戦士ケルミス
畑から村へと続く道。木々に日差しを遮られたでこぼこ道を男たちが歩く。
「やっと今日の仕事が終わったな。」
「ああ。一日中、穴掘ったりと臭いうえにキツイからな。結構な重労働だ。川で洗い流さないと嫁が相手してくれねえや。」
「それじゃあ、おめえんとこは子供が出来る予定は無さそうだな。」
「ちげえねえや。」
談笑しながらいつも通りの道を歩く男達。後ろからは広翔とカガンが続く。
「広翔様、どうです?成果は出ておられるのですか?」
「ああ。皆も仕事に慣れたからか、一日にこなす量が増えてきている。あとは出来上がるのを待つだけだ。」
「それにしても広翔様も大分、力強くなられましたね。日に焼けたからか出会ったころよりたくましくなられた気がします。」
「ん?まあ、一日中クワやスキを手にしてれば筋肉も付くよ。最初の頃は手の皮が剥けたり筋肉痛になったりで酷い思いをしたけど。」
「ははは。それは私が初めて畑に出た時と同じですね。この村の男なら誰もが通る道ですよ。」
傾斜が緩くなり、開けた場所へと出るとリギス村の家屋が見えた。
「なんだ、あいつら?」
村長の屋敷の前に人だかりができていた。そして、手綱を木に繋がれている装飾された馬が1頭。
「なんだ、何があったんだ?」
「ああ、あんた。大変だよ。ロジの町長からの使いの方が来てね。なんでも、『若い娘を寄こせ』って言うんだよ。」
「は?なんだそれ。」
「知らないよ。今、クウガイ様が相手をしているけど・・・。」
「・・・なるほど。つまり魔族に献上する娘が欲しいのか。」
「そうです。男を知らない処女をご希望とのこと。当てはまる娘はこの村にも居ると思われますが・・。」
クウガイと対峙し、町長からの要望を伝えるケルミス。ぶしつけな要望だとは理解しているが、それが町長からの指示となれば実行しないわけにもいかない。
「ふむ・・。ケルミスや。おぬし、ウヘイに仕えて何年になる?」
「・・・8年です。」
「もうそんなに経つか。早いものじゃのう。」
白い髭を摩りながら遠くを見る様な眼差しでゆっくりとケルミスから視線を逸らす。
「罪人だったお主が、今はこうして立派に働いておるわけか。」
「・・・・・。」
「メイダラックで上官を殺し、死刑を待つ身だったお主をウヘイが引き抜いた。それを恩義に思って今日までつくしておるわけか。」
「・・・クウガイ様とはいえ、ウヘイ様への侮辱は許されません。」
奥歯を強く噛み、不快感を露わにするケルミス。だが、クウガイは臆することなく話を続ける。
「ケルミス・・。お主も8年仕えて分かったであろう。先代、先々代の町長は確かに優秀な人間だった。人望も厚く町民や町の事を考え行動をしていた。」
「・・・・。」
「それがどうだ。ウヘイの奴はその貯金を使い果たした挙句、魔族に属することを選んだ。」
「・・それは町民に血を流させないため。」
「ならば何故生贄を求める?所詮、魔族は魔族。人間を食ろうて生きておる奴らと協力など、餌である我々が出来るはずがない。ウヘイは自分さえ助かれば良いと思っておるのじゃ。」
「愚弄は許さぬと言ったはずだ!!」
怒鳴り声と同時に腰に差した剣を一瞬で引き抜くケルミス。白銀に輝く冷たい切っ先を突きつけられてもクウガイは瞬き一つしない。
「お前が私に刀を向けるとはな。ここに来た時点で相応の覚悟をしていたと言う事か。」
たった一人の丸腰の老人。押せば倒れそうな老体を前にしながらケルミスの背中に冷たい汗が流れる。
(クウガイ様・・・。この人は常に私の心の弱い部分をかき乱してくる。豊富な知識や人脈を持ちながら、なぜこの人はこんな小さな村で余生を送っているのか。)
「クウガイ様!!」
