼びつけた理由は何だ。まさかただ女装姿を眺めて楽しみたかっただけ、というわけではあるまい」
とはいえその可能性も捨て切れない、と半ば疑りつつ麻太智は尋ねる。
「まさか」
晴花は言下に否定した。それからついっと膝を寄せてくる。
「兄様と愛し合うために決まってるじゃありませんか」
首筋に湿った吐息を吹きかける。
「ずっとお慕い申しておりました。妾の全てを差し上げます。そして兄様を妾のものに……」
麻太智はうんざりと首を振った。
「お前の悪ふざけにつき合うためだけに禁を犯せるか」
「そんなつれないことを仰らずに。幼い頃は兄妹も同然に育ったとはいえ、妾と兄様はただの従兄妹同士、気に病むほど血は濃くありません。きっと健やかな赤子を授かれますわ」
「そういう問題ではない! ……まったく、もう少し御身の重要性を弁えたまえよ。畏れながら、蒼の君、臣めは国を破る禍を呼ぶ因となるつもりはございません」
しなだれかかる晴花から麻太智は体を引き離し、膝行して後ろに退る。冗談であれ本気であれ断じて一線を越えはしない、と態度でも表す。
厳しく拒絶するのは、何も麻太智の気持ちの問題の故ばかりではない。
蒼の君は人の身にして神の霊をその内に宿すものだ。
もし只人と交わり俗世の物の気で穢さば天地陰陽の理を乱して大いなる滅びをもたらさん──と伝えられている。
古言がそのまま真実であるかは措くとしても、蒼の君に尋常ならざる力が備わっているのは確かだった。
晴花は拗ねたように従兄を睨んだ。
「妾だって、徒に国や民草を蔑ろにするつもりはありません……けれどいずれ長くは持たないのでは? なら我慢して純潔を保ってもつまりませんもの。自由に相手を選べる立場ではありませんし、その点、兄様ならば都合が良……男振りも申し分ありませんし」
「やはり耳に入っていたか」
晴花の言葉の後半部分を麻太智は無視した。
「西の地に魔物が出たとか」
晴花もごく自然に話題を切り替える。もともと麻太智の報告を受けることこそ本来の目的だったのだろう。
「西園寺殿は素っ惚けていらっしゃいましたが……未だ妾に報告すべき段階ではないと静観しておられるのか、知らせるだけ無駄だと妾のことを舐めくさっているのか。兄様はどう思われます?」
「両方だろうな」
麻太智の答えは早かった。既に自分でも検討していたようだ。
「確かに兆しはあった。作物が実らず里が襲われ人が絶える。だがそれが伝説に云う毛枯れや魔物によるものと断定するほどの証拠は見付からなかった。凶作や野盗の仕業だとしても十分に説明がつく。もし後者ならば君の出る幕はない。今のところ量も質も異常とまではいかぬしな」
「人の手に負えぬほどになってからでは遅いでしょう。いっそ蒼の剣でもお探しになってはいかがです、兄様?」
「本当に実在するものなら考えよう。雲を掴もうと試みるような虚しい努力だろうがな」
「不確かな伝承のせいで愛を禁じられることの方がもっとずっと虚しいですわ。大丈夫、怖くありませんよ。ちゃんと優しくしてあげます。さ、兄様、妾のところにいらして」
晴花は艶然と笑みながら麻太智に両手を差し伸べた。