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開戦

次の日、夕方。作業を終え、通い慣れた山道を下るカガンと広翔。

「なあ、広翔様。」

「ん?」

「イタクの奴を許してやってくれねえか?」

「イタク?ああ、昨日の事か。」

 イタクと言うのは昨日、クウガイ様の前で口論になった男だった。がたいも良く、リギス村の中でも1、2を争う豪傑だろう。だがその反面、血の気が多く時折村人を困らせていた。

「あいつも根は悪い奴じゃないんだが、何分あの性分だ。自分の思い通りにいかない事には納得できない人間でな。それに・・。」

「それに?」

「嫁を魔族に殺されておる。1年前にな。」

「魔族に?確かファレイの母親も1年前、魔族に・・・。」

「そうだ。そいつに殺されたんだ。この村じゃ珍しい話じゃない。特に厄介なのは人の肉を食らった魔族。そいつは間違いなく村を襲う。人間の味を覚えちまうと人間を餌と認識しちまうからな。」

「その魔族に殺されたと?」

「・・・ああ。ファレイの母親を襲い、肉の味を覚えたのだろう。2日後に村を襲いに現れたよ。その時、寝ていたイタクとイタクの嫁さんを襲ったんだ。この村の周辺にいる魔族は、頭は良くねえ。獣といっしょだ。だが、獣だからこそたちが悪い。単細胞ゆえ、考えることを知らない。」

「・・・魔族と手を組んだロジを許せないと言う事か。」

「いや、それは違う。単にクウガイ様を殺されたのが憎いんだろう。あいつはクウガイ様を慕って村を作った初期メンバーだからな。思い入れは誰よりも強い。」

「・・・あの怒りはそういう事だったのか。心配するな。怒っちゃいないよ。それに、彼には大切な仕事を任せてある。」

「大切な仕事?」

「ああ。ロジの町民はクウガイ様の事件があって心が揺らいでいる。ウヘイの討伐に協力してくれる人間も居るだろう。イタクにはその勧誘に回ってもらっている。」

「・・・そんなに簡単に行くのかい?」

「さあな。ただ、ロジの町でもウヘイを討とうとする声は上がっている。可能性が無いわけじゃない。そこはイタクにかかっている。」



 そして一か月後・・・。

「出来た・・・。」

 夢にまで見た白い粉。泥土化した糞尿を煮詰め、記憶を頼りについに硝石づくりに成功した。

「これが、広翔様が作りたかったものですか?」

「・・・そうだ。この粉を作りたかったんだ。火を近づけるんじゃないぞ。爆発する。」

「だが、こんな粉だけでどうやってロジの奴らに勝てってんだ?何百人を相手に何とかなる代物に見えねえが。」

 どう見てもただの粉。何らかの現象を起こせる粉だとしても戦で戦況を変えるような代物だとは思えない。

「たしかにこれだけじゃ不十分だ。後はヤスケの到着を待つ。」

「ヤスケ?あの商人のですか?」


「お待たせしました。」

 荷馬車で村に現れたヤスケ。運んできた物は大量の竹筒。

「なんだこれ?竹筒ならリギス村にもあるだろ。」

「違いますよ旦那。これは広翔様の指示で作った商品でね。なんでもこいつが武器になるとか。」

「こいつが?」

 竹筒を手に取ってみると端に金属が埋め込まれており、少し加工してある。だが、肝心の使い方が分からない。中が空洞ならば殴っても衝撃を吸収するため武器には向かない。用途が分からず不思議そうな顔をする村人を余所に広翔はその出来栄えに納得した様子。

