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ウヘイ

「ただいま。」

「お帰りなさい。」

 帰ってきた広翔を笑顔で迎えるファレイ。

「どうでした?ロジの町は?」

 その質問をされるのは何度目だろう。思わず苦笑いを浮かべながら村長に言ったことを同じように伝える。

「特別な買い物が無い限り私たちは行きませんから。」

「へえ。」

 ファレイが入れてくれたお茶で喉を潤す広翔。なんてことはないただの雑談。こんなものが売ってたとか、こんな祭りがあるとかロジの町の思い出や催しごとをファレイは話してくれた。

「あ、そうそう。これ、お土産。」

 大きな袋をゴソゴソと漁りお土産を取り出す。

「え?わあ、オシャレなコップ。」

 テーブルに置かれたのは2つのコップ。持つ手があり、それぞれ縞模様が描かれた物だった。

「俺のは青と白の縞。ファレイはピンクと白。お茶を飲むにしても少し気分が変わるだろ?」

 自分が今使っている茶器は木製の味噌汁茶碗に近い代物。すぐ飲み干してしまう上に、どうもお茶を飲んでいる気がしない。

「こんなところに持つところが付いているなんて。私、初めて使います。」

「ははは。喜んでもらえて良かったよ。」

(コップ一つで喜んでもらえるなんて。現代の女の子ではなかなか居ないだろうな。)


 数日後。村から少し離れた畑。

「・・・という訳だ。ここに小屋を作ってもらう。小屋と言っても雨さえ凌げればそれでいい。簡易な物だ。」

「それはいいが、本当にそんなことが役に立つのかい?」

 広翔の提案に疑いのまなざしを向ける男達。長老の話ではロジの町に対抗できる武力を身に着けるとの話だった。そのため、村人たちはてっきり剣術修行や武術の訓練をするものだと思っていた。

「ああ、時間は掛かるがこいつは欠かせない。皆の頑張りが勝敗を決すると言ってもいい。」

「まあ、やれと言われればやるが。」

 疑問を感じ、いまいち乗る気ではない男達。対照的に広翔はなぜか自信満々。男達には広翔の意図が読み取れなかった。

「おい、カガン達はどうした?」

「ああ、あいつらはロジの町に出かけたよ。材料集めるんだってさ。」

「材料って確か糞だろ?なに考えてんだ?」


 その頃。ロジの町外れの農場。

「それじゃあ、作業終わりました。」

「おう、ありがとう。」

 リアカーに積んだ幾つものタル。そのタルの中には家畜の糞がぎっしりと詰められていた。一通り仕事を終えたリギスの村人を見送る農夫たち。

「それにしても、家畜の糞なんてどうするんでしょうね?」

「さあな。糞なんて肥料にするぐらいしか利用価値が無いがな。リギス村に畑しかないとはいえ、あんなに要らないとは思うが。こっちとしては引き取ってもらえるだけありがたいが。」

「新しい商売でもするんですかね?」



「それにしても、さすがに不思議そうにしてましたね。」

「そりゃそうだろ。いきなり『糞をくれ』なんて言われたら頭がイカレてると思われても仕方ねえ。」

 愚痴りながら帰り道を歩く村人たち。カガンもこのタルにぎっしりと詰まった家畜の糞が何に使われるかは知らない。

(いったい、広翔様はこれを何に使うつもりなんだ?)



 その後も謎の作業が続く。出来上がった小屋の中では大穴が掘られ、雑草と糞尿を混ぜ合わせた物が大量に土の中に埋められる。

「く、くせえ。」

「壁が無いのが幸いだな。室内だと匂いが充満してるぜ。」

 熟成された糞尿の匂いに吐き気がする。朦朧としながら作業をする男たち。その中には広翔の姿もあった。ただ一人、疑問も持たず黙々と作業を続ける広翔を見て一人の村人が思わず声を漏らす。

「頭狂ってるんじゃねえか?」

「しっ!!聞こえるぞ。」

「だってよ・・・。」

 その後、雑草と糞尿は完全に土の中に埋められる。匂いはまだ消えないが大分マシになった。

「さて、仕上げだ。」

 出来上がった土の上にサラサラと記号を書きだす広翔。

「何してるんですかい?」

「魔法陣さ。」

「魔法陣?」

「そう。こいつで熟成を早める。普通にやったら何年も掛かる作業だが、こいつを使えば数か月で終わる筈だ。」

「はあ・・・。」

(そんな物熟成させて何になるってんだ。)


