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12.繰り返して戻って進んで

 体操服に着替え、武藤先生について運動場に着くと、陸上部員が集まってきた。総勢二十人弱といったところか。三年生の何人かは見覚えがある。短距離選手で、昨年何度か一緒に練習したことがあった。

「今日は須賀に練習に付き合ってもらう。短距離専門だけどな」

「よろしくお願いします」

 軽く会釈をした。それに対して一部は嫌そうな顔をし、一年生は不思議そうにしていた。部活は排他的で、一時的な関わりは嫌がられる。昨年は僕の部活動として参加したから、こんなにあからさまじゃなかったけど。

 一緒に練習したことのある選手は軽く手を挙げて笑った。

 こういう人がいると、たまに練習に付き合うのも良いかな、と思う。

「須賀、まずは百メートル走のタイムを測るぞ」

「わかりました」

 武藤先生がゴール地点に向かったのを見て、スタートラインに立った。

 懐かしかった。二年生から体育は選択になっていて、球技しかない。よりによって、苦手な球技。苦手なだけで平均レベルくらいは出来る。目立たない意味では、球技は好都合だけど。

 単純なタイムの測り方で、横に立った部長が手を振り下ろすのがスタートの合図だった。

「久しぶりだな。今日はよろしく」

「期待しないでくださいね」

 短距離選手の部長は僕の走りを気に入ってくれて、助っ人をするときはよく一緒に走った。そういえば、前の部長も短距離選手だったな。

 百メートル先で武藤先生が手を挙げたのを合図に、腰を落として地面に手を着いた。練習は好きなやり方でスタートをしても良いことになっている。

 僕の場合は、昔からのあの掛声で。

「よーい」

 部長の手が挙げられ。腰を上げて。

「ドン!」

 手が振り下ろされた瞬間、足が一歩出た。

 風を切って。

 前へ、前へ。

 ゴールだけを見て。息なんてしなくていいくらいに。ただ、足を動かし、腕を振ればいい。

 見えないゴールの線を走り抜け、スピードを緩めて武藤先生に駆け寄った。

「十秒七二。相変わらず良いタイムだ」

「ありがとうございます」

 武藤先生が告げたタイムに、集まった部員は騒いだ。初めに嫌な顔をしたグループは顔をしかめて囁き合っている。あれは悪口だな。一年生は純粋に驚いているようだった。

 一年生は、昨年の僕を知らない。

「流石、元・万屋部員。今日は思う存分練習に付き合ってもらうからな」

 バシッと背中を叩いた部長は爽やかに笑った。その表情に嘘はないように見えた。昨年と同じ、変わらない姿勢で受け入れてくれる。

 ここにはまだ、居場所があった。

 武藤先生の合図で各競技に分かれ、部長に引き連れられて短距離の練習に参加した。久しぶりに競って走った。負けたくないとは思わないけど、時折負けられないと思うことがある。自分が望む自分になるため、望まれる自分になるため、やれるだけのことはやる。そのための努力は惜しまない。

 部長も僕に似ていて、毎朝誰よりも早く来て練習している。部長と競って負けたときは、素直に負けを認められた。


「今日はありがとう。須賀はもう万屋じゃないのにな」

 帰りは部長と一緒だった。

 部活が終わった後、武藤先生と話している間に部員は皆いなくなっていた。ちょうど帰るときに部長が部誌を届けに来て、一緒に帰ることになった。

「いえ、今日は楽しかったです。また誘ってください」

 社交辞令ではなく、本心だった。万屋のときは部活の一環だったけど、今は助っ人ではなくただの付き合いで気軽に参加したいと思った。

 武藤先生にはお世話になっているし。

「須賀はそういう奴だよな。……そういう奴なのに」

 独り言のように呟いた部長の表情は暗かった。今まで見たことのないような沈んだ表情で、声をかけられなかった。

「今日、須賀を見て嫌な顔をした奴が何人かいただろ」

「はい。昨年と同じですね」

「悪かったな。嫌な思いをさせて。練習に付き合ってもらってるのに」

「いえ、気にしてませんから。短距離選手はみんな良い人ばかりでしたし」

 僕に敵意を向けていたのは中距離、長距離、砲丸投げなどの選手だった。関わりがないならどうでも良かった。短距離で走っている分には問題ない。部長は沈んだ表情を苦笑に変えた。

 改札口が見えてくるところで、部長は鞄からパスケースを取り出した。ケースにはストラップのように数珠が付けられている。

 数珠。そういえば、真弓が言っていた。

「数珠、ですか」

「ああ、今流行ってるらしくてな。後輩から渡された」

 数珠は高価なものではなく、プラスチックの玩具のようなものだった。流行りで持つなら、このレベルか。

 数珠の玉を弄ってカチャカチャ鳴らし、部長はそういえば、と切り出した。

「変なものが流行っているみたいだな。数珠やらロザリオやら。眼帯や包帯もあるみたいだな」

「眼帯も流行りなんですか?」

「怪我をしないように、だそうだ」

 なるほど。おまじないの類いか。御呪い。ここでも『呪い』が関係している。

 非日常なアイテムは、魅力的で。

 特別だった。

「じゃあ須賀、気をつけて帰れよ」

 部長はパスケースを持った手を軽く振った。

 それに会釈で返し、改札を抜ける部長を見送った。数珠が揺れているのが見える。

 ポケットの中の眼帯を握り締めた。

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