「ホントにこいつが武器になるんですか?」

「ああ、立派な武器だ。どれ、さっそく試し打ちといくか。」


 村人数人を連れ畑へと移動する。紙に包んだ粉をサラサラと筒の中に入れ、準備をする広翔。

「あの粉、俺達が作ったやつだろ?あんなもの入れてどうするんだ?」

「さあ。だが、武器になるとか言ってたからな。」

「しっ!終わったみたいだ。」

『いくぞ!』と声を上げ、構えを取る広翔。火門から着火し、固唾を飲む。辺りは沈黙し、緊張感が張りつめる。村人が広翔に釘付けになる中・・・。

『ズドンッッ!!』

「!!」

 煙を上げ、突然カミナリが落ちたかのような轟音が起こる。突然の音で数人の村人が腰を抜かし地面へと倒れる。

「あ、あああ・・・。」

「なんだ・・今の音・・。」

「炎が見えたぞ。魔法か何かか?」

 謎の爆発を前に困惑する村人たち。彼らを余所に広翔は打ち終わった後の竹筒を確認する。

「耐久力は・・・やはり一発が限度か。火薬の調合は思ったよりも良いな。おそらく不発も起こりにくいだろう。・・・成功だ。よっしゃあああああ!!」

 久しぶりに広翔から笑みがこぼれた。結果に満足し、竹筒を高く掲げ、喜びを爆発させる。

「広翔様、今のが武器ですか?」

「ああ、そうだ。この世界は火薬が無い。これを作ることが一番の課題だったんだ。こいつがあれば百人・・いや、千人力だ。」

「その竹筒がですか?」

「そうだ。こいつは『突火槍とっかそう』と言ってね。漫画で見た武器だけど意外と上手くいったな。」

「漫画?」

「あ、ああ。書物だよ書物。竹をくり貫いて筒にするんだ。その中に火薬を入れて、『ズドン』さ。」

「なるほど・・・。」

 『火薬は弾け飛ぶ』。そう認識する村人たち。今まで見たことの無い兵器を前に皆が困惑する。

(だが、これだけでは勝てない。所詮は使い捨ての銃の玩具だ。)

「改良はするが基本は完成だ。後は皆がこいつを操れるようになれば、ロジにも勝てる。」

 足りない部分を感じながらも前進はしている。村人たちに不安を与えないように強がる広翔。火薬の効果を目の当たりにし、村人たちが抱いていた広翔への疑心は吹き飛びかけていた。


 ・・・ロジ。ウヘイの屋敷。

 広大な屋敷の中をうろつく一人の魔物。細身でありながら周りの人間を見下ろすほどの長身。紺色の肌と黒い翼を漆黒のマントで隠し、赤い目で周りの人間を威圧する。

「これはこれはギュイ様。わざわざご足労いただき、ありがとうございます。言ってくださればこちらからお伺いしましたのに。」

「構わん。だが、ウヘイよ。私が何故ここに来たのか分かっているか?生贄はどうなっている?こちらの要望に対して人数が合わないが?」

「そ、それは・・・。」

 ギュイの赤い目がウヘイを睨む。能面のように激しい形相で迫られ、思わず萎縮するウヘイ。

「ひ、ひい。すいません。ですが、クウガイが死んでからと言うもの、町の奴らも反抗心が強くこちらの要請にも・・・」

「言い訳は無用!!貴様を生かしているのは町を治める人間だからだ。代わりはいくらでもいる。」

「そ、そんな・・・。」

「もっと賢い人間だと思ったがな。私の部下を派遣してやる。この町の奴らを屈服させろ。」

「は、はい・・。」

「メイダラックが落ちて以降、貴様らは生かされていると言う事を忘れるな。もしそれを怠るようであれば・・・その首切り落とすぞ。」

 伸びた爪でゆっくりとウヘイの首筋をなぞるギュイ。ジワリと赤い液体が滲み出し、滴となり首筋を流れ落ちる。

「ひ・・ひいっ!!」

 自分に拒否権は無い。そう確信したウヘイは豚のように目を細め、涙を浮かべながら床に崩れ落ちる。

「返事はいらない。行動で見せてくれると期待しているぞ。」

 そう言い残し、その場を後にするギュイ。震えが止まらず、下半身が動かないウヘイ。冷たい汗を拭きとり、ギュイが本気であることを思い知る。

「だ、駄目だ・・・。殺される。」


「おらっ!!娘を出せ!!」

「嫌っ!お母さん!!」

 屈強な男たちに腕を引っ張られ、無理やり連れて行かれる少女。

「娘を返せ!!ふざけ・・ぐはっ!!」

「悪いな。俺たちのエサだ。ノルマに協力してもらうぜ。」

 父親を殴る魔族。岩のように固い拳が父親の頬を砕く。僅か一撃で足へとダメージが伝わり体の自由を奪う。

「お父さん!!」

「おら、行くぞ!!」

「ぐ・・ぐう・・・。」

(何故だ。ウヘイの奴・・ここまで乱暴に・・・。)