 それから2か月後のある夜。村の男達がクウガイの家に集まる。

「村長、言わせてもらいますが我々には広翔様が何をなされているのか分かりません。」

「私もです。ロジの町から糞尿を集め、それを畑に埋めるだけ。リギス村はロジの町民から笑いものですよ。」

 不満を募らせた村人たち。誰もが広翔の行動を理解できず、不安は増すばかりだった。

「・・・聞けば広翔様は我々には想像も出来ない未知の物を作ろうとしておられるらしい。」

「それは聞いております。ですが、糞や草を埋めて何になるって言うんですか!」

「そうです。それ以外にした事と言えば、他の畑で花を植えただけとか。とても戦の準備とは思えません。」

 一度吐露すると止まらない。不満の言葉は尽きることなくクウガイに向けられる。一通りの言葉を聞いたのち、クウガイが重い口を開く。

「・・・不満は分かった。だが、今は広翔様を信じるしかない。」

「村長!!」

 クウガイの心は変わらない。異常な行動を聞いても尚、広翔を信じ続けるクウガイに憤りを覚える村人たち。

「聞けば近頃、ロジの町が変わり始めておるとか。」

「は、はあ。町に行き来している者の話では、なんでも税金が高くなったとか。」

「それだけじゃねえ。なんでも町の若い娘を集めてるって話だ。噂じゃ魔族の貢物になってるとか・・・。」

 ロジの町が揺らいでいた。メイダラックが落ちて以降、魔族を後ろ盾にしたロジだったがウヘイ町長の政策が町民の暮らしを圧迫し、反ウヘイ派の声は次第に大きくなっていた。

「近頃はロジを訪れる商人も減り始めてるって話だ。あれだけ貿易で潤っていた町も殺気立ってるとか・・・。」

「村長・・。この村も他人事じゃねえ。このままじゃ俺達、ロジに潰されちまう。」

「ああ。糞なんか埋めてる場合じゃねえ。」

「・・・ならん。我々の知らないことを広翔様は知っておられる。その知識に賭けるのじゃ。よいか?広翔様を疑うな。あの人は我々を絶対に導いてくれる。」

「・・・・・・。」

 皆を諭す様に言葉を放つクウガイ。大岩の様に彼の心が動くことは無いと村人は理解する。そして、広翔への疑心を持ったまま村人たちは村長の家を後にした。


「ほう。これがその畑ですか。」

 穴を掘り、こんもりとした小山が並ぶ畑。雨を嫌ってか、その上には簡単な屋根が取り付けられている。

「そうだ・・。他言するんじゃないぞ。」

 ヤスケと畑の入り口で会話する広翔。作業する村人を見ながら水筒の水を飲み、休憩を取る。

「他言したところで意図がわかりません。脅威に思う人物も居ないでしょう。せいぜい、お茶請け代わりの笑い話が関の山ですな。」

「ならそれで結構。・・・ところで、例の品だが。」

「・・・ご心配なく。祭事に使う器具と言う事で話は通しております。簡単な代物ですので100本単位でもご注文が可能かと。」

「そうか。なら問題ない。あとは、この畑がうまくいけば・・・・。」


 深夜、ロジの町。昼間は露店が並び人でごった返すこの通りも夜のとばりが下りれば閑散として昼間とは対照的な姿を見せる。

 通りの先。町の中央に心臓の様な存在感を見せる石造りの大きな屋敷。町長、ウヘイの屋敷である。次々と出される横暴な政策から町民の不満は積もるばかり。だが、彼の背後には魔族が居る。そのため、町民も苦渋を味わう日々が続いていた。

 ウヘイの屋敷。幾つもある部屋の中で彼が夜に使う一室がある。そこでウヘイは今日も女を囲い、至上の一時を過ごしていた。

「ウヘイ様。失礼します。」

「なんじゃ?夜は入るなと言っておろうに。」

 すだれ越しに蝋燭の光が漏れる。入り口に立ち、距離を保ったままの長身で屈強な男。名をケルミスと言う。

「はっ。申し訳ありません。ですが、メイダラックから生贄の要請が来ております。『至急、次の生贄を送れ』とのことです。」

「むう・・。ゴジュムの奴め。こちらが下手に出ておればいい気になりおって。」

「民の不満は強まっています。少しでも荒立てることは止めた方が良いかと。」

「分かっておる。・・・そうだな。リギス村から取り立てろ。一人くらいなら女子もいるだろ。」

「リギス村!?しかし、クウガイ様の居るあの地でそのような要請をするわけには・・・。」

「構わん。あの老いぼれが何を言おうが関係ない。ワシの手により生かされている事を死ぬ前に覚えておいてもらわないとな。」

「・・・・・。」

「要件はそれだけか?終わったなら下がれ。」

「はっ・・。分かりました。」

 扉を開き、退室するケルミス。ドアの向こうで彼は深いため息を吐く。

(リギス村・・・。先々代の頃より関わりのあるクウガイ様に対し、そのような要請を・・・。ケルミス様は魔族に従うと同時に禁忌に手を染めてしまったようだ。)

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