極バッドエンド一歩手前だったって本当なの?
誰かの視点です。
――あれ、ここって『あなてん』の世界じゃない?
そんな珍妙な思考が突如頭を支配したのは、私が『前の世界』なら、まだ保育園児程度の、いたいけな少女だった頃だ。
前の世界――つまりは前世。そう、私は前世の記憶を持って違う世界に生まれてしまった、いわゆる異世界転生者というやつだった。
今生きているのは、前世で大好きだった乙女ゲーの『あなてん』。正式名称『貴方の天使でいさせて ~幸せになってください~』の世界。
国名、生活風俗、動物や植物、そして自分が使えるようになった魔法などで、前世の記憶が戻った私はそれを確信したのだ。
――って事は運が良ければ、セーレ×アンジェラとかリアルで見れちゃう?――
ひゃっほぉおおおおおおい!! と、歓喜に打ち震えながら私は叫んだ。
―お、お嬢様っ?!―
―あっ、ばぁやっ。なんでもないの~っ、なんでもっ。えへへっ―
私の奇声に驚いた乳母が部屋に駆けつけて来たので慌てて取り繕うが、達した結論に内心は大興奮の爆発寸前だ。
セーレ×アンジェラ!! 通称セレアン!! 魔王子×天使の闇光王道で、あなてん最大のメインカップル!! かつてゲームからファンディスク、薄い本、pixi○まで散々ウハウハさせてもらった、私の一押しカップルが生で見られるかもしれないとか、全くどんなご褒美ですか神様!! セレアン最高だよひゃっほぉおおおおい!!! どうか他ルートではありませんように!!! むしろセレアン成就応援にひた走りたい!!!
―ばぁやっ、ばぁやっ、わたくしね、リュミネリア学園に入りたいのっ―
―リュミネリア学園っ? まぁまぁ王都のでございますか?、ならば沢山お勉強をしなくてはいけませんねぇ。あそこはこの国の選良達が通う、とても難しい学校なのですから―
リュミネリア学園もちゃんと存在している事が判り、いよいよ私は感動する。
―……お父様は、わたくしの学園入学を、応援してくださるかしら?―
―それは勿論でございますとも。学園に入り良い御縁に恵まれれば、お家のためにもなりますしねぇ。旦那様はこの地方一の豪商でございますよ。きっとお嬢様の受験合格のため、素晴らしい家庭教師を揃えて下さいます―
――いける。これはきっと、『あなてん』キャラ達との遭遇できる!!
ゲームに細かい年表などは無かったから、自分が『いつ』を生きているかはっきりしなかったけれど、この時点で、私はそう確信して更に興奮する。
これは通勤中の暇つぶしに電車内で、小説投稿サイトの作品を読んでいたせいだ。
作品に出て来る乙女ゲー世界転生者というのは、大抵主要キャラと同世代で、何かしらの関わりがあるポジションだったりする事が多かった事を、思い出したのだ。
―ふふふ……今の所自分の名前と一致するキャラはいなかったけれど、それでも私が『あなてん』キャラ達同世代で、運が良ければアンジェラたんと仲良くなってリアルセレアンを間近でジックリ応援できる可能性はあるのね。……ふふ……ふふふ……出会いイベント……学園祭イベント……聖誕祭イベント……最終戦前告白イベント……いいわ……いいわぁ……うふふふふふふふっふふふふふふふふふぅふふふふふふほふふふふふひひひ……―
―……お、お嬢様?―
―…………あっ、なんでもないの~ばぁやっ。早速お父様に受験用家庭教師をお願いしたいのだけど、駄目かしら~?―
―そ……そうでございますねぇ。……それじゃあ、そういたしましょうか―
―うんっ♪―
突如ブツブツと呟きながらニヤケだした幼児に一瞬顔を引きつられた乳母だったが、特に実害は無いと判ったのかそれ以上は何も言わず、私を抱いて父のいる執務室へと連れてっていってくれる。
―ほうっ、儂の娘はもうそんな事を言えるようになったのかっ。よしよし、貴族の若様達に負けない、立派な教師達を雇ってやろうな―
―わぁいっ、お父様大好きっ―
―はっはっは。リュミネリア学園か……本当にあそこの生徒になったら、死んだお前の母様も、きっと喜ぶぞ―
そして半年ほど前に愛妻、つまり私にとっては母に当たる女性を失っていた父は、娘に対しては少々甘く、私の願いをあっさりと叶えてくれた。
―将来のために、しっかり勉強するんだぞ―
―はいっ。がんばりますっ―
こうして私の、『あなてん』キャラを間近で見よう作戦は開始されたのだった。