 人通りの中を歩く男二人と魔族。前を歩く男達より頭二つは高い魔族は人の目に付き、自然と人々は彼らを避けて歩く。

「やはり魔族を前にすると効き目はでかいな。」

「そりゃそうだろう。誰が魔族相手に喧嘩を売るってんだ。頼みますよ。この調子ならノルマもあっと言う間だな。」

「まかせておけ。1,2発殴れば人間どもも静かになるだろう。まあ、1,2発で死ぬかもしれぬがな。」

 我が物顔で歩く男達。その様子を物陰から伺うカガン。情報収集を含めた買い付けの最中だった。

「・・・・。」


「・・・という訳です。魔族が徘徊している事からロジも魔族の町になりつつあると思われます。」

「ウヘイの奴、町民よりも魔族を優先したか。」

 村の男たちと共にカガンからの報告を聞く広翔。

「放っておけ。」

「ですが、この様子だとまたリギス村にも被害が及ぶと・・・。」

「準備はもうすぐ整う。ロジの治安が荒れるのはこの際、好都合。」

 ウヘイの横暴を歓迎する広翔。魔族と手を組んだ事に憤りは感じず、ロジが荒れた事を喜んでいた。

「町民でウヘイを支持する者もいないだろう。」

「でしょうね。付き合いのある業者も毎日悪口を漏らしていますから。ですが魔族と組まれると厄介です。」

「決戦は近い。簡単にはいかないが覚悟を決めておけ。クウガイ様の敵討ちでもなんでもいい。皆が俺と共に戦ってくれることを期待している。」

『・・・・・。』

「・・・俺はクウガイ様の仇を討ちたい。別に仇討ちをクウガイ様は願っちゃいないだろうが、仇討ちもせずに死んだんじゃ俺が死にきれねえ。」

 イタクが言葉を述べる。その言葉に村人も同意していた。大半の人間はクウガイ様に恩がある。その結束は固い。火薬の凄さを目の当たりにしてから、村人たちは広翔を信じ始めていた。

「広翔様。クウガイ様は最初からあなたを信じておられました。今、ここに居るものであなたを疑っている人間も居ないでしょう。俺たちはあなたに着いていきます。どうか我々を勝利に導いてください。」


 ・・・その夜。ファレイはふと目を覚ます。隣で寝床に着いた広翔の様子が少しおかしい。

「・・・・。」

 自分に背を向け、なにやら小さく震えている。

(広翔様?)

