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4.真弓夏目

「あっ真弓くんだ」

 靴を履き替えて帰ろうとしたところに、真弓が保健室から出てきたのを小百合が見つけた。真弓は体操着のジャージに着替えていた。

 保健室は靴箱の隣にあり、その隣に職員室がある。職員にとっては親切な配置で、保健室にとっては玄関に近いのは緊急事態に対応できる絶妙な位置だった。

 真弓は小百合の声に気付き、疲れた笑みを見せた。しっかりとした足取りで歩いてくるけど、それは気を張り詰めていないとすぐに崩れそうだった。

 そう、見えた。

「お疲れ様、真弓。大丈夫?」

「……須賀くん。僕は大丈夫です。ただ、佐藤さんが怯えてしまって」

 ちらりと保健室に視線を遣った真弓は溜息を吐いた。自分の無力を感じているように見えた。

 真弓が悪いわけじゃない。それなのに、ただのクラスメイトを心配する。クラスメイトでなくても、真弓は手を差し伸べるだろう。

 昨年、同じクラスだった僕を助けてくれたことがあった。有名な部活に入ったことで周りから羨ましがれ、奇異な目で見られ、恨まれた。その中で、真弓は普通のクラスメイトとして接してくれて。それが、嬉しかった。

 八方美人と言われることもある性格は、公平な優しさで。誰にでも敬語で話すのは個性で。

 想像を悉く壊してくれる二人とは正反対だ。

「真弓くん、何があったか教えてくれる?」

 僕の前とは違う、いつもの大人しい感じで小百合は訊いた。真弓はその演技に気付いているのかいないのか、微塵も感じさせなかった。

「佐藤さんは誰かに呼び出されてあの場所に向かったそうです。角を曲がったところで背中を押されて倒れ込み、それがあの円の中だった、と」

「それじゃ、怯えるのも仕方ないわね……誰でもアレが何なのかはわかってしまうもの。真弓くん、アレは何だと思った?」

「呪い、だと思いました」

 小百合は静かに頷いた。直接あの赤い液体に触れてしまった真弓なら、あの液の正体はわかっているはずだ。赤い色と生臭さはそのまま、邪悪さに転換する。佐藤は誰かに呪われている、という妙な確信が沸き起こった。

 それじゃ、相手の思う壺だ。

「真弓、あれは呪いじゃない。呪いだと思っちゃいけない気がする。第一発見者の君が偏見を持つと、悪い方向にいくと思うんだ。第一発見者は疑われやすいから。あと、独りで責任を負おうとしないようにね」

「……そうですね。須賀くん、心配しないでください。僕は打たれ強いんですよ」

 打たれ強いというのはただの我慢だ。痛いのには変わりない。真弓も佐藤同様、被害者だ。そんな真弓に忠告だけは厳しく言ったけど、最後は力を抜いた。

 打たれ強い。そんな真弓も小百合のように、強さの後ろに何かを隠しているように感じた。

「僕は真弓を心配したいんだよ。君が迷惑でも」

「有難う御座います」

 ふっと少し安心した笑みを浮かべた真弓にそれ以上言うことはなく、横で見ていた小百合と智哉に目を向けた。

 小百合は優しい笑顔で、智哉は困った笑みを浮かべていた。

「本当に君は……」

 智哉は笑みを一瞬にして消し、視線を逸らした。その智哉に何か思うところがあったのか、真弓は面白そうに口元を緩めていた。真弓の気が紛れて表情に余裕ができたのは良いけど、何故そうなったのかわからない。智哉の何が真弓に影響を与えたのか。

 今はわからないことだらけだ。

「一つだけ教えてくれないかな」

「何ですか?」

「すぐにあの場所がわかったの? 小百合はすぐにわかったみたいだけど」

 素朴な疑問に、真弓と小百合は苦笑で答えた。変な質問だったか、と考えてみても可笑しなところはないと思う。場所を特定できるほど、あの叫び声に何か含まれていたのかな。

「わかりますよ。あの場所からの声は」

「体育館とプールの間だから、変な響き方がするのよ。人気がないしね。まあ、たまに放送部とか合唱部が発声練習に使っていたりするから、その響きを聞いたことがあればわかるはずよ」

 あっさりと謎解きは終わった。「まあ、由宇ならわからないかもねー」と小百合が付け加えたのに対し、真弓は笑顔で頷いた。僕ならわからない、というのが引っ掛かった。智哉も困ったような表情で口元を緩めていた。あの場所は何度も行ったことがある。遠くから聞かないとわからないということかな。

 今度放送部の発声練習を聞いてみよう。

「須賀くん、諏訪さんと周防くんと仲良くなったんですか?」

「さっき友達になった。真弓も友達になる? 小百合と智哉の方が良いかな」

 名前で呼び合っているのに気付いたのか、真弓は鋭く指摘した。それは小百合の誘いの言葉に似ていて、カマをかけてみた。昨年は部活動や廃部後の処理で友達を作る余裕はなかったけど、今は真弓と友達になりたかった。小百合と智哉と友達になったこの状況は、昨年部活に入った時の状況に似ている。昨年できなかったことを、今なら。

 僕と仲良くなりたいのではなく、小百合と智哉と交友関係を築きたいだけなのかもしれないけど。

 その問いに、真弓は楽しそうに笑った。

「友達になるのは喜んでお願いします。ただ、なぜ今、こんなときに友達になったのかと思いまして」

「今だから、よ」

 小百合は強く言い切った。真弓には間違いなく意味は伝わったようだった。ということは、真弓も小百合と智哉に見えている未来像を少しは知っているということか。

 今、この時。この時点だから何かを変えるのに適しているというのは、何を暗示しているのか。僕が所属していた部活が関係あるのかもしれない。でも、去年の廃部でその部活は存在しない。

結局答えは出なかった。

「数珠など持っていますか?」

真弓の問いが理解できなかった。

数珠。普通は持っていない。なぜ、今そんなことを訊くのか。

小百合は鞄から眼帯を取り出した。

「真弓くんも知っていたのね。十字架でも良いんだけど、今は眼帯とか包帯の負の印象のものが強いわ」

「やはり、あの言葉が……」

 小百合と真弓が何について話しているかわからなかった。数珠と十字架と眼帯と包帯。どう関係しているのか。

 智哉は二人の会話が理解できているようで、表情に迷いはなかった。

「真弓くんも巻き込まれたわね。でも、別行動でいきましょう。まだ、明日どうなるかがわからないから」

「そうですね。どう進むか、まだ読めないですね」

 小百合と真弓は頷いた。真弓も顔は整っていて、密かに人気がある。小百合と並んでいて違和感はなかった。違和感があるのは、異質なのは僕だった。

 昨年のあの時も、今も。

 真弓に「じゃあ、また明日」とだけ返して先に歩き出した智哉の後を追った。真弓には「さよなら! また明日」と右手を振って急いで智哉に並んだ。初めとは逆に、小百合はゆっくりと後ろを歩いた。

 何かが着実に変わってきている。それは前進なのか後退なのか。その答えを知るのが今は怖かった。

 今はまだ、知りたくなかった。

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