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クウガイの覚悟

「まさかクウガイ様直々に来られるとは思いませんでしたな。」

 煌びやかな着物で肥満体を包み、色鮮やかな絹のマントを羽織った男。ロジの町の町長、ウヘイである。

「足を悪くしたとお聞きしましたが、お元気そうで何よりです。」

「ふん。心の無い言葉ほど受けてイラつく物は無いな。この椅子も趣味が悪い。背もたれがいびつで落ち着かぬわ。」

「これはお言葉ですな。その椅子一脚でリギスの村人の半年分の収入になるでしょうな。」

「高ければ良いと言う物では無い。物には役目と言うものがある。おぬしはそれを理解しておらん。」

「ここへはそれを伝えに来たのですか?」

 説教に嫌気が差したのか、話を切り上げようとするウヘイ。もちろん、クウガイもそれを言いに来たわけではない。無駄話を打ち切り本題へと入る。

「・・・聞けばお主、若い娘を生贄として魔族に献上しておるらしいな。」

「そうです。」

 悪びれもせず、平然と答えるウヘイ。その傲慢な態度を前に苛立つが、ウヘイが罪悪感を持つ人間で無いことは分かっていた。

「魔族と付き合うには生贄が必要。しかも魔族でも上の者は舌が肥えてましてな。『男は嫌だ』と申すのですよ。」

「・・・町の民を犠牲にしてまで自分の地位を守りたいか。」

「御冗談。民は守っております。ですが犠牲は仕方がありません。ロジだけでは賄いきれなくてね。リギス村にも協力していただかないと。」

「よく言う。町のお主の評判を知っておるか?『魔族に魂を売り、町の人間を家畜としか思っていない糞野郎だ』と噂しておる。」

 出された紅茶に口を付けながらウヘイの言葉を嘲笑するクウガイ。その瞬間、ウヘイが木製のティーテーブルを両手で強く叩く。

「ジジイ・・。いい加減にしろよ。下手に出てればいい気になりやがって。」

「・・・本性を出したな。着飾った言葉が受け入れられないのは気付いていただろうに。その腹黒さが受け入れられぬ理由だ。」

「黙っててめえの村の女を差し出せ。何人かはいるだろ?」

「冗談のセンスが無いな。貴様のような者に大事な村人を渡す理由が無い。ワシはお前とは違うのだよ。村人を守る義務がある。」

「綺麗事を。てめえが断れば大事な村人とやらを皆殺しにすることも可能なんだぜ。これは商談では無い。強制だ。」

 殺意が込められたウヘイの言葉を耳にしながらクウガイは紅茶を飲み干し、カップをソーサーへと置く。

「・・・確かに貴様が言うようにリギス村には抵抗する力は無い。じゃが、それが個人ならば別。」

 ゆっくりと立ち上がりウヘイへと近づくクウガイ。

「どういう意味だ?」

「・・そのままの意味じゃよ。大勢いては勝てぬが、それが一人ならば話は違う。諸悪の根源は絶たねばならぬ。独裁国ほど頭を潰した時にもろい物は無い。」

「ジジイッ!!俺を殺す気か?だがその足で何が出来る!」

「・・・誰がお主を殺すと言った?死ぬのは・・・ワシじゃ!!」

 小刀を逆手に持ち替え自分の胸に突き刺す。老体から大量の血液が吹き出しウヘイの前で片膝をつくクウガイ。

「ぐ・・ぐうう・・・・」

「な、何を・・・。」

「わしの死がお主を窮地へと導く。同族である人間を侮ったことを悔いるがいいわ・・・。」

 血の海に浸りながらクウガイは息を引き取る。老人の亡骸を前に呆然とするウヘイ。

「お、おい!!誰か!誰かおらんか?」

 使用人を呼ぶウヘイ。その声を聞いた一人の男が室内へと姿を見せる。

「いかが致しまし・・こ、これは・・・。」

「クウガイ様が自害された。医者を呼べ。まだ助かるかもしれぬ。」

『まだ助かるかも』。嘘だった。この出血を見て助かると思う人間はいないだろう。人手を呼びに使用人は部屋を飛び出す。再び老人と二人になるウヘイ。

「何・・たくらんでやがる。このジジイ・・。」

 自殺したウヘイ。その死に顔は不気味にも笑っていた。至福を感じての笑顔ではない。それはまるでたくらみを持った人間が成功を確信したかの様な・・・。ウヘイの言葉が耳から離れない。