怒声を聞き、広翔と村の男たちが部屋へと入ってくる。剣を向けたままちらりと広翔を見るケルミス。
「ケルミス様、何を・・・。剣をお収めください!!」
「・・・・。」
村人の声に対し、無言でゆっくりと納刀する。
「人ん家で剣を抜くとはずいぶんと無礼な奴だな。」
「!!」
広翔の言葉が逆鱗に触れる。脅しのつもりで再度、柄へと手を掛けた瞬間・・・。
『すっ・・』
「!!・・・貴様。」
広翔がケルミスの間合いから離れる。動きを予想していたのか、見て動いたのかは分からない。だが、広翔が動いたその判断と動きで『剣に覚えのある人間ではないか?』と疑う。
「ケルミス!!お主がウヘイから受けた任務は村人に喧嘩を売る事ではあるまい。」
「・・・クウガイ様。」
「今日はもう遅い。この村に泊まっていくが良い。なに、悪いようにはせん。相応の答えを明日用意しよう。」
その日の夜、クウガイの家。村人たちと共に集められた広翔とファレイ。ウヘイからの伝言を聞き、皆が怒りを覚える。
「生贄だと?馬鹿な、わざわざ魔族のエサにこの村の女子を差し出せと言うのか?」
「そうじゃ。この村だけでは無かろう。話を聞くとロジの町ではすでに生贄は献上されておるそうじゃ。」
「そんな・・・。」
「人の少ないこの村まで来るとはな。小心者のウヘイの事じゃ。おそらく町民に波風を立てたくないが故にこの村からも集めようとしておるのじゃろう。」
「この村で年頃の女子と言えば・・・。」
一人の村人がぽつりとつぶやく。そして、その言葉に呼応するかの様に皆の視線が一番若い少女へと向けられる。
「・・・わたし・・ですか?」
泣き出しそうな怯えた顔で皆の表情を見つめるファレイ。
「そんな、嫌です!!生贄なんて・・・。」
「だが、このままではウヘイの奴が何をするか・・・。」
「馬鹿!なんで俺たちがウヘイに従わなくちゃいけねえんだ!!あいつは自分の事しか考えちゃいねえ。」
「だが、ロジの町民にしてみれば、自分の町から生贄を出しているのに周りがしねえとなっちゃ納得いかねえだろ。」
村人たちが激しく意見をぶつけ合う。ウヘイの要求を受け入れると言う事は魔族の要求を受け入れると言う事。だが、それを拒めば相応の手を打ってくるだろう。
「静かにせい。ファレイ、安心しなさい。」
「クウガイ様・・・。」
「この村の住人を生贄になどせぬ。」
慈愛に満ちたクウガイの優しい声。その声がファレイの心を救う。涙腺を押さえようとするが、体の奥から感情が溢れてくる。
「・・・・。」
声を殺して泣くファレイを見ながら村人達は罪悪感に襲われる。
「ですが、クウガイ様。それではウヘイが納得しません。他への見せしめにこの村が襲われる可能性も・・・。」
「ワシが行く。直々に話を付けてこよう。」
「クウガイ様が!?そんな、しかしお体が・・・。」
「なに、この老いぼれの無茶でこの村が救えるのならば喜んで行こう。移動手段にはカゴがある。行けぬ事はあるまい。さて、話は終わりじゃ。夜も遅い。皆の者、これで解散じゃ。」
次の日。村の入り口。大勢の村人がクウガイを見送る。
「クウガイ様・・・。」
「心配するでない。話をつけてくるだけじゃ。」
男2人が担ぐカゴに乗り、心配そうな村人に笑顔を向ける。
「では、行きましょうか。」
ケルミスに促されながら正門を後にする。次第に小さくなっていく姿を村人たちは手を振りながら見えなくなるまで見送った。
「大丈夫でしょうか。クウガイ様・・・。」
「なに、心配することは無い。クウガイ様は偉大な方だ。最善の手をいつも考えてくださる。今回もきっとうまくいくさ。」
見送りが終わり、一人、また一人とそれぞれが普段の生活へと戻る。