―……それにしても……私ってとっても……モブ顔だよねぇ―
そんな私がちょっぴり残念に思ったのが、この世界での自分の容姿だ。
幼児だからまだいいけれど、栄養状態が良すぎたのか、少々コロコロしすぎている体型に、そばかすだらけのぷっくりとした丸顔。三つ編みにされた、面白味の無い黒髪。多少は自信を持っていいはずの綺麗な碧眼は、ぶ厚いメガネで覆われている。
顔パーツの配置自体はそう悪く無いと思うし、お洒落を覚えれば多少は改善されるかもしれないけれど……とても地味だ。
間違っても素敵なイケメンと運命的な出会いを果たし、めくるめく恋愛ストーリーを展開できるような容姿じゃない。まぁ、そっちはそれほど期待してないけど。
それでも……こんな地味な顔で、もしアンジェラと仲良くなれたら、アンジェラとイケメン達の活躍を間近で見る事ができるポジションになれたら、顔面偏差値至上主義のバカ女達から、反感買ったりしないだろうか? ……『なんであんなブスが、イケメン様達の近くにいるのよっ』、って。
……うーむ。アンジェラの親友ユイも、アンジェラとは全くタイプが違うけど、イケメン達の側に居ても遜色無い、可愛い子だったしなぁ。
これはがんばって、頭と共に外見も磨かなくてはいけないぞ。――そう決心して、私は父が用意してくれた家庭教師達に師事し、自分を磨いた。
そうして学び続けて十年が過ぎ。――いよいよ私の、学園受験の年が迫った。
―うむ、ご立派ですお嬢様。もはやお教えする事は何もございません。実力を発揮なされば、必ずや学園受験はどの学科でも合格なさるでしょう。……いや、今すぐ王都の騎士団や魔道兵団を志されても、大丈夫やもしれませぬ―
―ありがとうございました先生。今までの真摯な御教授に、感謝申し上げます―
十年経った私は――長身で、黒髪を三つ編みにしてメガネをかけたままの……立派な『地味子』になっていた。
真面目な修行でコロコロした体型だけは改善されたけど、伸びて引き締まった身体には女の子としては少々ありすぎなほど筋肉がつき、肌は日焼けしてそばかすだらけ、化粧っ気も無い。――十人見たら、三人くらい『女装?!』と一瞬驚く。そんな容姿。
――いや、容姿もできるだけ磨こうとは思ったんだよ!! 思っては、いたんだよ!!
……でも、修行の時にチャラチャラした恰好って動きにくいし、汗で化粧とか落ちてくるから気持ち悪いし、勉強の時に髪が視界に落ちてくると邪魔だし!!
三つ編みすごくいいじゃん!! すっきりじゃん!! 気合いも入るじゃん!! ……とかやっていた私は、気が付くとこの髪型ですっぴん、シンプルな恰好じゃないと、どうしても修行に専念できない体質になってしまっていたのだ。
……そういえば、バスケ部で燃えていた中学生時代も三つ編みにしていたなぁ、と思い出しながら、私は今の自分を受け入れていた。
ゲーム本編ではいなかったけれど、アンジェラをサポートする『できる地味子』キャラになってやろうじゃないかっ、てね。
―……それに、お料理他、家の事も熱心に学ばれましたな。いずれ妻、母となる女性として、素晴らしい事です―
―いいえ、そんな―
ちなみに料理をがんばったのは、前世の食事が恋しかったんだけどね~。
昔の知恵を絞り、無い食材は工夫して、私はあれこれとこの世界では珍しい料理を作っていた。
時々先生方にも振る舞ったが中々好評だった所を見ると、この世界にあっちの料理を広めるのは難しくないかもしれない。……どこかのコックさんが、目を止めてくれないかなぁ。いつでもレシピをお教えするぞ。
―王都でもどうかお元気で。お嬢様のご健勝を、この爺もお屋敷を去った後もお祈りしておりますぞ―
そんな私に、今まで魔法術を教えてくれていた白髪の老人はにこやかに言い……そんな笑顔をみつめていると、私は切なくなる。
―学園から休暇で帰って来たとき、先生がここにいないのは寂しいです―
それはこの屋敷から、私の貴重な味方が一人減っているという事だから。
……この家は随分と変わってしまった。
―あらあら、家庭教師に最後の挨拶かしら?―
―っ……義母様、それに……―
……だいたいは、こいつとこいつの連れ子のせい。
―でも、遠い王都の学園なんて……ねぇ? そんな事をしなくても、女は結婚し家を守るだけで充分だとわたくしは思うのだけど。ねぇ、わたくしのかわいいボウヤ?―