「『独裁国家ほど頭を潰した時にもろい物は無い』。・・・俺を殺す気か?」


 その後、クウガイ様が亡くなられたというニュースがロジの町に広がる。遺体は余生を送っていたリギス村へと運ばれ、村民たちは悲しみに打ちひしがれる。


「ううっ・・何てことだ・・・。」

 クウガイの遺体を前に泣きじゃくる村民たち。もともとこの村は彼を慕った人間達が集まって出来た小さな集落。多くの人間がクウガイに恩を感じていた。

「聞いた話じゃクウガイ様はウヘイの屋敷で自害されたとか。」

「自害!?何故?クウガイ様は直訴に行っただけだ。なぜ自害する必要がある!?」

「し、知らねえよ。仕事でロジに行ったらそう言ってたんだよ。ウヘイからの正式な報告だ。文句があるならウヘイに言えよ!!」

「もしやウヘイの奴がクウガイ様を・・・。」

「それは皆が思っているだろう。理由が無い。そいつが納得いかねえ。」

 次第に矛先はウヘイへと向けられる。すべてを知っているクウガイは遺体となり、語る術を持たない。

「ならばウヘイだ。ウヘイを殺す!あいつの暴策でこっちに被害が掛かる。これ以上あいつの好き勝手にさせていられるか!!」

「・・・それが出来るのか?今のお前らに。」

 広翔が聞こえるように村人に言う。

「あ?」

「出来るのか?と聞いているんだ。相手の戦力差は理解しているだろう?冷静に考えて太刀打ちできる相手ではない。」

「ならばどうするつもりだ!!このまま糞を畑に埋めて、てめえの無駄な作業を続けろと言うのか?」

「・・・そうだ。少なくとも勝算はある。しばらくはこの生活を続けろ。」

「冗談じゃねえ!!クウガイ様の死を無駄にするのか?」

「今動くことこそ・・・クウガイ様の死を無駄にする。」

 威圧するように男を説得する広翔。何かを知っているかの様な発言に男は硬直する。

「・・・何か知っているのか?」

「憶測だ。だが、しばらくは見ていろ。こちらが動かなくても今回の事件であの町は大きく変わる。」


 その夜。ファレイと共に寝床につく広翔。

「すべてを知っているというのは酷な物ですね。」

 背中を向けて眠る広翔に対して聞こえるように言葉を漏らすファレイ。

「それは・・俺の事か?」

「そうです。あの夜・・・。」


 それはクウガイがロジの町へ向かう前日の夜だった。『集会の後、また二人で来るように』とのウヘイの言葉に従い、再びファレイと共にクウガイのもとへと顔を出した。

「さて、広翔殿。そういうことじゃ。ここはワシに任せてくれぬか?」

「・・・余程の自信があるとお見受けします。ウヘイが自分に逆らえないと確信をもっているかの様な。」

「・・・さすがは鋭い。確かにウヘイはワシに手を出さぬじゃろう。だが、ワシが再びこの地を踏むことは無い。」

「それは、その身を犠牲にすると言う事ですか?」

 広翔の質問に沈黙するクウガイ。白髭を撫でて深い溜息をして一度視線を外した後、改めて広翔を見つめる。

「広翔殿・・。戦の準備にはどれくらいの時間が掛かりそうじゃ?」

「・・・4か月。いえ、順調ならば3か月あれば。」

「3か月・・。広翔殿の算段でそれはどのくらいの戦力になりそうじゃ?」

「・・・ロジの町を潰せる程には。」

 偽りの無い真剣な眼差しでクウガイの問いに答える。広翔の頭でどのような計画が練られているのか、クウガイは知らない。だが、その言葉から伝わる自信にクウガイは惹きつけられていた。

「フォッフォッフォ・・・。これは面白い。人口100名にも満たぬリギス村が人口4000人はあるロジの町を落とすと言うのか。しかもその準備期間が半年以下とはな。」

「・・・ふざけて申しているわけではありません。」

「失礼。もちろん大真面目であることは存じておる。あなたがどの様な考えを持たれておるのかは分からぬが、その行く末を見れずにこの世を去るのは少し残念じゃ。」

「では、やはり・・・。」

「・・・昔は純粋な子供だったんじゃがな。権力が奴を駄目にしたのじゃろう。考えなしに魔族と手を組んだことがウヘイの間違いじゃ。町の者も徐々にそれに気付きだした。そして、疑いと言うのは例え小さくても人の心から消すのは難しい事じゃ。ワシはその『疑い』を『確信』へと変える。」

 死に対し、冷静なクウガイ。それは広翔も認めるこの上ない程効果的な作戦。この老人が何故、絶大な信頼を得ているのか、今になって理由を思い知る。

「広翔殿・・。この村・・いえ、この世界を頼みましたぞ。」

「はい・・・。」


「あの時点でクウガイ様は死を覚悟していたのでしょう。」

「・・・分かっている。クウガイ様は自分の死が多くの人間に影響すると知っていたのだ。それを最大限に利用する。ビッグチャンスだ。これを逃すとこちらがやられる。」

「ですが、相手はロジ。ウヘイの言葉一つでこの村は消滅してしまいます。」

「それは無い。クウガイ様が謎の死を遂げた今、リギス村を壊滅させてしまえば、それこそ自殺を他殺へと結びつけてしまう。ウヘイがこの村に手を出すことは無い。」

「その事もクウガイ様は考えられていたのでしょうか?」

「おそらくな。真っ先にこの村を大事にされる方だ。しばらくはロジが無理を言ってくることは無いだろう。つくづく偉大な方だよ。」

 広翔は焦燥していた。クウガイの死はロジの町民の心を揺さぶると同時にウヘイがリギス村に手を出せない状況を作った。ただ、それは一時的なもの。人々が落ち着きを取り戻したころに接触してくるだろう。その前に・・。なんとしてもその前にロジを落とさなければいけない。

「・・・明日も早い。俺はもう寝るよ。」

「はい・・・。」

(広翔様。あなたは決して心の中を見せない。一番近くに居る私に愚痴を漏らすこともせず、常に自信を持たれている。だけど、あなたの心の強さが普通の人間と同じくらいであることを私は知っている。)

 連日の野良仕事で少し広くなった広翔の後ろ姿を見つめながら、やがてゆっくりとファレイはまぶたを閉じる。

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