第一回
山の中、である。夏は既に過ぎかけて、日が落ちるのもだんだん早くなっている。
樹々を渡る風は冷たさを運び、反対に光を持ち去っていくかのようだ。
夜が近付いている。
──暗くならないうちに、森を出ること。
山に囲まれた会生の里に育った恵にとって、そんなのは改めて言われるまでもない心得だ。
なのに恵は踏み分け道を下りる足を止めていた。幼い顔立ちのわりに太く立派な眉をひそめて、背負ったリュックの中の山菜や薬草をかさこそいわせながら、道を外れて奥へと進む。
「あれって……」
やけに真っ直ぐに生えた草、ではない。
なぜか地面に突き立った枝、でもない。
「……つるぎ?」
恵は半信半疑といった態で呟いた。
ひどく錆びついていて、金属らしい光沢などまるっきり失われているものの、形からしてきっとそうだ。柄を上に、刃の部分を半ば以上埋もれさせる格好で土に刺さっている。
恵はまるで見えない糸に引かれるように近付いて、手を伸ばした。
「ふひゃんっ!?」
思わず変な声が洩れた。
まるで柄が掌に吸い付いてきたみたいな気がしたのだ。
てっきりざらついた手触りを予想していたのに、最上等の陶器みたいに滑らかで、深い谷の清水みたいに冷たくて、好きな男の子の手みたいに頼もしい。
恵は赤面した。
頭を振って、とある少年の面影を振り払い。
「やっ!」
思い切って、剣らしき物を地面から引き抜いた。
「やっぱり……本当に剣だ、これ」
柄頭から切っ先まで赤黒い錆に覆われて、熊や猪を退治するのはおろか、野菜を切るのにも苦労しそうな有様だが、半ばで折れも曲がりもせずに直ぐに伸びた姿は美しくて力強い。
刃の放つ蒼く眩い輝きは、いっそ神々しいと称えたいほどで──。
「んんっ?」
恵は首を傾げた。眉根に皺を寄せて、刀身に顔を近付け、瞬きを一回、二回。
輝きなどどこにもありはしない。試しに指先で少しばかり土を払ってみても、錆の下の本来の刃面はわずかも現れない。
けれどただの錯覚と片付けてしまうには印象が強烈過ぎた。蒼い閃光がまだ眼の奥に残っているような心地がする。
となると、考えられる可能性は。
恵は息を呑み、柄をぐっと握り締めた。
「あ、いたいた、おーい、めぐむー」
不意打ちだった。胸の鼓動が大きく跳ねる。
咄嗟に剣を隠す場所を探してわたわたと視線をさまよわせ、だが見付けられないでいるうちに、足音が後ろから迫る。
「何してんだ? とっとと帰ろう……」
「と、とりゃあーっ!!」
「ぜ?」
迷いも悩みも一刀両断とばかりに、振り向きざま両手で思い切り剣を振り下ろした恵は、思わず瞑ってしまっていた目を恐る恐る開けた。
「……ん」