おまけ(由宇のこと)
「由宇って、今までいじめられたりしなかったの?」
小百合の素朴な疑問に、隣にいた宙翔が紅茶を噴き出した。
汚い。まあ、確かにこの質問は際どいけど。
「兄さんにイジメ……有り得る」
「何それ。まあ、あったけど、無駄というか」
宙翔が口を拭いながら深刻な顔をして見てくるのに対し、額を人差し指で押した。
この場にいた智哉、夏目も興味があるようで、無言で話の続きを要求していた。じっと見られると、妙な圧迫感があった。
説明するのは構わないけど、自分が凄い人間だと思われそうで嫌だった。いじめに負けないなんて、美談になりそうで嫌だ。
「まあ、無表情で協調性はないし。それに加え、僕の周りって美形が多いんだよね。で、美形に好かれることが多くて、妬まれたことがあったよ。でも、妬みでイジメをしたら、いじめた本人がその美形に嫌われるから」
保育園から小学校までは、幼馴染みがずっと傍にいた。小学六年間、同じクラスだったから、言葉通りずっと一緒だった。いじめられるタイミングがなかったというか。それに、六年間は意外と長く感じ、僕が幼馴染みと一緒にいるのが普通になり、受け入れられていた。
中学では、一年生の途中から咲良が同じようにずっと一緒にいた。一人でいた期間は、結構短い。
「それに、僕が合気道とかやっているのを知っている人が多いから、直接にはいじめられないしね」
「直接ってことは、間接的には?」
「無視はされたよ」
智哉の問いに、即答した。
直接いじめられないから、いないものとして扱う。それも立派なイジメだった。
休憩時間、皆が友達と話している中、一人でいた。昼食のときも一人。二人組みになるときは、先生と組むことに。
無視は便乗しやすく、別にいじめようと思っていない生徒までもを巻き込んで、僕は孤立した。
そんなイジメだった。
「気にしなかったけど。それに、すぐに咲良と友達になったからね」
「そういえば、一年のときは『万屋』のことでいじめられてましたよね」
さすが夏目。よく覚えている。同じクラスだったから、見えたのだろう。
「教科書がなくなったり、体操服が破られていたり」
「うん。で、先輩たちが代わりのものをくれたから」
教科書が無くて悩んでいたら、聖さんが使わないからと教科書をくれた。透先輩も、次無くなったらくれると言っていた。体操服は、万屋への差入の一部だった。
学校では、僕は万屋部員だったけど、聖さんの親戚でもあった。
いじめる人は、聖さんから貰った教科書をどうにかすることもできず、万屋の差入にも手を出せなかった。僕の物だけど、僕のモノじゃない。
「そんなことがあったんだ……」
宙翔は、脱力して凭れかかってきた。
弟に言わなかったのは、言う必要がなかったからだった。両親には、ちゃんと報告していた。教科書や体操服にはお金がかかる。お金のことは心配しなくて良い、と父は言ってくれた。僕が大丈夫なら何も言わないと、母は見守ってくれた。
両親は、家族の中で僕だけが美形じゃないことで、僕が周りからどう言われているかを知っている。それでも過剰に僕を守ろうとしたり、突き放したりしない良い距離で見守っていてくれた。
一人でも、僕を信じていてくれる人がいる限り、僕は負けたりなんかしない。暴力のいじめには、対抗する力を持っている。
「そんなところです」
一気に話して、お茶を啜った。
こうやって話していると、いろいろあったと実感できた。僕を囲むのは顔の整った人たち。いつも何か事件に巻き込まれていた気がする。まあ、それでもここまでやってこれたからいいか。
「話してくれて有難う」
「由宇らしいね」
「これからもよろしくお願いします」
「やっぱり大好き!」
四人の声に、自然と笑みが漏れた。