―はい、母様―
―……―
数年前父と再婚したこの女は、容姿だけは綺麗だけど、浪費家で高慢な身持ちの悪いバカ女だった。
この家の支配権を狙ったか、自分に従う者達で周囲を固め、私に親切な使用人達に理由を付けて次々クビにしたこの女を、私が母と認める事は一生ないだろう。この世界の父は大らかで優しい人だけど、女の趣味は悪いと思う。
―……わたくしのボウヤと貴女、とってもお似合いだと思うのよ?―
―ありえません―
……そんな女が更に許し難い提案をしたのは、この商家が元々私の死んだ実母のもので、代々の遺産の相続権は全て父ではなく、母の子である私にあると知った時だった。
この女は私と、自分の連れ子を結婚させようと父に提案したのだ。
―どうして? 血は繋がってないしいいじゃないの。二人でこの家を盛り立ててちょうだい? お父様だってきっとそれを望まれているわ―
―私は、逆らえない使用人に無理強いするような最低男を婿にする気はありません―
―まぁ、それは誤解よ。ねぇわたくしのかわいいボウヤ?―
―はい、母様。あの売女はあっちから私と友人達を誘ってきたのです―
―……今すぐその口を閉じなさい。魔法で吹き飛ばしてやるわよ―
―おお怖い。お前のような色気の無い女をもらってやると言ってるんだ。感謝してもらってもいいくらいだぞ―
―あんたのような脳味噌も理性も無いケダモノを、夫とする事は一生涯無いわ。家が潰れるもの―
―この……っ―
バカ女の後ろから、殺気混じりの視線を返してくるバカ女の息子である義兄だが、殺していいなら殺してやりたいのはこっちの方だ。
バカ女の息子は、バカ女に輪をかけて愚かで高慢な、最低男だった。
周囲のゴロツキとつるみ、ケチな悪事に手を染めて暴力で周囲を脅し、時には若い娘を集団で餌食にする。――しかもその悪行を、母親――ひいてはバカ女に誤解なんだと泣きつかれた父の金で揉み消している。
―でも王都なんて、殿方が美しい女性を見慣れているのよ? ……貴女じゃ、ねぇ?―
―お義母様は、私より義兄さんの心配をなさった方がいいんじゃないですか? ……このままじゃ本当に捕まりますよ?―
―……っ―
こんな男を夫にしたら、家が潰れる。そう必死に懇願する私の言葉を幸い父は聞いてくれたが、バカ女は諦めずしつこい。こいつにしてみれば、新しい出会いがある学園に私を行かせる事は、なんとしても阻みたいのだろう。
……よし、容姿や家柄問わずで、しっかり者の次男か三男を狙ってゲットしてこよう。大丈夫、幸い今までの努力で容姿以外のスペックは高いし、その容姿も学園デビューしてから磨いたって、きっとなんとかなるさっ。思い出せ、前世の小顔目パチメイク術をっ。
―それでは受験に参りますので、失礼しますわお二人とも。……いいかげん自重しないと、私にも考えがありますからね―
一睨みして身を返すと、義兄の綺麗だが陰湿さが滲みでている顔が一瞬見える。
……あーあ、男兄弟なら前世の方が数百倍マシだったなぁ。……前世はバカで騒がしい弟だったけど、可愛げのあるヤツだったよ。
―それではお嬢様、馬車は少々揺れますので―
―大丈夫よ。お願いするわ―
こうして私は、リュミネリア学園の入学試験に出発した。
といっても試験は二十日以上後だ。ここは噂話すら殆ど伝わってこない、王都から遠く離れたド田舎なので、学園で行われる試験会場には、余裕をもって行かなくてはならない。
私は豪商の娘らしく身の回りの世話をするメイドと馬車に乗り、数名の護衛に囲まれて、デコボコする道が続く森を進んだ。
―王都、楽しみですねお嬢様っ―
―そうねぇ……とても楽しみだわ。試験が終わったら、一緒に見物しましょうね―
『あなてん』キャラ達がいるかもしれない、いやいて欲しい王都。想像するといやがおうにも期待は高まる。
まだアンジェラもセーレもこの地にはいないはずだけど、それでもセーレが通う駄菓子屋とか、アンジェラがバイトする食堂とか、セーレとアンジェラがデートする公園とか、王都の見所は満載だ。
―これが本当の聖地巡礼……なんてね……ふふ……ふふふふふふ……―
―お、お嬢様? どうされました? ご気分でも?―
心配したメイドに話しかけられるけど……漏れてしまう笑いがやめられない止まらない!! ああセレアン最高!! はやく彼らに萌えたい!! 今逢いに行きます!!