 思わず身を起こし、彼へと近寄る。

「!・・ファレイ。」

「あ・・・。」

 目に飛び込んできたのは震えながら涙を流す広翔の姿。村人に対し支持を出すいつもの彼とは反対の弱々しい姿。

「な、なんだよ。突然。」

「怖いのですか?」

「・・・・。」

 その言葉で無言になる広翔。ばつが悪そうに沈黙する。

「まあ・・ね。怖いよ。戦が近づくのは・・・。」

 心の内を吐き出す。相手がファレイでなかったら言えないセリフだった。この村で一番距離の近い彼女だからこそ言う事が出来た。

「向こうの世界でただのフリーターだった俺に皆が『着いていく』と言っている。責任もあれば恐怖もあるよ。」

「私もですよ。戦を前にこの村の人間で怖くない人なんていないでしょう。」

「・・・だからだよ。だからこそ俺が皆の支柱にならなけりゃ駄目なんだ。柱が弱くて家が建つかってんだ。」

 ガラにもなく強がる広翔。苦笑いを浮かべる彼を悲しそうな目で見つめ、ゆっくりと広翔の隣に座るファレイ。そして・・。

「!!」

 広翔の布団に潜り込むファレイ。彼女の香りが鼻を掠め、思わず動揺する。

「な、何を・・・。」

「あなたの隣で寝させてください・・・。」

「・・・・。」

 気まずそうに背中を向ける広翔。その背中に手を当て、目を瞑るファレイ。広翔の鼓動を感じながら彼女は眠りにつく。

(広翔様はこの村の救世主。それは間違いありません。ですが、その前に一人の人間なのです。過剰な期待を一人が背負うのは限界があります。せめて、その負担が少しでも軽くなれば・・・。)


 数日後。リギス村に5人の男がやってきた。それはウヘイに雇われた荒くれ者たち。村に着くなり横柄な態度で村の代表者への謁見を求める。

 使われていないクウガイの家へと通される男達。そこで数人の村人と共に広翔が顔を出す。

「こんなガキが村の代表か。」

 広翔を見るなり見下す様に言葉を放つ髭面の男。周りの男もそう思っているのか顔がニヤつき、馬鹿にした態度を取る。

「ウヘイの使者か。何の用だ?」

「おいガキ。口のきき方に気を付けろよ。『ウヘイ様』だ。どちらが上か分かっているだろ?」

 看板を背負っていると思っているのだろう。『ウヘイ』と呼び捨てにされたことでさらに強気になる。

「どちらが上か?ならば貴様も分かっているのか?代表者を前にしている割には礼儀が欠けているとは思わないのか?」

「礼儀だ?俺たちの気分を損ねる事はロジの判断に関わる。どっちが上か下かなんて見るまでもないと思うがな。ウヘイ様からの命令だ。若い女を差し出せ。チンケな村だが何人かは居るだろ?」

 広翔に詰め寄り脅迫するように威圧する男。緊迫した中、村人たちはピクリとも動かない。

「・・・・・。」

(またあいつはそんなことを言い出したのか。)

「あ!?どうなんだ?てめえが代表なんだろ?さっさと判断を下しやがれ!!」

 男が広翔の胸ぐらを掴もうとした瞬間、広翔が右腕を男の腰元へと伸ばす。

「!?」

「・・これが答えだ。」

『ドスッ・・』

 男が差していた刀を抜き取り、即座に腹部に突き刺す。男が刺されたことに気付いた時には大量の血液が床を染め、体の力が消えかけていた。

「てめ・・え。」

「ロジの判断に関わるんだろ?ならばこれがこの村の答えだ。」

 刀を抜き、崩れ落ちた男を見下ろす広翔。一瞬の出来事に周りに居た荒くれ者達も呆気にとられる。

「ふざけんなてめえっ!」

 仲間を殺され怒鳴り声をあげる男。

『ドサッ・・ドサッ・・』

 横に居た仲間が一人、二人と倒れる。後ろを振り向くと周りに居た村人が仲間を殺していた。その手に握られた血の付いた短刀。殺意が込められた村人の目と凶器を目の当たりにし、男は震えあがる。

「な・・あ・・。」

「村の総意だ。分かるな?」

 刀を振り下ろし、一人残された男の命を絶つ。先程まで吠えていた男たちはわずか数分で喋ることのできない肉塊へと姿を変えた。

「・・・これよりロジの町に宣戦を布告する。敵はウヘイただ一人。この戦が大商人ミコラスの子孫、屋代 広翔の伝説の始まりになる!!」

『オオオオオオオッッッ!!!!』

 広翔に促され雄叫びを上げる男達。結束は固くなり、誰もが勝利を疑わない。広翔が放った『大商人ミコラスの子孫』。この言葉がカリスマ性をさらに高めていた。

(初陣だ。絶対に負けるわけにはいかない。)

 『負ければ死』。村人が高揚する中でかつてない重圧を感じる広翔。だが、それを胸の奥で隠し、広翔はついに動き出す。

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