7.昼食(智哉作)
「智哉の手作り?」
昨日、昼食の用意をしてくるなと言われたから、何も持ってきていなかった。 昼食の時間になると、食堂に向かう生徒と同じ速さで小百合と智哉はこっちに向かってきた。智哉の手には、古風にも風呂敷に包まれた重箱が握られていた。
空いている前の席を反転させて、小百合は座った。智哉も重箱を机に載せ、隣にあった椅子を間に置いて座った。
「そう。今日は智哉が昼食当番よ」
「昼食当番?」
智哉は漆塗り風のプラスチックの皿を配り、それに合った箸も配った。その間に小百合は風呂敷を解き、三段の重箱を崩していっていた。
一段にはちらし寿司が入っていて、他の二つはおかずになっている。どれも店に売っているようなもので、智哉の手作りというのが信じられなかった。
いや、信じるけど。
「交互に昼食を作ってきているんだよ。どっちも手作り弁当を持ってきていたから、労力は同じだしね。得意分野の料理だから、効率は良いし、楽しいよ」
智哉が手を合わせたのを合図に「いただきます」の声が重なった。小百合は素早く自分の小皿に分けていった。智哉も丁寧に自分の分を取っていっているのを確かめてから手を伸ばした。
とりあえず、好きな玉子焼きを小皿に取った。
「美味しい……」
口に入れてすぐに出汁の風味が感じられた。噛む度に口に出汁と卵の味が広がる。これは普通に店に出せるんじゃないかな。
思わず漏れた感想に、智哉は安心したような、ふっと緩んだ笑みを見せた。
「和食はやっぱり智哉ねー。ちなみに私は洋食が得意よ。由宇も昼食会に参加する?」
小百合は満足そうにいろいろな種類を少しずつ食べていた。きちんと全て飲み込んでから話している。
二人の丁寧に箸を口に運ぶ所作や、食事中のマナーの良さは、慣れたものだった。動きが自然で、最近は家族以外で目にすることがなかった。僕は別に気にしないけど、おかずを取る箸は別に用意されている。容姿に加えてのこの礼儀正しさは賞賛に値する。まあ、僕も最低限の礼儀は身につけているけど。
昼食会に参加するということは、僕も順番に昼食を作ってくればいいってことかな。でも、二人の料理の腕は確かのようだし、僕が作ったもので良いのかが疑問だ。
昨年所属していた部活、『環境整備部』通称『万屋』はなんでも屋のような活動内容で、僕は料理部の助っ人をしたことがあったけど。
「僕も料理作ってくればいいわけ? 得意っていえるのは中華だけど」
「「作ってくれるの?」」
驚いたように、期待するように声を揃えてこっちを見た二人の表情は、小さい子供のようにわくわくしたものだった。
口から苦笑が漏れた。僕が作るというのは意外だったようだ。話の流れからそれは当然だと思っていたけど、そうじゃなかったらしい。
そんなに期待されても困るんだけど。
「僕が作るので良ければ。じゃあ、明日作ってこようか?」
「「是非!」」
嬉々とした声は自然と重なった。仲が良いんだな、とそんな様子を見ていつも思う。
いつから二人は仲良くなったのか。このクラスになってから、大体のグループは把握している。四月の初めは二人に接点はなかったはずで。いつの間にか一緒にいるようになっていた。
その中に何故僕を誘ったのか。二人が付き合っているのをカムフラージュするためかな、と疑ってみても、そんな様子はなかった。
理由が欲しいけど、それを訊くのは憚れた。
「じゃあ、何か希望はある?」
「んー春巻きが食べたい。生でも揚げたものでもいいわ」
「御飯は炒飯がいいな」
頷いてから顔を下に向けたまま、二人の希望に必要な材料を考えた。冷蔵庫にある物、帰りに買う物。弁当ということを考えると、冷めても食べられるような物。この時期はまだ、生ものでも大丈夫かな。煮物を口に入れて噛みながら考えを纏めた。
ふと顔を上げると、じっとこっちを見ている二対の瞳に合った。これはちょっと。
照れるじゃないか。
「由宇に見返りなんて求めてないのにね」
「作ってくれるなら嬉しい限りだけど。明日が楽しみだよ」
自然と団欒な空気が漂っていた。昨日友達になったばかりなのに、ずっと前からの付き合いのように感じる。それが僕だけでないならいいけど。
このとき、周りから様々な感情が籠った視線が刺さるのを感じていた。それは、昨年から何度も感じたものだった。それでも、慣れることはない。慣れたくなんてなかった。
羨む者、恨む者、妬む者。それは僕に向けての視線だった。
わかっている。僕はこの中では異質だ。特に目立つことのない、普通の域を抜け出さない顔。クラスでは特別に頭が良いわけでも運動ができるわけでもないと思われている平凡さ。実際、成績は上位で運動は球技以外は大抵平均以上に出来るけど、それを公表していない。昨年部活動や文化祭で一部披露したけど、それを覚えている人は少ないだろう。飽くまでクラスメイトの認識での僕は普通、平凡だ。
だから、僕が二人と並ぶことは変だった。協調性のない『す』繋がりの三人、というだけで。友達になるのが不自然だった。
でも、二人が必要とするなら別だ。二人が僕と友達になりたいなら、僕がそんな理由で拒絶するのはおかしい。協調性のない『す』だけの繋がりが、友達という関係になってもいいじゃないか。
周りの視線を無視して、僕は二人に笑顔を向けた。