―きゃ?!―
ガタン!! と馬車が大きく揺れたのはその時だった。
悲鳴を上げてこっちに倒れ込んでくるメイドを支えて馬車の外を見た私は、抜剣した護衛達が弓矢で吹き飛ばされるのを見た。――さ、山賊?!
―お、お嬢様っ―
―大丈夫よ、大丈夫!―
そう言って手元にある、魔法発動用の短剣を握り締めたけど、私だって修行中の身で実戦の自信なんて全く無い!! ――ってあああっ護衛さんが!! ひえぇ!! 血、血がぁあっ!!
―ぎゃああ!!―
御者の悲鳴が聞こえ、馬車が止められる。
そして窓から見えた粗野な男達に――私は言葉を失った。
知っていたからだ。
―ちっ、相変わらずオジョーサマは、野暮ったくて可愛げのねぇ女だな。―
―へへへ、メイドの方が、可愛く泣き叫んでくれそうじゃねぇか―
――それは、あのクソ義兄の取り巻き達だった。
なんでこいつらが、なんて考えるまでもない。
―そいつを殺してからなら、メイドは好きにしていいぞ―
―義兄……―
……私が家から離れ人気のない道を行く今を、このクズ義兄がチャンスと思ったんだろう。
―このブス!! ブスのくせに毎度毎度したり顔で説教しやがって!! むかつくんだよ!!―
―……こんな事をして、ただですむとお思いですか? お父様だって、私が害されば本気で犯人を捜しますわよ―
―はっ、あの色ボケしたボンクラタヌキに何ができる。お前を殺したら、次はあのジジィの番だ。そして遺産は全て母の、ひいては俺の物となる―
―っ……あんたは!! お父様まで!!―
……改めて、私って前世じゃ家族に恵まれてたんだと思う。
今みたいに金持ちな家じゃなかったけど、両親も弟も、私とケンカもしたけど良い所も見てくれて、私を傷つけたり殺そうとしたりなんか、絶対にしないと信じて、安心できる人達だった。
……そんな当たり前だと思っていた幸せが、今はとても懐かしい。
―引きずり出せ!! この生意気ブスに俺の怖さを思い知らせてやる!!―
……そっちにも思い知らせてやろうじゃないの最低男。
十年以上――セーレ×アンジェラと最終戦まで行く事を目標に修行を重ねていた私を、なめんじゃないわよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!
というわけで、結果は圧勝。
―ひっ……ひぃいいバケモノぉおお!!―
―あぁん? あんたが不甲斐ないだけでしょ。図体ばっかり大きなデクノボウ揃いが―
気が付けば取り巻き達は全て逃げ散り、私の前には義兄一人が這いつくばっていた。
魔法術、格闘術、治癒術から高難易度の天界召喚術まで一流家庭教師達から叩き込まれていた私にとって、努力を一切せず遊び回っていた連中など相手にもならなかったようだ。
……いや、というより、まさかここまで成人した男達が弱いと思わなかったわ。……先生達が言ってた私への褒め言葉って、もしかしてお世辞じゃなかったのかしら?
