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2.そして事件へ

「これから起こること……未来のことなのにわかるんだ?」

「今だから、よ。もちろん智哉も関係することよ」

 未来のことが確定しているかのように話す小百合は自信満々で、間違っている可能性を考えていないようだった。それほどまでに、決まりきったことなんだ。智哉は特に意見はないようで、納得しているように頷いた。

 少し疎外感がある。二人は何かを知っている。僕の知らない何かで、繋がっている。

 その思考を振り切るように花弁を全てゴミ箱に入れた。ゴミ箱は紅で溢れた。これほどの花弁をどこで。簡単に想像が付き、深く考えないことにした。

 教室は元に戻った。寝る前の教室の姿だ。今更だけど、教室の床で寝ていたことについて二人は何も訊かない。訊かれても困るけれど、全く関心がないことを示しているようで微妙だ。

 でも、無関心なら友達にはならないかな。

「関わるってどうやって?」

「自然と巻き込まれるよ。嫌でも」

 智哉は掃除用具入れの扉を静かに閉めた。

 声が耳に留まった。抑揚のない声は顔に合ったもので、少し高めなところも想像を裏切らない。

 普段よりも表情が柔らかい二人にどうしていいかわからなかった。向けられる表情は、ずっと前から友達だったかのような雰囲気で、違和感がなかった。

 二人はいつも、その容姿で人を遠ざけないながらも一種の拒絶する空気を纏っていた。それを緩和させているところなんて見たことない。それが今、ピンと張り詰めた何かが切れたかのように空気は穏やかだった。

 本当に、どこかが切れたようだった。

「面倒よね、ホント。余計なことをしてくれたわ、あのカマキリ」

「カマキリだから仕方ないよ。これを利用するのもいいしね」

 こんな二人は見たことがなかった。棘のある会話を気にすることなく続けている。

『カマキリ』というのは生物の男性教師で、顔がどことなく昆虫っぽくて、カマキリに似ていることから安直に付けられたあだ名だった。生徒の大半は隠れてそう呼んでいる。でも、二人は他の生徒と同じようにその俗称を使うような人ではないと思っていた。

 そう思っていたのに、目の前で二人はあだ名で呼んで苦々しい顔をしている。

 別にショックは受けていないけど、僕の前でこの姿を見せるのは何故なのか。

「藤田先生が関係してるわけ?」

「そう。由宇、コレ知ってる?」

 小百合は宣言したとおり、僕を名前で呼んだ。先に許可を求められていたため、自然と受け入れられた。名前で呼ばれると、友達、という感じがする。

 小百合が目の前に突き出した右手を見た。

 人差し指と中指で挟まれたものは。

 普通の眼帯だった。

 実際使ったことはないけど、何度か使っている人を見たことがある。そういえば、今クラスでは志水が眼帯をしていたような気がする。眼鏡を掛けているから余計に煩わしいだろうな、と思った覚えがあった。

 藤田先生は生物の教師だから眼球の授業があったはずだけど、眼球=眼帯ということではないだろう。

 眼帯。病気のイメージが強い。しかし、そのアイテムは魅力的で。

「魅力的な負のアイテム、とか」

「ビンゴ! しかも的確。何でわかるかな」

 当たっていたらしい。でも、藤田先生と眼帯の関係がわからなかった。いろいろ考えてみても、引っ掛かるものはない。……多分。

 何故か感心している小百合は何度も頷き、側に置いてあった鞄を手に取った。

「まあ、本質はこれからわかるわよ。さ、帰りましょ」

 小百合は後をついてくることを確信した足取りで教室を出て行った。あの自信はどこから来るのか。いや、実際後については行くんだけど。

 智哉も当然のようにリュックを背負った。そういえば、智哉は小百合とは楽しそうに話していたけど、僕には意味深なことを言っただけだった。元から無口であるのは知っているけど、それでも極端だと思う。別に無理に話せとは言わないけど。

 少し考えすぎていたようで、廊下から小百合の急かす声が聞こえた。僕がいなくても智哉がいるならいいじゃないか。そう思って顔を上げると、教室と廊下の境目で待つ智哉の姿が目に入った。

 もしかしなくても、待ってくれているのかな。

「智哉?」

「何」

 迷いながらも呼んだ名前に、智哉は反応した。無表情であるのは変わりないけど、しっかりと目は向けられている。男子にしては大きい目は、続く言葉を待っているようだった。でも、何かを言うために声をかけたわけじゃないから、続く言葉なんてない。

 何を言えばいいんだ。

「えっと、待っててくれた?」

「もちろん。友達だって言ったばかりなんだけど」

 心底不思議そうに眉を寄せて首を傾げる智哉に慌てて「ゴメン」と謝った。

 疑うのは失礼だ。小百合も智哉も友達だと言ったばかりなのに。信じていないわけじゃない。釣り合わないことはわかっているけど、二人の気持ちを無視することなんてできなかった。僕だって、友達になりたくないわけじゃない。

 下げた顔を上げるとき、目の端に赤が入った。

 そういえば。

「この花弁、せっかくだから花壇にでも撒いておこうか。栄養になるかな」

「そうだね。ゴミになるよりいいね」

 智哉は無表情の中にふっと微かに口元を緩めた。それは無防備で、自然で。

 だから、その反応は何。

「由宇は僕が冗談で友達になろうって言ったって思った?」

 智哉はさらりと僕を名前で呼んだ。前から呼んでいたように、何の違和感もなく。自然で、それが当然のように。小百合と、同じように。

 すぐに言葉が出なかった。

 それを誤魔化すようにゴミ袋の口を結び、ゴミ箱から引っ張り出した。新しいゴミ袋をゴミ箱に付け替えながら、ちらりと智哉を見た。

「まあ、全然話さなかったから。小百合とは仲良く話していたのになーと」

「……変に鈍い」

 鈍いって何が。智哉は呆れたように溜息を吐くと、小百合を追いかけるように廊下を進んで行った。それに遅れないようにゴミ袋を持って早足でついて行きながらも、先程の言葉が頭の中をぐるぐると回っていた。呆れられるようなことを言った覚えなんてない。

 一人で考えるより訊いた方が早い。智哉に声をかけようと口を開いたと同時に、廊下に叫び声が響いた。

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