―あんただって真面目に教師達に学んでいれば、このくらいなれたかもしれないのに―
―うるさい!! お、俺を認めないあんなやつら……チクショウ!!―
……だからさぁ、真面目にやらないヤツが、認められるはずないと思うのよ。
ひたすら甘やかしてたあのバカ女のせいだね。たぶんこいつ、幼少期の万能感が捨てきれないまま、身体だけ育っちゃったんだろうな。
……そう思うと、ちょっと可哀想、かな?
―どいつもこいつも……俺をバカにしやがって!!―
―……え?―
―やってやる……やってやるぞ!! どいつもこいつもビビッてできねぇ事を俺はやってやるんだぁあああああああああああああ!!―
―ちょ――あんたバカぁ?!!―
――なんて思った私がバカだった!!
―なにしてるの!! 馬鹿な事はやめなさい!!―
―うるせぇブス!! てめぇなんか!! てめぇなんかいらねぇんだよ!!―
突如錯乱したようにわめき、懐から何かを取り出した義兄に私は背筋が凍る。
義兄が持っている、ドス黒い闇の魔力が渦巻く水晶のような塊を、私は前世のゲームで目にし、今世の授業でも教師達から習ったため、良く知っていた。
――闇界の契約印。
それを掲げ、生贄と自分の魂を捧げる事で闇の力を得る――平たく言うと自ら闇落ちして魔物化する、禁断のアイテムだ。
―これ以上人生を棒に振る気?!!―
―うるせぇうるせぇ!! 死ね!! 死ね死ね死んじまえぇええええええ!!―
慌てて取り上げようとするが、闇の魔力に阻まれてしまう!
―その処女を捧げ闇との契約を行使する!! 闇の者よ来たれ!! ――我に力を与えよ!!―
その瞬間、私の立っている場所は漆黒の沼地となった。
―きゃ――きゃああ!!―
―お嬢様ぁあああ!!―
―ひ――助け――っ―
私、そして側に立つメイドや傷付いた護衛達に、闇の中から発生した触手のようなものが絡みつく。
――ああこれは――これは――あの極バッドエンドで見た――いやぁああああああ!!!
―ひゃいははははは!! 死ね死ね死ねぇええええ!!! あははははははははは!!―
義兄の狂ったような哄笑を聞きながら、私は、闇に引きずり込まれる。
―……ほう? つまらない欲望に気まぐれに応えて見たが……これは面白い――
そして沈んで沈んで、途切れそうになる意識の中で、私は――あの『存在』の声を聞く。
―……磨けば恐ろしい程光輝くだろう、素晴らしい美質の持ち主ではないか―
―……くく……決めたぞ。……お前を飼ってやる―
―……余好みに磨き……余の最高の装飾品としてやろう……憐れな……人の乙女よ……―
……あ……こ……こいつ……こいつ……は……――。
……それから、私は闇界の住人となった。
恐ろしかったけれど、それほど酷い事はされなかった。
……『こいつ』は残忍で気まぐれで冷酷な存在だったはずだけど、自分の『所有物』に対しては案外優しく、それなりに寛容だった。
―……くくく……月満ちる……お前の中で……余の魔力が受肉し顕現するぞ……―
私は『こいつ』を知ってる。
そしてこいつに磨き上げられた自分の姿を見て――自分が何者であるかを初めて知る。
闇を溶かしたような、輝く黒髪。
碧から紅に変化した、切れ長の双眼。
きめ細かで艶やかな白い肌。
すらりとしなやかな、長身の肢体。
……端正で華やかな、この世のものとは思えない圧倒的な美貌。
……私の姿は。
……この姿は。
ああそうか。
そういう、事か。
―おぎゃあ!! おぎゃあ!!―
―くくく……これは、お前にそっくりになりそうだぞ……我が妃よ―
そう言いながら渡される、黒い産着に包まれた赤ん坊を抱きしめた私は……万感の思いを込めて、こう呟くしか無かったのだった。
――やっべ、最萌え攻略キャラ産んじゃったよ。――と。
いやぁ、確かに攻略キャラと関わりがあるポジションだったけどさぁ。流石にこれは、気付かなかったわ~。
「……」
――そう言って、あっはっはと笑ってまとめた絶世の美女――セーレの母に、俺こと目玉の男児は、沈黙するしかなかった。
なお異世界転生者である俺は、現在手の平サイズで頭が目玉の姿をしている。
その辺りの事情が気になった人は、前作で確認してほしい。
「よ、良く判りませんが……お義母様、ご苦労なさったんですね……」
「ありがとうっアンジェラたんまじ天使うへへへ♪♪♪ あ~もうでかしたセーレっ。流石は我が息子っ!! セレアン万歳!!」
「ふっ、当然だろう母上。俺以外の誰がアンジェラの夫となれる?」
「きゃ~!! その自信過剰っぷりも益々セーレっ!! やっぱりなるようになっちゃうのねぇ。ああでも、アンジェラたんはちょっとコミュ障なんだっけ? 大丈夫大丈夫。セーレも私も、アンジェラたんの事大好きだからね~。怖がらなくたってもういいんだよ~♪」
「お義母様……」
ほろり、と嬉し涙を零すアンジェラの肩の上に座り、俺はじっとセーレ母を見る。
セーレとアンジェラが結婚挨拶に来た、黒髪赤目の、セーレそっくりの絶世の美女。
ゲームで出番は無く、セーレが語るほんの数行から、『料理上手で優しい、か弱く儚げな美女』だと推測されていたこの女を――俺はとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとぉおおおおっても良く知っている。
「て――てめぇのどこがか弱く儚げだぁああ!!! 超合金並みの頑強メンタルのくせに!!!」
「あぁん? やんのかチビ目玉?」
「あら、どうしたの目玉ちゃん?」
「ああいいのいいのアンジェラたん。そいつ困った事があると、昔からそうやって突然キレてたんだから~」
「えっ?」
「あんたも変わらないわねぇ。……ってかぁ、あんたがまさかアンジェラに転生してるなんて思わなかったわよ――弟」
「俺だっててめぇが、時代を遡ってセーレの母に転生してるなんて思わなかったんだよ!! ――このクソ姉ぇええええええええええええええ!!」
前世とは違いすぎる姿だったが、何故か見た瞬間お互いが誰なのか判ってしまった俺の元姉は、昔と変わらぬ楽しそうな笑顔で笑うと、俺を潰す。痛ぇ!!
「あらぁ、さすが目玉ボディ♪ 潰しても潰しても復活するのねぇ。あははははっ」
「いてっ!! やめ!! くそっ!! ひぎぃ!! やめろぉおお!!」
「うっさいっ。あんた間近でセレアンのあんなシーンやこんなシーンを側で堪能したんでしょう!! ずるいわっ!! 詳しく教えなさい!!」
「(頭が)腐ってやがる!! 遅すぎたんだぁああああ!!!」
転生してようが、絶世の美女になってようが、俺の姉は鍵付きの本棚に薄い本を溜め込んでいた時のままの、ゲーマー腐女子だった。
その性癖と性格は、俺が死んだ後も変わらなかったらしい。
……あ。
「あ、なぁ姉貴」
「ん、なに?」
……でも、こいつも転生してたって事は……。
「姉貴……死んだのか?」
「え、ああ。死んだわね」
っ……それじゃこいつも……。……父さんと母さん、また悲しんだのか……。
「あんたが交通事故で死んだ、六十年くらい後にね」
「――えっ」
「あれは三人目の孫が小学校に上がったって報告してきたすぐ後だったから……春だったわねぇ。一応死因は心臓発作だったけど、まぁ大往生と言っていいんじゃないかしら」
「人生謳歌してんじゃねぇかっ!! 心配して損した!!」
「あっはっは。童貞のまま死んだあんたと一緒にするんじゃないわよ~♪」
「ど、ど、ど、童貞ちゃうわっ」
「え、目玉さんは清らかなままだったから天使に――」
「言うなアンジェラぁあああああああああああ!!!」
叫ぶ俺に、クスクスと笑う嫁と姑。――どうやら仲は良好だな!! だいたい俺のおかげだよな!!! 感謝しろよなこらぁあああ!!
「ふっ……ところで母上、久しぶりに手料理が食べたいんだが」
「ああ、勿論準備してあるわよセーレっ。アンジェラ、メイドと一緒に仕上げと配膳を手伝ってもらえるかしら?」
「はい。お手伝いしますお義母様」
「お義母様っ! いい響きだわぁ~!! こんな夢小説あったわねぇそう言えば。懐かしいわ~っ」
「そうですか?」
女二人と後に続く角が生えたメイドは、賑やかに会話しながら部屋を出て行った。
「お前は手伝わなくていいのかセーレ? 料理好きなんだろう?」
「当たり前だ。自分の料理より、母の手料理の方が好きだからな」
「……マザコン」
「何か言ったか目玉の男児?」
「といいつつ潰すなぁあああ!! あひぃいいいいい!!」
その間の暇つぶしに、セーレは俺を捕まえ掌で握りつぶした。
て、てめぇ!! そりゃ確かに、原作目玉さんも虐待されるけどよぉ!!
「ところで目玉、母上の昔を知っているというなら、一つ聞きたいんだが」
「なんだよっ?」
「……びーえるとはなんだ?」
……えっ。
「……昔母が、『セレアンは勿論、王子×宰相息子か双子のBLカップルも、現物見て妄想したかったぁああああ!!』……と、叫んでいたのだが」
……うわぁ。
「……さぁ? ベーコンレタスの略かなんかじゃねぇか?」
「ベーコンレタス……ああ、あれをハンバーガーに挟むのも美味かったな。そうか、母はベーコンレタス好きだったのか」
「そうそう。そういう事にしておけ。そして忘れろ。腐った母親なんざ、知るもんじゃねぇ」
「失礼な事を言うな目玉。母上はアンデットでは無いぞ」
「肉体以上に、大事な部分が腐敗してんだよあいつは」
俺のミニサイズの顔面に、スプーンが飛んできて直撃した。痛ぇ!!!
「セーレ~ご飯よ。あんたの好きな、焼きそばも今作るからね~」
「ああ、楽しみだ母上。目玉、大丈夫か?」
「……」
「大丈夫そうだな」
「再生中だったよ!! 今口聞けないほど破壊されたよ!!」
そんな俺を握ったまま、セーレは美味そうな香りのする食堂へと歩き出す。
「母上の焼きそばは最高だから、楽しみだ」
「……まぁ、あいつの料理は認めるよ。……焼きそばも、『あなてん』ファンブックにレシピがのってた、『セーレ風五目焼きそば』とか上手に作ってたし……」
――あれ?
そこまで言った俺は首を捻る。
「な、なぁセーレ」
「ん?」
「お前の焼きそばって……その、あの母親から教わったもんだよな?」
「勿論だ。ニンジンやタマネギ、ピーマン、薄切りかまぼこなど具だくさんのあれを、母は良く作ってくれた」
「そ……そうだよな。……セーレの料理は母親から教わったもの。……でもその母親(姉)は……セーレのレシピから知ってて……あ、あれ?」
卵が先か、鶏が先か。そんな言葉を思い出し、俺は少々混乱する。
過去に転生した姉が情報を得ていたのが未来のセーレで、そのセーレは姉から料理を教わって……結局焼きそばレシピは、誰の知識って事になるんだ? いや、ゲーム開発スタッフの誰かって言ってしまえば、それまでなんだけど。
「どうした目玉」
「……いや、なんでもない」
まぁいいか、と俺は無理やり納得する。
メビウスの輪がどうなってようと、今こいつらはそれなりのハッピーエンドで、ここにいるんだから。
「……後は、俺が人型に戻れれば完璧ハッピーエンドなんだけどな~っ」
「なんだ目玉、まだ人型に拘っているのか。その姿はなかなか評判がいいぞ」
「いやだー!! 修行である程度大きくはなれたんだ!! あとはこの眼球顔を、人顔に変形させられれば完璧なんだ!! 成功した事ないけど!!」
「そういえば、その顔に髪の毛だけ生えてた事があったな。……しかもアンジェラの髪型で。失礼な」
「あれは不可抗力だぁー!! チクショウ!! 必ず!! 必ずハッピーエンドの輪の中に俺も入ってやるんだ!! 絶対だ!! 絶対だからなー!!」
「はいはい」
野望を宣言する頭の上の俺を流して、セーレ台所に歩いていく。
そこでは、美女嫁姑が、料理を手にセーレを迎えていた。
「セーレ、ほらこれ好きだったでしょうっ」
「セーレ……わ、私も……お義母様に教わって、作ってるの」
「ふっ、……それはとても楽しみだな」
――このリア充が!! いつか俺だって!! 俺だってぇええええええええええ!!!!